第十一話:来客
クリーム色の髪と緑色の瞳を持つ少年の日課は毎朝、母親のマリノアが料理に使う小枝取りやお風呂に使う薪を切ることから始まる。
彼の名前はティル・レイヴァント
ティルが住んでいるシモン共和国は国家元首や王はいない、人口はおよそ150万人で首都の名はエンノイアと呼ばれている。
自然に囲まれた緑豊かな国だが、都市部は近代化が進んでいるが山奥に住んでいるティルはこれまで町までしか行ったことが無いので所要があってもそれで事足りていた。
薪取りにはいつもティルの両脇にトタトタと覚束ない足取りでついてきてくれる可愛らしい双子の姉弟がいる。
2人の頭にはふっくらとした耳にお尻には尻尾がふさふさとゆれていて、頭をなでる時に撫でる耳の触り心地は至福の瞬間である。
ティルは朝露に濡れる木立の息吹を感じながら、ティルの両脇から拙くも可愛らしい言葉が聞こえた。
「おにいちゃん、もってきた」
「にいたん、こいも」
双子なのだが姉のメアリよりちょっと舌足らずななのが弟のセシルの方だ。あれから五年の時が流れ双子はすくすくと成長しており、ティルも赤ん坊の頃からお世話をして目に入れても痛くないくらい可愛がっている。
今は双子がティルの両脇を固めながら手を握っているから枝がとれないが、最初の頃は枝をとるのは当然ティルがやっていた。けどそれを双子達はティルがやっていることをずっと見ていたのだろう…いつの間にか手伝うようになっていて、初めて小枝を渡された時には僕は感激して目頭が熱くなり泣きそうになった。(実際涙目になったが)
『もうそろそろいいかな……』
集まってきた薪の量を確かめようとした時にティルの真横をサッと何かが横切った。
ティルは確かめるまでもなく、それに双子に促しつついつもように朝の挨拶をした。
「それじゃあ いつものように挨拶しようか」
「「うん!!」」
「「おはよう 妖精さん」」
挨拶をされた妖精さんーーー妖精族もひとりひとりに挨拶をした。
『ティル メアリ セシル おはよう』
「いつも森の小枝を分けて頂きありがとうございます」
このシモン共和国には妖精族という種族がいて、小柄で可憐な容姿をしている。なぜお礼を言うのかはこの森がいつも清浄で綺麗なのは妖精族がいるおかげだからだ。まさに森の管理者というにふさわしい。
『ふふ 朝からがんばり屋さんね』
妖精がその言葉を残して瞬く間に消えていった。ティルは妖精が残していった言葉が耳から離れなかった。
大抵の人は魔力を持っているみたいだし、使えばこんなこと朝飯前なのだが、ティルには何故か魔力を「持たない」人間らしく、それは自分の母でもあるマリノアや町の医者にどこか異常か無いか診てもらっても「健康そのもの」と判断されるだけである。
そんな魔力を持たないティルは両親と双子の姉弟とともにこのシモン共和国の山奥で平凡で静かな生活を日々坦坦と送っていた。
数日前 ある人物が訪れるまではーー
ダンと辺りに気持ちのいい割った音が鳴り響く。薪を一通り切り終わり、一息ついてた時に家の方からティルを呼ぶ声がした。
母親のマリノアだ。ウェーブがかかった黒髪を一つに束ね、メガネをしている。30代になっても今もなお若々しいのは獣人族と番いになった者は寿命が長くなるからである。
あの原始の森の出来事から五年が経つ。例の森はその後、こってりと絞られ他の子供達にも奥には入ってはいけない事を触れを出して教えられた。
マリノアはおっちょこちょいの所があるがとても優しくて温かい人柄の持ち主で、ティルが今ここにいるのはこの人のおかげでもある。
「ちょっと来てくれないかしら」
「は〜い」
「それじゃあ、お手手を洗いにいこうっか」とティルが薪を斬り終わるまで待っている双子に言った。
「「うん」」と返事をするときはいつも同じタイミングな為でなんだかほっこりする。
手を洗い終えたティルと双子が家の中に入り、リビングには彼がくるのをマリノアが待っていた。
「母さん どうしたの? …あっ」
ティルは少し驚いた。マリノアの後ろに誰か知らない人が立っていたからだ。ティルたちが小枝取りにいっている間に来客がきたみたいだ。
マリノアの薬を求めに遠方からお客さんが来ることも少なくない。驚いたのは最初だけだった。
「お客さん?」とティルはそう聞きながらその人に会釈をしたら挨拶を返してくれた。
「ええ、あなたにちょっと紹介したい人がいるの。その前にメアリとセシルにはお寝坊さんのパパを起こしてきてもらいましょうか」
「「うん!」」
母親から請われて双子は元気よく返事をし、ぱたぱたと二人の父がいる寝室に向かった。二人の父エルヴィスは朝起きるのが苦手でいつも家族の一番遅くに起きる。
エルヴィスは獣人族という種族の狼で、人間のマリノアと結ばれて双子のメアリとセシルが産まれた。父親からの遺伝子で狼特有の耳と尻尾がしっかりと受け継いでいる。それは町にいる幼なじみ達も同じで親から子へと受け継がれる。
お気づきだろうか?
