第八話:リント、カーティスと対面する
「ちょっと何んなのよ!? あいつは」
ノアは仲良さそうな雰囲気のエレナとリントを微笑ましく見守っていたが、いいところを邪魔してきた乱入者に怒りをぶつけたくなった。
そんなノアの隣にいるティルは怒りより驚きの声をあげた。
「一体誰なんだろう あの人は?」
それに答えたのはルイズだった。彼女は、ティルやリオよりも表情がこわばっていた。
「あれはもしや……」
驚いているよりも困惑に近いものだった。
〇〇
「お前に名乗る名前などない」
「はあ」
いきなり怒鳴り込んだと思えば、何だこいつとリントは乱入してきた男にシワを寄せる。
「どうして、ここに」
エレナがその男に向かい口を開いたのをリントは気づいた。
「知り合いなのか?」
「あ……ああ」
歯切れの悪いエレナにリントは首を傾げる。それを見ていたカーティスは声を上げる。
「彼女は私の許嫁だ」
「………は、許嫁!?」
エレナと青年を交互に見つめた。リントの驚く様子にカーティスは嘲笑する。
「ふん、知らなかったようだな それだけの関係だったということか」
「……ああ? 何だと? 許嫁とか、そんなの関係ないだろ」
カーティスのあまりのいいようにリントは苛立ちを抑えられなかった。バチバチと火花を散らしながら、カーティスは付き人に命令した。
「おい、この無礼者をどっかに連れてゆけ」
「はい」
リントはカーティスのあきれた命令にヤキモキした声を出した。
「おいおい、そんなこと人に言わないとできねえのかよ おぼっちゃまは」
「……何だと」
明らかに挑発するいいかにカーティスは怒りに駆られた。
「何だよ」
二人の様子にエレナを焦りを募らせた。
「おい、何を考えているんだ こんなに公の場所で!」
「マリオット、少し離れた方がいいぞ」
「ああ、君に怪我を追わせたくないからな」
カーティスの気障ったらしいセリフにけっとリントは舌打ちする。二人は臨戦態勢に入り。今にも前に踏み出そうとする。周囲の人間も危険を感じ取ってか退避していた。
「ちょっと、ギルドを呼んだ方がいいんじゃない」
ざわざわと混乱するものに、その中で声をあげたものがいた。
「二人ともやめなさい!」
リントは誰だとみると、驚きで目を見開く。
「このような場所で、私的戦闘は禁じられていますよ」
ルイズの最もな正論にリントはぐうの音も出ない。だが、カーティスは反省の色もなかった。
いきなり邪魔をしてきたルイズに眉間にシワを寄せる。自分と同じ特徴の尖った耳を見て答えた。
「貴様は同族か」
「はい、私はオーフィリア家のルイズ・フィズカルトと申します」
ルイズは貴礼をして答えた。
「ほう、オーフィリア家の娘なのにどうして家名ではないのだ」
「はい、私は当主と血がつながっていませんので」
「養女か」
「はい」
「オーフィリア家は礼儀作法を教えていないようだな」
ルイズは一瞬慟哭を開き、その中の激情を堪えた。
「そのようなことは決して」
「私が誰でいるのか、私の一言でお前の家を潰すこともできるんだぞ」
その脅しの一言にルイズは肩を震わせ、唇を噛み締めた。
『……私はまた何もできないのか 生徒が危ない目に遭おうとしているのに 何も』
混乱する脳裏にエルフの国にいる父親たちのことが過ぎる。家族を失うかもしれないという恐怖がルイズの決心を鈍らせた。
『手が震えてしまう どうしたら』
そんな時だった。彼女の手を握り締めたのはリオだった。ルイズはあまりの驚きに惚けた声がでた。
「フィン……ナッシュ先生!?」
「大丈夫ですか、フィズカルト先生」
「は……はい」
『嘘だ』
あまりの顔色の悪さにリオは心配そうに声をかける。
「全然平気そうじゃないですよ」
「次から次へと他人がしゃしゃり出てくるな」
カーティスは怒り散らして、リオにぶつけた。それに臆することなくリオは口を開く。
「僕はフィズカルト先生の友人です」
〇〇
リオにとってルイズの印象は憧れに近いものだった。背が高く、いつもしっかりとしていて真面目で成績優秀な彼女に尊敬の念を抱いていた。
一期生のヴィザードクラスの担任となり、何度か話す機会も増えたが、いつも言葉少なになってしまうので緊張してしまうことが多かった。
けれど今は自分よりも緊張して動けなくなっている彼女にリオは黙っていられなかった。
リオが前に出るとカーティスがため息をつく。
「お前の友達は、礼儀を知らないようだな」
