第二十三話:いじめられていた過去・自分との葛藤
話は数日前までに遡る。エルヴィス家に訪問しに行った時の事である。先輩のエルヴィスは何気なくリオにここに来た理由を尋ねる。
「どうして俺たちに会いに来たんだ」
「……いえ、特に理由はないんですけど、久しぶりに先輩たちの顔が見たくて」
『嘘ではない』それは本当のことである。
けれど本当の中に嘘が混じっていると分かりにくいのもまた当然である。彼の名前はリオ・フィンナッシュ。リオは両親がおらず、身寄りのない彼を育ててくれたのは恩人のアルスファルド・ヴァーデヌントおじさんである。
リオの名前は生みの親からつけられたらしいが、今の親はアルス同然と言ってもいい。育ててくれた小父に何かお礼をしたくて勉強するためにマルドォーク学園に通ったが、残念ながらリオに魔法の素質はなかった様でそのことに愕然とする。
この魔法世界ミドガルズで魔法が使えないことは無力に等しいことを意味する。リオは魔法を研鑽したりしてなんとかDランクの魔法は使用できる様になった。
ランクには国際的に法律で定められている「世界水準」がある。魔力の保持・力量によって比例し、実績と貢献で決まる。
一番高いランクがSランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、一番低いランクがEランクになる。Sランクは別格で天変地異を起こすほどの天災級と言われるほどである。
リオが学園在校している時にある事件が起きた。陰湿なイジメである。この世界は弱肉強食。強いものは生き残り、弱いものは淘汰される。リオは弱者のレッテルを貼られ、ターゲットにされたのである。人気がない場所に呼ばれた。
呼び出したのはこの学園都市の融資をしている一家の息子であった。要するにお坊ちゃんである。地位もあり、ランクもCランクと高い素養を持っている。けれど、中身までいいとは限らない。お坊ちゃまでもいい人がいれば、悪い人もいる。
シーゼル家のエイドリアンは残念ながら後者に分類される。エイドリアンは見た目も悪くなく親から甘やかされて育った為、見事なドラ息子になったのである。
そして、何事も自分の思い通りになる事に優越感に浸っていた。そうなれば、時に退屈をもてあます事になり暇をつぶすためにエイドリアンはある名案を思いつく。
それは徹底的に教育するという名目で自分よりもはるかに弱いであろう弱者を選びいじめることであった。エイドリアンは名家の息子のためいじめられた被害者は学園を自主退学する事態になるほどになっていたが、噂にならない様に息子は悪くないと親がその話をもみ消していたのである。
小柄でランクの低かったリオは格好の標的となり数日間耐えていたが日を増すごとに増えていく。
そしてリオは人気が少ない場所に読み出され、呼ばれたのである。数人の子分はこちらーーリオを見ながらニヤニヤしているかと思い来や、一人の男子生徒が浮かない表情をしている。不安を払拭する様に隣にいる男子生徒に話しかける。
「ここってあいつの領域じゃねえよな」
「は? あいつって誰だよ」
「ほら、あいつだよ」
ニヤニヤしていた男子生徒Bは「あいつ」という言葉が引っかかり前のめりになって話していると神妙な表情で話しかけようとする男子生徒Aーーーしかしその返事をする間も無く、横槍を入れられる。
「ごちゃごちゃ何を話している」
「いえ?! 何でもありません エイドリアンさんっすみません」
眉間にしわを寄せるエイドリアンに動揺し、邪魔した事に謝罪する事に精一杯で先程話していたことはどこかに言ってしまった。
二人の子分の会話に集中できなかったのかあるいは、自分を見ていなかったた事に角が立ったのかふんと鼻で笑い、萎縮する子分をみて目の前の獲物に集中する。
「君はこの世界の縮図を知っているかい」
「強いものは生き、弱いものは消え去る」
「だが消え去るというのはあまりに残酷じゃないか…なら僕が弱いものを徹底的に鍛えてあげようと思ったんだ」
おきまりのセリフが決まったのである彼はニヤリと不気味に笑う。