双子には父親譲りの耳があって、ティルにはその特有の耳も尻尾が無いことを。
話が戻るが、その人の正体はなんとーー
「学園の先生?」
ティルは初めて見た学校の先生を不躾にまじまじと見てしまった。
『この人……どっちだろう』
というのも男性とも女性とも思えるような愛くるしい容姿をしているからだ。背は僕よりちょっと低めで、はねっ毛の髪とくりっとした大きな瞳が印象な男性というよりも少年にしか見えない。
「そう、この人は私たちが学園に通ってたときの後輩で、正確には学園の教師見習いをしているの」
マリノアがその先生の方を向き、先生はようやく口を開いた。
「初めまして」
女性にしては低い声…男性かな?とティルは推察する。
「私は学園の教師見習いをしているリオ・フィンナッシュと申します」
「初めまして ティルと申します」
「いや〜、それにしても驚きました。 まさかエル先輩とマリノア先輩ににもうこんな大きいお子さんがいるなんて」
エルとは父親のあだ名であり、マリノアもたまにそう呼ぶ。ティルの方を見てリオはきっと話のきっかけになるものを見つけたかっただけなのだろう。別に不自然ではない。和やかな雰囲気でリオが気楽に話し始めようとしただけだと自分そうも思う。
リオはきっとティルが夫婦の実子だと何の疑いも無く思ったのだろうし、けれど事実ではないことに気恥ずかしさを感じたティルがその間違いを正そうとリオに言いかけるのだが、ティルよりもマリノアの口が開くのがワンテンポ速かった。
マリノアはリオが言ったことに対し何の気兼ねなく、普段通りののほほんとした口調で答えた。
「ふふ、驚いたでしょ?」
次の一言でリオの表情が一変した。
「ティルは私が産んだ子供ではないのだけど、ティルは私たちの宝物です」
「へ?」
「実は道端で拾ってきたんです」
えへへとまるで悪戯が見つかったかのような仕草よりも衝撃的なセリフに頭の中がパニックになったリオ。
「は?」
という言葉しかとっさに出ないくらい狼狽していた。数秒間硬直してしまったリオはなんとか答えようと苦笑いを浮かべながら答えた。
「ひ……拾ってきたって、……ごごごご冗談ですよね?!」
思わずどもりまくるリオの願いも虚しくなんともばっさりと一蹴する自分の元先輩だった。
「冗談をいってなんになるんです」ふふふ
「……はは、そうですね」(冗談であってほしかった!!)
リオはなんとか自分の気持ちを総動員して落ち着かせ、彼女の話を聞いた。
「どういうことなんですか?」
「う〜ん、あの子と出会ったはもう10年前になるかしら」
思い出すようにマリノアは過去に思いを馳せた。
「私たちは人里離れた所で居を構えることが夢でね、だから生活用品とか買うためにたまに町までおりて買い物に行ったりするんだけど」
「あの日もいつもの家に帰る道の途中だったのーー」
マリノアは紅茶に舌鼓を打ちながら過去を話し始める。それは普段はドジっ子で忘れることが多い彼女にとって忘れられない記憶となった。