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「メグリです。例の人物を連れてまいりました」
「ご苦労様です、メグリ室長。どうぞ中へ」
王の部屋の前に着いた2人は、門番の許可を得、今まさに入ろうとしていた。
「行くよ、タスク」
「ああ」
門番が門を開く。タスクはメグリに続いて扉をくぐった。
絢爛な空間。手入れの行き届いた綺麗な床の上に、上質なカーペットが権力の足元へと伸びる。
巨大な玉座に彼はいた。
「ご苦労だった、メグリ」
「はい」
メグリがこうべを垂れ、後ろへ下がる。
ふと、周りを見ると護衛の兵士たちは部屋から消えていた。
タスクの視界に映る者は王だけになった。
「はじめまして……と言うべきか。タスク」
「どうも、王様」
王 の傲慢な態度にタスクは気を悪くしたが、それは相手も思っていることだった。
「俺は君のことがあまり好きではない。が、そうも言っていられない。俺たちに協力して欲しい」
「何をしたいんだ」
「元の世界に戻りたい、それに決まっているだろう」
何を言っているんだこいつは、という反応だ。
「みんながみんな、お前と同じように思ってるだなんて思うなよ」
「……なぜだ?」
「お前は町の人々の表情を見たことがあるか?あればわかるはずだ」
「質問しているのはこちらだ。なぜだ?」
「この町の人々は、みんな明るい顔をしていた。活気に満ち溢れていた。もちろん、そうじゃない人もいるだろう。それでも俺にはこの世界が前よりもマシだと思える」
「つまり、手を貸す気は無いと?」
「ああ。お前には手を貸さない。しかし、メグリには手を貸す約束をした。だから間接的にお前に手を貸すことになる」
「では、お前は意に反するが、俺たちに協力する。そういうことだな」
「そう捉えてもらって構わない」
「そうか。一応、感謝でもしておこうか」
そう言うと、ユウジは立ち上がり、玉座から降りてきた。
「だが、その前に……」
「ぐぐっ!」
「タスク!」
タスクの正面に向かい合ったユウジは、いきなりタスクの首を掴み、そのまま持ち上げた。
重力を弱める魔法か、あるいは肉体を強化する魔法なのか。酸素を取り込めなくなったタスクの頭が意識を手放す前に、結論を導き出すことはなかった。
ーーー
目を開けると、タスクは真っ暗闇の中にいた。宙に浮いていた。地面がどこなのか、空がどこなのかそれすらもわからなかった。
彼にただ一つわかっていたことは、これが夢である、ということだった。
「ここは……」
「ここは世界と世界の狭間」
「!?誰だ!」
返事など期待していない、そんなただの独り言に答える声があった。
声の主は少年とも少女とも言い表せない中性的な顔立ちで短髪の存在だった。
「わたしはわたし」
「質問の答えになってない……」
「じゃあ、あなたはなんなの」
「なにって……俺はタスクだよ」
「タスク。タスクって、どっちのタスク?」
「どっちってなんだよ」
「あなたは“前のタスク”?それとも“今のタスク”? それとも、もしかしてどっちとも違う?」
「……」
タスクは言葉に詰まってしまった。今の肉体に限った話をすれば、間違いなく“今のタスク”だろう。
しかし、その内面は以前の記憶を取り戻し、完全に“前のタスク”に切り替わっていた。
そして何より、タスクには十数年分の人生の記憶が、二つあった。果たしてどちらが本当の自分なのか。考えたこともなかった。
「俺は……」
「……ク……タス……タスク!」
「んあっ!?」
「良かった……大丈夫そうで。タスク」
何故か夢から覚めたタスクは、牢屋の冷たい床に横たわっていた。
ーーー
程なくして、タスクは牢から解放された。ユウジとの話を続けるため、メグリを連れ立って今一度謁見の間へと向かう。
「よかったね、すぐ出してもらえて」
「ちょっと歯向かっただけで牢屋にぶち込むとか、おかしいんじゃねえの」
「まぁしょうがないよ。立場が立場だしさ、頭も冷えたし良かった……と思うしかなくない?」
「頭を冷やす、ねぇ」
先ほどの夢の内容を思い返す。なかなかでない答えに、むしろ頭が煮え上がりそうだ。
「なぁ、お前は自分が何者だって聞かれたら答えられるか?」
「なぞなぞ?」
「いや、普通に質問」
「うーん……難しいね」
「だよな」
「でも……」
「ん?」
「私は私だよ。私は私だし、タスクもタスクだよ」
「……」
そうこうしているうちに、再び大きな扉の前に出た。




