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魔法世界の少年ティルの物語 ~魔力ゼロで元魔王な少年は第二の人生を気ままに生きていきます  作者: yume
第一章:かつて魔王と語り継がれた少年の第二の人生の始まり
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第二十九話:それはかつてあった都の話・エピソード4

 まだ昼前だというのにもう男たちは酔い潰れていて、足元が覚束なく千鳥足になっている。


「はあ〜、兄上 いるにはいるんですね」


 ため息をつきながらポリュデウケスは女性たちを救おうと足を前に踏み出した。けれど予想外なことが起こった。


「あなた達に付き合うつもりはありません」


 女性二人のうちの一人が一歩前に出た赤毛の女性が声を出した。ショートの赤毛に緑の瞳をしている彼女はいかにも不愉快そうに眉を寄せている。


 その女性の後ろにはふわふわの白髪をした女の子が彼女に生えている耳と尻尾が震えていた。


「ヘレネお姉ちゃん」


 か細い声で女の子が呟くと、


「うん? お前達、姉妹なのか? なのに似てねえな」


「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に酒を注いでもらおうか」


 ゲハハと二人の悪漢は下品な笑い声を出して女の子たちを求めるが、赤毛の女性は引く通る声で一蹴する。


「お前らに注ぐ酒は一滴たりともない」


 その瞬間、赤毛の女性は跳躍し、大きく片足を振り上げた足は吸い込まれるように男の頬を蹴り上げた。


「ゲハ…」


 笑っている途中で蹴られた上、なんとも間抜けな声が出た。ヘレネは地面に着地して男達に啖呵を切った。


「私の妹を変な目で見るな、不愉快だ」


 凄みを利かせた睨みに男は正気に戻り、コクコクと頷いたのを見た。


「わ、悪かったよ」


「ふ〜、行くぞ、メル」


 それを見て憤慨するヘレネは妹のメルを連れてすぐにも立ち去ろうとしたが、ヘレネに殴られた男は女性に殴られたことに憤り、顔を真っ赤に怒気に染めて彼女が後ろを向いた途端襲い掛かろうとした。


 メルは異様な足音を獣の耳が察知してピクリと動いた。男が飛びかかってくるのにいち早く気づきヘレネの前に飛び出した。


「お姉ちゃんっ」


「メル? どうしーー」


 メルの不審な挙動にヘレネは驚き振り向くと、気づいた時には男はすぐそこまで迫っていてヘレネは叫ぶことしかできなかった。


「メル!!」


 メルは衝撃が来るのが怖くて目を瞑っていたが一向にそれは訪れなかった。


 恐る恐る目を開けると男は苦悶の表情を浮かべていた。変な体勢で動けない様子にヘレネとメルは不思議に思うと、後方から別の人の声が聞こえた。


「女性に負けて、手を出すなんて…卑怯ですよ」


「誰だ、てめえは」


 男は体を動かそうとするビクリとも動かない。


「あなたに名乗る名前なんてありません」


 ポリュデウケスは前に進み、女性達に話しかける。


「どこも怪我とかされていませんか」


「はい、あなた達のおかげで助かりました、ありがとうございます」


 ヘレネは助けてくれたポリュデウケスに感謝を告げた。


「妹を助けていただいてありがとうございます」


「いや〜、本当は、男達に絡まれているときに声をかけようと思ったのですが、貴女の回し蹴りに思わず魅入っていました」


「み、見ていたのか、あれは勝手に体が動いてしまって、メルは私にとって大切な妹だから」


 慌てふためく姿に年相応な顔になり、そして妹のことを話すヘレネの目元が優しくなったことにポリュデウケスはドキリとした。


「そ、そうなんですね」


 口を開いたヘレネは、


「助けれくれたお礼に何かできないでしょうか?」


 その提案にポリュデウケスは逡巡してそういえば、食事処を探していたことを思い出した。


「それじゃあ、どこかご飯を食べるところはありませんか?」


「じゃあ、うちはどうですか?」


「え?」


 これに答えたのはヘレネではなく隣にいたメルだった。


「私の家は喫茶店をしているのですがランチとかも出しているんです…お姉ちゃんどうかな?」


「そうだが…有り合わせの物しが出せませんがどうでしょうか?」


「それで構いませんよ」


 二人に連れられてやってきたのはいかにも趣のある木作りで温かみのある色合いで落ち着く雰囲気がある。


「ここいいね、兄さん」


「ああ、落ち着くな」


 人が多くて目が回りそうだったがカストールは静かな空間に癒された。


「あっ、何か苦手なものとかありますか」


「いえ、兄さんも特にないですよ」


「かしこまりました。 少々お待ちください」


 きれいにお辞儀をしてメルは食器を準備していく。最初に見た時の雰囲気はなく彼女のキビキビとした動きと話し方に少し驚いた。


「接客が慣れているんですね」


「はい、もう10年以上しているので」


「そんなにしているんですか」


 ポリュデウケスは素直に感心した。


「私よりもお姉ちゃんがすごいんです。 15歳の時から厨房に立って、お店の切り盛りをしているので、こんなことしか手伝えないんですけど」


「そんなことないと思いますよ。 お姉さんはあなたのこと大切な妹だと思いますから、あの時もあなたに言い寄っていた男達を見たお姉さんはこれ以上ないくらいに怒ってましたし」


 それを見ていたカストールも同意する。


「あれは怖かったな」


「はは…もう少し女性らしさも欲しいんですけどね、お姉ちゃん結構人気があるんですけど、恋愛とか興味がないみたいで」


「へ〜、そうなんだ…お姉さん、かっこいいもんね」


「……もしかして、お姉ちゃんのこと気になります?」


「へ?……いや、別に」


「でも、さっきから厨房の方しか見てないので」


「え、ああ、いや何を作っているのかと思って」


「そうですか? もしそうだったら私は応援しますので!」


 メルは手を合わせて、嬉しそうに立ち去って行った。


「ち、違いますって…?!」


 王城ではクセのある人々と弁舌で口論し精神的にも幼い頃から鍛えられているポリュデウケスが女の子に吃る始末である。


 カストールは珍しいポリュデウケスの様子に驚く。


「そうなのか?」


「に、兄さんも……い、いや別に気にしてなど」


 敬愛する兄に聞かれると思ってなかったポリュデウケスは意気消沈した姿を見た兄は困らせることは本意ではないので、


「早くご飯が食べたいな」


「そ、そうですね、あ、ここにメニュー表がありますね、今度来た時に選んでおくのも良いですね」


(彼女が好きなことは否定はしないんだな…)


 いつになく饒舌に話すポリュデウケスにカストールは口元を隠して笑った。そうして待っているとメルが食事を持ってやってきた。


「お待たせしました」


「美味しそうですね、いただきましょう」


 王城で食べる料理とはまた違って、家庭的な料理だがどれも美味しく、優しい味に満足して王城に帰っていった。


(今日は楽しかったな…)


 その夜の寝る前にベットに寝っ転がったポリュデウケスは帰り際の喫茶店のことを思い出した。


「美味しかったですね、兄さん」


「ああ、美味かった」


 メルは嬉しい賛辞に深くお辞儀をした。


「また来てください、いつでもお待ちしてます」


「そうですね、また来ましょう」


 ポリュデウケスはカストールに相槌を打つ。嬉しそうにいう彼にヘレネは口を開く。


「そこまで喜んでもらえると作りがいがあります」


 照れ臭そうにヘレネの笑った表情をもう一度見たいと思いながらポリュデウケスは眠りについた。


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