第十四話:小さな姉弟との約束・ティルの旅立ち
そしてとうとうリオが学園に帰る日が翌日までに迫ってきていた。ティルは今まで考えたことが無かったぐらいに心が揺れ動いていた。自分の過去を取り戻したい記憶と今の大切にできたものに葛藤していた。
『確かに行ってみたいけど……』
でもここを離れたくない気持ちもある。それもティルの本心からで、血が繋がっていなくても安らぎと温かさをくれる家族がいる。
マリノアの気持ちも嬉しいけど、やっぱり断ろうと決めてティルは帰路についた。その時にやっと家の異変に気づいた。
いつものんびりとした表情のマリノアの不安げな様子にティルは心配して声をかけた。
「どうしたの?」
「あ、ティル、お帰りなさい セシルとメアリを見なかった?」
「うんうん、見てないけど」
「そう……実はまだあの子達帰ってきてないの」
「えっ、セシルとメアリがまだ家に帰ってきていない!?」
外はもう夕暮れ時で、夜は魔物が活発になる時間帯である。いきなりのことにティルは気が動転した。
血は繋がっていなくても、愛情をいっぱい注いだ義兄弟であるから余計に心配である。
『どうしよう……まずは外に行って』
混乱しているティルの目の前に父親のエルヴィスが現れた。
「父さんっ セシルとメアリが!?」
「裏の森にいる」
「早くって……えっ!……そ、そうなの?」
セシルとメアリの父親が動揺していないことに気づいたティルは少し落ち着きを取り戻した。それよりも場所が分かっていれば焦る必要はない。
裏の森は妖精がいる森であるため安心できるが、二人を心配するティルの様子を見かねたエルヴィスは彼に迎えに行ってくれるように頼んだ。
「二人を迎えにいってくれないか?」
何かを察しているエルヴィスにティルはうなづいた。
「うん……分かった」
ティルは急いでエルヴィスのいう通りに妖精の森に向かった。その後ろ姿をマリノアが悲しそうに見つめていたことに気づかなかった。
〇〇
「ぐす、ぐす」
夕暮れ時に妖精の森の草垣には子供がうずくまるように泣いていた。怪我をして痛くて泣いているわけではない。泣いているのは双子の弟セシルだった。
「うえ……にいたん」
一人で泣いているわけではない。その隣には姉のメアリもいる。メアリは静かに弟の泣き止むのを待っていた。
「そろそろ家に帰らないと……早く泣き止まないとティルお兄ちゃんが家に帰ってくるよ」
「うう……分かっているもん 分かっているけど……でもっ にいたんと離れたくないっ」
「っーーそれは私…もいっ……しょ、っ……ふえん」
感情の起伏が少ないメアリも双子だからなのかセシルに同調してとうとう泣き出してしまった。セシルは泣いている姉のメアリも見て今度は弟の方が姉を慰めている。
「お姉ちゃん……泣かないで」
「うっうう……うん」
その様子をじっと見守っていた人物がいた。ティルが妖精の森に入ったとたん、いつも朝に会う妖精が迎えにきてくれて、双子の所まで案内された。
双子はすぐに見つかり二人に声をかけようとした。けれどその会話が聞こえてきてティルは二の足を踏んでいる。
「二人で決めたのに、お兄ちゃんが遠くに行くまで絶対に泣かないって」
「でもやっぱりっ…寂しいよ」
その言葉を聞いた瞬間ティルの瞳から涙が溢れて、嗚咽が溢れそうになったがなんとか我慢した。
『いい家族を持ったね ティル』
「うん……僕には本当…勿体ないくらいだよ」
妖精はそう言い双子達のもとに向かった。ティルが来たことを妖精は双子に知らせたらしく、彼の方を同じタイミングに振り向いた時はなんとか笑顔を作れた。
「メアリ、セシルーーー」
ティルは双子達に呼び駆けようとするより速く、双子達は我先にと兄に向かって突進してきた。
二人を受け止めようとしたがティルだったが、受け止めきれずそのまま倒れてしまった。
「お兄ちゃんっ 大丈夫!?」
「う……うん 大丈夫だよ」
「ははーーーっ」とティルは安心させる為に笑ったが、それも一瞬だった。