人を侮蔑する言葉に、ルイズは傷つきながら違和感を感じた。幼い頃は明るく笑う若君だったはずなのにーー一体数年の間に何があったのかと戸惑いも隠せない。
カーティスの暴挙も付き人は傍観のみで異質に感じた。
「もう良い 全員まとめて始末してーー」
苛立ちを抑えられず声をあげた瞬間だった。
「騒ぎがあったとのことですが……」
「ここです!」
周囲のものたちが呼んだのか、警備のものを呼んだ他のか、その人たちが人をかき分けてやってくるのが見えたティルたちは驚く。
「クラリッサさん」
「あなたは! ティルくん どうしてここに」
「僕は友達と来ていて そしたら男の人に睨まれてしまって」
「男の人の……?」
クラリッサはティルが証言した男の人物に話しかけた。
「あなた達が騒ぎを起こしていたんですか?」
「何だ貴様は?」
失礼な物言いにクラリッサは笑顔になりながら、軽蔑の眼差しをむけた。
「私は騎士の鉄拳のギルドの副団長を務めているクラリッサ・メルと申します」
ギルドという単語にカーティスは眉を潜める。たとえ王族でも世界規模にあるギルドのものを無碍にするとただではすまない。カーティスはへり降った言い方でクラリッサに謝罪する。
「それはわざわざご足労していただいて申し訳ありませんでした。感情的に怒鳴ってしまって」
「一体……何があったんですか」
「いえ、私の許嫁が他の男性といるところを目撃してしまって、いてもたってもいられなくて」
「許嫁?」
許嫁と呼ばれた女性とクラリッサは目があった。
「! あなたは確か」
「お久しぶりです あの時以来でしょうか」
見覚えのある顔にクラリッサは驚いた。そしてエレナの隣にいる少年に気づいた。
「君はリントくん!」
「こんにちは、クラリッサさん」
「許嫁ってのはエレナさんのことで間違いありませんか?」
「……はい 彼は何か誤解をしているだけなんです 明日国に帰るのでお別れ会をして みんなでここにくることになって」
「なら、どうして二人っきりになっていた」
カーティスの言い方に我慢できなくなったノアは口を開く。
「それは仲直りさせるためよ! 二人は喧嘩していたから、仲直りさせたいって思うのは別におかしいことではないでしょ 友達なんだから」
「友達……そうか 友達だったか」
その言葉にカーティスは安心したような笑みを浮かべてリントに謝罪する。
「すまなかった」
「え、いや 俺は別にいい 先生に謝ってくれ」
「ああ……私も少し言いすぎた すまなかったな」
『少し』というのはだいぶ語弊を感じたがややこしくさせないために口をつぐんだ。
「いえ 私など勿体無いお言葉です」
「さてとギルドの方、私の処遇はどうなる」
「……そうですね 誰にも危害を加えていないようですし 注意だけに留めておきますが、今後はお気をつけください」
「心遣いに感謝する それでは明日の朝にまた会おう エレナ」
「はい」
そしてクラリッサたちも仕事が終わり立ち去っていった。
「あんなのが許嫁かよ」
「リント」
リントの悪口にティルは注意したが遅かった。
「仕方がないさ、国同士が決めることだからな」
それにエレナは寂しげに呟いた。カーティスの最後の付き人がルイズに近づいて声をかけてきた。誰だと訝しんだが、
「大丈夫だったか ルイズ」
「あなたはイーサント家の」
「おう、久しぶりだな」
ルイズの驚いた表情にティルたちは不思議がる。
『知り合い……?』
「第三王子の護衛だったんですね」
「ああ、あなたに一つ聞きたいことがあります」
「何だ」
「カーティス様は昔からあんな感じだったんですか」
「……いや 昔は優しく思いやりのある感じだった」
「ーー数年前、奴が現れてから」
「やつ?」
「それは」
イーサンが言いかけた瞬間、彼に声がかかる。
「おい、何をしている 置いていくぞ」
「はい! すまない、もう行かないと」
慌ただしくルイズが止める間も無くイーサンは立ち去った。
「あ!」
リオはルイズに声をかける。
「あの人、先生のお知り合い何ですか」
「ああ、私の兄と同い年で まさかカーティス様があんな風になられているとは いったい何があったのか」
「昔はあんな感じではなかったですか」
「ああ、昔はもっと優しくて明るい方だった」
「それでも人を傷つけていい理由にはなりません」
「……ありがとう」
ルイズは心からの感謝の言葉を述べると、リオは恥ずかしそうに背けた。こうして、エレナのお別れ会は何とも後味の悪いものとなり幕を下ろしてしまった。
次回は月曜日に更新します。




