第三話:それぞれの休日
一方、島から帰ってきた学生たちはせっかくの休みを有意義に使うために、各々と行動する。
お店に買い物に行ったり、家でぐっすりと休む者もいれば、鍛錬を怠らないように修行をするものもいた。
しかし一人だけ心ここにあらずにとぼとぼと学園都市を歩く少年がいた。それはリントだった。いつもはひょうきんで明るい感じの彼は島に帰ってからも重く沈んでいた。
その目下の悩みはーー彼女、エレナについてだった。島では海賊たちが捕まり、片付いたもののそれからなかなか話せず仕舞いで島に帰ることになった。
(というよりも、避けられているような……)
何度か話す機会があったのだが、彼女も運動神経がいいので、捕まえることができなかった。
(そんなに俺のことが嫌いのかよ……)
あからさまに距離を取られるのにショックを受けたリントは何度か挑戦していくうちに心が折れてしまっていた。リントはセスに言われたことを思い出した。
『彼女があなたのことを見ていたので、何が話したいのかと思いました』
『え……』
(話したかったことを、それだけを聞くつもりだった)
それだけのつもりなのに、いつの間にか空回りして、こんなにも手をこまねいていることは初めてだった。美貌の商人、クリストファー・ポーロとして変装し、相手の商人たちを巧みの話術で翻弄させるなんてお手の物だった。
(ふ〜、どうしたものかね……あ、そうだった)
一回チビたちにお土産を渡さねえとな。リントは鬱屈とした気持ちを切り替えるように目的を決めて医院がある東街に向かった。医院の中庭で子供たちが元気よく遊んでいた。
リントが来たのは気づいたが、アランだった。
「あ、兄ちゃんだ」
「え、リント!?」
それに続いて、シア、エミリー、エイジ、レイシーが気づいたので歩み寄ってきた。
「よっ、チビたち、 帰ってきたぜ」
「どこ行ってたの〜」
「ちょっと遠くにな」
わしゃわしゃと一人ひとり、頭を撫でた。
「お前たちにお土産があるからね」
その言葉に子供たちが嬉しそうに目を輝かせた。
「わ〜い」
「やった」
キャキャと喜んでいる口をリントは笑っていると医院から一人の女性が出てきた。
「母さん」
「あら、リント 帰ってきたのね」
「うん、ただいま」
「どこも怪我をしてなさそうで良かったね」
「はは、体力だけが取り柄だからね」
「ふふ、お父さんに似たのね」
父のことを嬉しそうに話す母の表情にリントは焼き餅を焼きながら笑い返した。
「そうだ、母さんと医院長にもお土産が持ってきたんだ」
「ありがとう、島は楽しかった?」
「まあ、楽しかった 色々とあったんだけどね」
リントは医院長にも挨拶しにいくと、快く出迎えてくれた。
「やあ、おかえり リントくん」
「ただいま 院長先生」
マクベス・アンダーソン、あの事件からも変わらず優しく接してくれるリントにとって恩人である。
「お土産、医院長のも買ってきたから」
「ありがとう、リントくん」
「そういえば、あの時なんだけど」
「あの時?」
「君が捕まって、ここが買収されそうになった時のことなんだけど 君を助けるために、他の生徒さんたちが君のことを助け出したって 【騎士の鉄壁】のギルドの人から聞いたんだけど」
「ああ、うん それってティルたちだな」
「ティルくんってういうんだ」
「ああ、あとノアっていう女の子とリオ先生とーー」
その時、目下自分を悩ませている少女の姿が脳裏によぎった。
(思い出しちまった)
母のイザベラは息子のわずかな表情の変化を見逃さなかった。
「リント、どうかしたのーー」
「ううん、何もできない」
首を振った後はいつもの表情に戻っていた。
「そう? 何か考えこんでいるときは言ってね」
「うん」
イザベラは見送るリントに思いを馳せていた。
『そうね、もう年頃なのよね あなたと出会ったのも同じくらいだったかしら』
リントの姿にかつての夫の姿が重なったように見えた。イザベラは目を細めて胸中で吐露する。