双子は兄の顔を見て思い出し、安心したのも束の間もう一度泣きそうになってしまいそうになる。その顔を見たティルは何かないか考えてあることを閃き、傍にいる妖精にあるお願いをした。
『分かったわ♪ それぐらいお安い御用よ』
「2人に今からいいものを見せちゃいます」と茶目っ気たっぷりにいった。
「お兄ちゃん?」
「メアリ、セシル 少し座ろうか」
ティルの両脇にはいつものようにいる姉弟にお願いをして座らせた。
「二人とも目をつぶってくれる」
「?」
何だろうと二人は首を傾げた。
「とびっきりいいもの見せるから」
「「うん」」
嬉しそうに二人は目を瞑った。
「このままゴロンしようか」
「ゴロ〜ン♪」
二人を仰向けの体勢にして、ティルは次の言葉を言った。
「僕がカウントしたら目を開けてね」
「3」
「2」
「1」
「もう目を開けていいよ」
二人はティルの呼ぶ声に反応し同時に目をぱちりと開けた。双子の大きな瞳の視界いっぱいに広がるそこには満天の星空があった。
普段の妖精の森は夜でも明るいため、夜に星空を見ることはあまりない。妖精にお願いをしたティルは少しの間だけ周りを暗くしてもらったのだ。
「すごい」
「きれい」
「また、この星空を見に戻ってくる…だから」
その時二人がティルに抱きついてきた。
「僕ね、にいたんが帰ってくるまで泣かないようにするから」
「私もお兄ちゃんが帰ってくるの待ってるから」
涙ぐみながらもいうセシルとそれに続いてメアリも兄の帰りを待つことを伝えた。
双子にはやっぱり嘘をつけない。二人と一緒にいたい気持ちもあったが、学園に興味が合ったのも本当なのだ。
「うん、また帰ってくるから」
ティルたち3人は妖精にお礼をいい、ようやく家路についた。
「母さん、ただいま」
マリノアは子供達の帰りを玄関で待っていた。
「お帰りなさい。 さあ一緒に食べましょう その前に手を洗ってきてね、今日は張り切って作ったから」
その日のご馳走はいつもより豪華で美味くてティルはお腹がはち切れるんじゃないっかってくらい鱈腹食べた。
「母さん、話があるんだ」
ティルは食後にマリノアに自分の気持ちを伝えた。学校に行くように勧めたのもマリノアだったがどうするかはティル自身である。
親でもなく自分でこれからどうして生きたいかを伝えた。自分の記憶を探してみたいということも含めて。それに気がかりだったマリノアは思い出すように話した。
「それってあなたを拾う前のこと?」
「……うん、」
「傷だらけの僕をお母さんたちが助けてくれてから、自分の記憶が無いことにあまり考えてなかった…けど、たまに夢に見るんだ。 それが何なのか自分で確かめてみたい」
ティルの真剣な眼差しにマリノアは答え、彼の体を優しく抱擁した。
「例えあなたが何者であってもあなたは私たちの息子でメアリとセシルのお兄ちゃんだから」
「うん…」
その日の夜は双子はいつも自分の部屋で寝ているが、今日だけはティルと一緒に眠りたい双子にせがまれて快く快諾した。かすかな寝息を心地よく感じながら自分も眠りについた。
そして旅立ちのときが訪れた。門がある町まで送りたかったが寝起きの兄弟たちをそこまで行くのには中々疲れるので家でお別れをすることにした。
「身体に気をつけて、友達いっぱい作ってね」
マリノアは別れを惜しむように僕を抱きしめてくれて、エルヴィスは優しいまなざしでティルを見守っていた。成長してからもう無くなったが久しぶりに頭を撫でられて胸が熱くなった。
「辛いときはいつでも帰ってきていいからな」
「ありがとう、お父さん、お母さん」
「……お兄ちゃん」
メアリがティルの所に来て別れを惜しむように妹を抱きしめてあげた。
「メアリ」
「にいたん」
弟のセシルもメアリと同じように来てティルとぎゅっとした。
「セシル」
「それじゃ、行ってきます」
今にも泣きそうな二人の姉弟は大声で兄の旅立ちを見送った。
「行ってらっしゃい!」