第十話:学び舎から卒業・小さな恋の終わり
三人称です。
「レイヤさんから話から聞いたわ…山奥に行ったって」
「本当に無事でよかった」
マリノアの目元に隈が出来ているのに気付いたティルは申し訳なくなった。
「…お母さんいつ来たの」
「昨日の夕方よ」
「ごめんね…心配かけて」
「無事ならそれが何よりよ」
立ち上がろうとしたマリノアだったがよろけそうになりそれを支えたのはエルヴィスだった。
「あなた…」
「おっ父さん」
「まだ寝ていろ…ティル」
「う、うん」
マリノアの体を支えようとティル起き上がりかけていたがエルヴィスに止められた。
「体調はどうだ…?」
「うん、どこも痛くないよ」
「そうか…」
『そうか…ってもう少しマシなことを言えないもんかね』
本人はヒソヒソ声で話していると思うが、エルヴィスの聴覚は並外れているため筒抜けである。
『お父様、中はどうなっていますの? ティルは起きてますの?』
どうやらカリーナも一緒に聞き耳を立てているらしい。すくっと立ち上がり扉を開けるとドサっとする音とともに中に転がり込んできたのはドミニクだった。
「のわぁっとと!?……あ〜、やあティル君起きたんだね」
「ティル?! 目を覚ましたの」
ドアの外からひょっこりとカリーナが現れてティルは目を見開く。
「カリーナ」
「っティル」
小走りでカリーナはティルに駆け寄り、体調を聞いた。
「体調はどう?」
「うん、どこも痛くないよ」
「…よかった」
今にもティルに抱きつきそうなカリーナだが、なんとか踏みとどまった。ティルは友人達やクラスの子達の安否を聞いた。
「他の人たちは…みんなは大丈夫だったの?」
「私たちは全員目を覚ましたんだけどティルだけが目を覚まさなくて…」
「それで昨日マリノア様が来て、寝ていることだけだ分かったんだけど目覚めるまで心配で…本当によかった」
「カリーナ、心配かけてごめんね」
「ううん」
首を振ったカリーナは涙目になり安心させるように手を握った。
「あなたたちこんなところにいてはティル君が休めませんよ」
「レイヤさん」
レイヤの掛け声とともに名残惜しく全員退室して行った。
「後で夕食を持ってきますので…」
「ありがとうございます」
嵐が過ぎ去ったような後のようにどっと疲れた。いきなり大人数に話すのは結構疲れるのでレイヤの気遣いは助かった。
手をかざしたティルは昨日のことをなんとなく思い出した。
『昨日は山奥に行った男子達を連れ戻しに行ったら、魔獣と遭遇して、みんな倒れてしまって』
『…あれ? それから魔獣はどうしたんだっけ?』
思い出そうとするが霞がかかったようになっていて鮮明に思い出せない。
『確か…魔獣は僕の目の前にきて、それで…体中が熱くなったような気がした』
「その後が思い出せない…」
まだ疲れているのだろうと疲れが取れればきっと思い出せるだろうと気だるさを感じたティルはまぶたを閉じた。
それから5年の月が経ちーー
エルヴィスとマリノアの間に双子の赤ちゃんが生まれた。姉にはメアリと弟にはセシルと名付けられた。ティルは二人の兄となった。
そして日は流れティルは15歳になりみんなも年相応になった頃学び舎を卒業する日が訪れた。
ソフィーは薬屋の娘で家の手伝いをするらしく、将来はお店の後を継ぐことが決まっている。ブラは鍛冶屋、イノは美容師をしてそれぞれ順調に将来は約束されている。
ここにいるカリーナもまた商いの施しをレイヤやドミニクから受け継ぐ。オリバーはお金を稼ぐために、狩人の仕事を受け負うつもりらしい。
「まだいたのか。 卒業式は終わっただろう…」
「それを言うならオリバーこそ…」
学び舎の卒業式の日になったカリーナは遅くまで残っていた。名残惜しく窓からその風景を眺めていると忘れ物をとりに来たオリバーが教室に入ってきた。折角だからとその時少しだけ二人は会話をした。
「ティルに告白しないのか…ずっと好きだったんだろう?」
ティルも学び舎を卒業するとカリーナの居候する必要はなくなり山奥の実家に帰る。
オリバーは隣の窓の冊子に腕を持たれかけてぼ〜と空を見上げるカリーナに聞いた。
「…告白しないわ……なんとなくなんだけど告白しても実らない気がするの。私のこときっと友達かお姉さんくらいしか見てないでしょうし…」
どんなにアプローチしてもティルは自分を友達以上には見てくれないことに一緒に成長したカリーナは悟った。
「そうか…」
カリーナの答えに少し驚いたオリバーは言い淀む。
「あなたはどうなの? 好きな人いる?」
「俺は…まだ告白しない」
カリーナにとって入学した頃のオリバーはどこかツンとしていた少年という印象だったが、成長するにつれて角が取れ落ち着きがでた。好きな人がいることを初めて知ったカリーナは興味に惹かれる。
「へ〜 告白しないって好きな人はいるんだ? ふ〜ん」
「まあ頑張って」
『カリーナといい、ティルといいお前らそういう所は姉弟みたいだな』
全然自分の気持ちに気付いていないカリーナは応援すると言われてしまったオリバーは苦笑し、心の中で愚痴りながら綺麗な青い空を二人で見上げた。
「今日は綺麗な青い空だな」
「そうね〜いい卒業日和ね」
カリーナは屈託なく笑いながらオリバーに返事をした。