【あの秘密を知るのも、近いのかもしれないわね】
〇〇
リントはチビたちに会った後、寮に帰る気力もなくとぼとぼろ歩いていると、聞き覚えのある声を耳にする。
「あれ、リント?」
「うん?」
そこにはティルがいた。
「あれ、ティルじゃん 一人か?」
「いや、そこにノアがいるよ」
視線の先に屋台の前でおいしそうに焼かれているフランクルトに少女は熱く見惚れていた。
「はは、めっちゃ食べたそうだな」
「朝ごはんをしっかり食べてきたんですけどね まだ食べ足りないみたいで」
「へえ、あんなに小さいのによく入るな」
リントとティルの距離が近くになった時だった。
『これ、なんのにおいだ』
「ティル、なんか服に香水とか付けたか?」
「へ、いや そんなものつけてないけど」
「そうか」
気のせいかとリントは頭をかいた。
「何かにおいましたか」
「いや、俺の気のせいだ」
「? そうですか」
「ティル、あれ食べたいって……リントじゃない」
「よ、姫さん」
「その姫さんって私のこと?」
「おお、ティルの姫だから姫さん」
「姫……」
「まあ、その名前でもいいわね」
まんざらでもない様子のノアにティルとリントは笑った。ノアが美味しいものを見ていたからか我慢できなかったのか口を開く。
「そろそろお昼前だしカフェとかでご飯食べない?」
「う〜ん、そうだね」
リントは二人の邪魔にならないように立ち去ろうとした時だった。
「それじゃ、お二人さん」
「あ、リント、僕たちと一緒にご飯を食べない?」
「え?」
「どうかな?」
リントはどうしようかと思ったが、二人の表情を見て確認する。
「俺はいいけど、せっかくの休みなんだし」
「別には僕はいいけど、ノアは?」
「私も大丈夫だよ」
「そうか?」
ティルはリントが何かを言う前に口を開いた。
「よし、それじゃ食べに行こう どこがいいかな?」
「あ〜、それならいいところがあるぜ」
リントは二人をお勧めの店を紹介した。少し歩いていくとそこは喫茶店のような外観の前で止まった。
「ここだ」
「ここってなんのお店」
「軽食屋だ」
中に入る温かみのある木造の作りと、漆喰の壁が落ち着きのある雰囲気である。
「なんだか、いいですね」
「うん」
ノアは物珍しさにキョロキョロと辺りを見回す。メニュー表にはおいしそうなイラストなどが描かれていて食欲をくすぐった。
「どれもおいしそうですね」
「おすすめは何かあるの?」
「ここのハンバーグランチはうまいな」
「私、それがいい」
「じゃ僕も」
「それに決まりな」
リントは店内にいる女の子に声をかけると注文をした。少しして出来上がったランチを恰幅のいい女性が持ってきてくれた。
「お待たせしました ハンバーグランチです」
「おかみさん ありがとう」
「リント 久しぶりね お母さんは元気」
「うん、元気だよ」
「また一緒に来てね」
「うん ありがとう」
「ゆっくりしていってね」
ティルとノアは会釈をするとおかみさんは奥に戻っていった。
「昔からの知り合いで、小さい頃タダで食べさせてもらっていたことがあったんだ」
「そうだったんですね」
「おかみさんにはほんと頭が上がらないよ」
リントの嬉しそうな顔になんだかホッとした。
「なんか元気そうになって良かった」
「え」
予想外のティルの言葉にリントは驚く。
「リントを見つけた時、なんか元気がなさそうだったから」
「そんなにおかしかった……?」
「う〜ん、なんとなくだけど」
「そっか まあ、ちょっとな」
いつもは口がよく回るのになんだか歯切れの悪い様子にティルとノアは不思議がる。
「何か僕に相談できることはないですか」
「私も美味しいところを紹介してもらったから」
「ティル、姫さん」
二人の言葉にリントは思い悩んでいたことを打ち明けることにした。
「実は……」
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