第一話:絶体絶命
僕は今ほの暗い洞窟の中にいる。
静寂に包まれ、辺りは真っ暗。
時折聞こえる洞穴を吹き抜けるザアアとなる風の音と、洞窟の中は湿気があり、水滴となり落ちてきた水たまりにピチャンと落ちる雫の音が耳の中に木霊する。
僕は周りの景色とは裏腹に時折来る頭の痛みにうなされていた。
「う…ぐ」
頭が割れるように痛い。頭痛に呻き声をあげながら壁に手をつき、うつむきながら歩くのがやっとの状態だ。
だが今は少しでも歩かないととふらつく足下を奮い立たせ、一歩また一歩と前進していくなか、僕は痛みとは違う迫り来る恐怖に焦りと苛立ちをつのらせていた。
しかし気力をいくら振り絞ってもため息は出てしまうものである。
「はあ〜、なんで こんな時に」
僕はそう大きな息をつき、愚痴りながらも今はただ前を見て歩き出すしかなかった。
これは……座ったらもう歩けなくなりそうだな。
ズキズキとする痛みにこらえながら歩いていくうちにふと視線を上げるとわずかな光が見えたような気がした。
前を見ていればとっくに気づいていたはずなのだが前屈みの姿勢で意識が朦朧としながら歩いていたから気づくのが遅れたのだ。
その時「キツくても前を見て歩け」と一緒に父と狩りに出かけた時のことを思い出した。
幼い頃、おぼつかない足取りでその背中を追いかけた僕に父は厳しく教えてくれた。
心の中で僕は楽になろうとする自分に叱咤し、そのわずかな明かりに希望を膨らませ僕は足を踏み出した。
そしてようやくその場所に到着した。
「あれは」
その光が出ている所、それを見た瞬間僕は言葉を失っていた。
僕が見たさっきまで希望に膨らませていたわずかな光が可愛く見えてしまうぐらいそこには何十メートルもある巨大な氷の柱が燦然と光り輝いていたのだ。
胴回りは大木のようで、その表面は氷のようだが水晶のようにに青く透き通っている。
僕はその美しさにただただ見惚れていた。
「すごい」
しかし、その現実逃避もすぐに終わってしまう。氷の中に何か影のようなものが見えたからだ。
「うん?」
僕はそれに目を細めそれを何かと覚った瞬間、
「え…」
僕はそれに驚きを隠せなかった。それもそのはずだ。
「なんでーこんな所に女の子が氷漬けにされているんだっ!!?」
巨大な氷の水晶というべきその中に女の子がいたのだ。驚くのも無理は無い。
「どうして」
他に言うべき言葉が見つからない。
絶句していた僕は自分を落ち着かせる為に納得できる理由を考えあぐねていたとき、突然それはいやがおうにも必然とやってきた。
「ドン!!」
すさまじく破壊力抜群の衝撃音だった。
その衝撃で洞窟の壁はいとも簡単に崩れ去り、大きな黒い影がヌッと現れ僕の小さな身体なんかいとも簡単に覆ってしまう。
少し話が戻るが、僕が何故焦っていたのかは覚えているだろうか。それは僕がなにかに追われて逃げていたからだ。
そしてとうとうそれに見つかってしまった。
故郷の家を出るまで狩られる前の獲物の気持ちをまさか自身で味わうことになるとは考えもしなかった。
その衝撃を起こした正体がとうとう僕の目の前に現れた。砂煙からそれが出てくるまでさほど時間はかからないだろう。
あまりにもその身体が大きすぎるからだ。
その巨躯に見合う強靭な足が一歩また一歩と大地を踏みしめるたびに震動が起き僕に近づいてくる。
後ろにある羽を伸ばせばさらに迫力を増すだろうと思った。僕は身体がゆれそうになるのをなんとか足で踏みとどまった。というよりもあまりの迫力に僕は身体が硬直してしまっていた。
この化け物の正体はさておき、みんなは人生の中でこんなことを経験したことがあるだろうか?
洞窟の中で、氷の中にいる女の子を発見してしまい、そして窮地に陥ることになったことは?
もちろんあるわけないだろう、いやあってたまるかと今の僕なら全力でお断りしたい。
その化け物は僕をはっきりと目に捕らえ、まるで隠れていたおもちゃをようやく見つけて喜びを噛みしめるかのように口元がニタリと歪んだ。
ズラリと並ぶ尖った歯が鈍く光り、その吐く白い息の生暖かさに僕の背筋が凍った。鋭利な爪がある足を振りかざそうして計り知れない衝撃が僕に襲いかかる。
まず間違いなく当たればグシャってなるのが関の山だろうと僕はとうとう観念した。
「僕…頑張ったよね」
その刹那に僕は過去のことを思い出していた。たった十年だけど育ててくれた両親に心からの感謝と僕を本当の兄のように慕ってくれた双子や、僕のことを心から慕ってくれた幼馴染みたちをーー
僕は後ずさりしながらも、かぎ爪で引き裂かれる瞬間を待った。
その時、僕の後ろに何かが当たった。