第十三話:記憶の欠片
話は戻り、ようやく本題に入った。
「入学?」
「そう、あなたを私たちが学生の時に通っていた学園に通わせたいと思っているの」
「学園ってどんなところなの?」
「そこはまあいろんな人たちがいる所よ」
薬のことは厳しく細かいのだが他は結構ぞんざいであるマリノアらしい説明である。
「ティルには山奥で過ごすよりも、のびのびと世界を見てきた方がいいと思うの。近くに町があってカリーナちゃんたちのような幼馴染がいるけど」
「あの子たちの親御さんは町にお店があって、後を継ぐようだし」
非凡な身体能力を持っているわけでは無い。マリノアはティルの将来を色々と考えていた。
「ここで私のお薬の手伝いをずっとしてくれればいいと思っているけど。でもそれで息子の将来を狭めたく無いの」
獣人族の子供は学園に入ることは義務ではなく自由に入学するとこができる。そして人間族の子供もまた同じなのである。
獣人族の血を引いている子供は入らずとも元々の身体能力持っている為入らずとも困ることは環境などに整っている為学校に行かずとも困ることはさほどなかった。
マリノアの気持ちは正直嬉しかったし、自分のことをいろいろ考えてくれていたことに照れくさくもあった。
先生が数日の間ここに滞在して学園に帰るまでに入学するかを決めてほしいとのことだった。
『今まで考えたことがなかった…ここから出たいなんて』
ティルの頭の中はまだ見ぬ新しい世界のことで頭がいっぱいだった。だから気づかなかった。双子の弟が悲しそうに下を向いていたことに。
〇〇
話があった翌日にティルは町まで行き友達に会いに行った。今日は偶然にも皆と会うつもりだった。広場に行くと幼馴染たちが待っていてくれて駆け足でティルは近寄った。
「皆お待たせ〜」
「ティル、久しぶりね」
最初にティルに声をかけたのはカリーナである。出会った時は五歳ぐらいで、あの森に行った時は10歳ぐらいだった。
15歳となり今は背もすらりと高くなり、くびれもできて女性らしさを感じさせる。その隣にいる黒髪の少年に声をかけられる。
「久しぶり」
「元気だった?ティル」
「ブラ、久しぶり うん……まあ、ちょっとね」
「何かあったの?」
ブラは心配そうに尋ねる。
「そうですね、少し顔色が悪いですし」
「えっ、そう?」
ブラの言葉を強調するかのように言ったのは、ソフィーである。ソフィーは薬屋の娘で家の手伝いをしており、将来はお店の後を継ぐことが決まっている。ブラは鍛冶屋、イノは美容師をしてそれぞれ順調に将来は約束されている。
そして体調がすぐれないのは短い時間で慣れないことを考えてティルは気疲れしていたかもしれない。
「どうしたの? ティル」
「何か心配事?」
「うん…実はね」
と話しかけるが、まだ一人この場に顔なじみが来ていないことにティルは気づいた。
「あれ? そういえば、オリバーはまだ来てないの」
「オリバーはなんか女の子に追っかけられているから無理だって うらやましいよ まあ僕もそこそこ女の子に人気があるし別にいいんだけど」
少し口惜しそうな話すイノはティルは噴き出しそうになったがなんとか堪えた。
学び舎を卒業する前オリバーはモテていたが、前よりも成長しイケメンの狩人へと変貌する。卒業してからもティルとは気兼ねなく話せる仲になっていた。
日々修行に励んでいるストイックな独身の狩人を女の子たちは見過ごすはずがなく発見された途端に集まってくるほどである。
『確かに学び舎の時も女の子たちからいっぱい告られていたな〜』
「本当に大変ねモテる人って」
『カリーナも十分にモテていたけど…』
この街の一二を争うお金持ちで容姿端麗で頭脳明晰な彼女もまた男の子たちからモテていた。
カリーナは一瞬ため息をつき、元の話題に戻った。
「今度はティルの番ね」
僕たちは木陰の下に移動した。ティルは昨日何があって悩んでいることを幼馴染みに話した。
「「魔法学園に入学?!」」
案の定皆は驚いて目を見開いていた。
「ティル、ここからいなくなっちゃうの?」
ブラはつぶらな瞳を悲しそうに目を伏せたのを見て慌てて話した。
「まだ考えているところなんだけど、行ってみたいって気持ちはあるんだ」
「……そっか」
「私はどっちでもティルを応援するよ」
カリーナは気持ちよくすっぱりと言った。
「私も」とソフィー
「僕も」とイノ
「…ありがとう、みんな。 僕…みんなと友達になれてよかったよ」
この言葉にイノは面白おかしく茶化した。
「はは、湿っぽいこと言うなよ 最後の別れ見たいだろ?」
「はは、そうだね」
笑い合ったこの時にはまだ自分が窮地に立たされようとは知る由もなかった。
ティルはふとあることを思い出す。自分には一つ気がかりなことがあった。それは時折、不思議な夢を見ることだった。
その中には必ず一人の人物が現れる。
『もし学園に行けばあの子に会えるかな』
それはセシルとメアリが生まれた時にも頭の中によぎったり、原始の森に行った時もそれはあった。
『僕も昔こんな風に誰かを抱き上げたような……』
思い出そうとしても思い出せない。それはずっと心の中でしこりになっていた。大切なものだったように思えるからもどかしくなる。
『学園に行けば僕の記憶がよみがえったりしないかな』
自分が何者であるのかをーー