「君は見所がある、僕のレッスンを幾度も耐えた。僕専用にしてあげよう」
当のリオは陰湿なイジメにあい、憔悴していたが勉強して小父の夢を手助けしたい彼は心が折れることはなかった。けれど精神的にきているのもあって疲れが表情に現れていた。
リオとエイドリアンのランクの比較は残酷的にも圧倒している。エイドリアンは魔法を発動し木にぶつかりリオは背中を強く打ち、もんどりを打った。
「うん? もう終わりかい。まだ僕は楽しみたいんだけどな」
リオは立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。足音を立てて近寄ってくるエイドリアンになす術が無かった。そんな時、どこからか不機嫌な声を耳にする。
「うるせえ」
リオ達の間を割く様に入ったのは一匹の大きな犬、いや狼が乱入してきたのである。リオはいきなりの展開に目を白黒とさせる。エイドリアンは一瞬呆けた顔を見せるが、すぐに自我を取り戻す。
「的が増えてちょうどーーー」
「いい」と言いかける瞬間、エイドリアンの体は空中に投げ飛ばされていた。
「いぎゃっ?!!」
投げ飛ばされた体は無造作に芝生に落ちる。
『すごい、早すぎてよく見えなかった』
狼が目に見えない早さでエイドリアンに接近し、彼の頬を殴り飛ばしたのである。そして地面に着地したときはそこには狼ではなく少年が立っていた。
倒れているエイドリアンを見ているのは褐色の肌を持つ銀の髪を持つ少年である。先ほど狼から人型に変身しているのをリオは目で捉えたある単語が脳裏によぎる。
『獣人族…』
リオはその光景をただ呆然と眺めていると、一人の女子生徒がこちらにやってきた。この場にそぐわないのほほんとした声である。
「エル君、お待たせしましたーーって、えっ その子、傷だらけじゃないですか?!」
メガネをかけているウェーブの髪に後ろを二つ編みにしている可憐な女の子が、倒れているリオに気づくと目を見開き駆け寄ってきた。
「あの貴方達は」
「私はヒーラー科のマリノア・ノースと言います。彼は騎士科のエルヴィス・レイヴァントって言います」
「覚え…た…ぞ お前達の名前」
子分達は起きあがれない彼に両肩を貸している状態で忌々しく呟く。
「お前…僕に手を出してタダで済むと思うな…」
と言いかける瞬間、エルヴィスの唸り声に彼らはびくりとゆらし、
「ひっ……お、覚えてろよ〜」
負け犬の遠吠え宜しくよろよろと覚束ない彼とその子分は立ち去って行く。両親は愛息子が傷つけられた事にカンカンになり学園とギルドに告訴するが、手続きの中止を余儀なくされてしまう。
なぜならこの世は強さこそ全て、エルヴィスもそしてマリノアもともにAランクの実力者だからである。ランクが上である者ほど優遇されるこの世界ではこの時初めてエイドリアンは弱者に等しい存在となってしまったのである。
彼はその後両親も周囲から厳しく見られ、息子のエイドリアンもおとなしくなり、リオを見るなりビクつく始末である。その後、これをきっかけに何かとエルヴィスとマリノアと交流を結ぶようになる。
そして、どんなに努力をしてもリオにどうしても補えない欠点がある。自分にも災厄は降りかかるほどに運が悪い事である。
けれど先輩二人が強運の持ち主だった事が唯一の救いであった。しかし、最近リオの幸運も底を尽きてしまうほどの出来事があった。
教師の見習いになったのも安定した収入やら、勉強することができるから選んだ道であるが…。
今度の試験で見習いを昇格をしなければ、見習いの資格をを剥奪すると、Dランクの魔法が「常時」使えるのが絶対条件と言われる。
リオは焦燥にかられる。Dランクの魔法が使用できるのは一時的なものに過ぎないからである。リオはマリノアとエルヴィスの元に行ったのは学校の先生を見習いを辞職することを言うつもりだったのである。
何も将来が学校の先生だけでないと自分に言い聞かせる。自分の夢は小父の夢を叶えることだとーーだけどこれは自分に言い訳をしてるだけで…これでいいのかと葛藤している自分に見切りを付けたかっただけなのかもしれない。