〈二〉
また次の日、おじいさんはそわそわし、いつもならていねいに時間をかけてやる庭仕事を、おざなりに手早く済ませました。庭の花々に水だけやってしまうと、ロウソクを探しにかかりました。
「あった、あった。これだ」
家の中のあっちをひっくり返し、こっちをひっくり返しして、ようやっと見つけたのは、きれいな花模様が描かれた絵ロウソクです。それは昔、日本に旅をした友達がおみやげでおじいさんにくれたものでした。その友達も今はもういません。
そのことを寂しく思い出しながら、おじいさんはロウソクの絵をながめました。
「大事にとってあったが、せっかくだから使わせてもらおう。こんなにきれいなら、さゆりをもてなすのにもぴったりだ」
そうひとりごちて、ひっくり返した部屋をきれいに片づけると、おじいさんはきれいな服に着替えてひげの手入れもし、すっかり格好良くしてから、さゆりのマッチを擦りました。
現れたさゆりは袖の後ろであくびをかみ殺して、何でもないかのようににっこりしました。
おじいさんは急いでマッチの火が消えないうちに、火をロウソクに移しました。
火がともると絵ロウソクの花は夢のようなきれいさです。
「おはよう、旦那さん。また呼んで下さったのね。嬉しいわ」
さゆりは本当に嬉しそうに言いました。
「今ごろおはようなのかい? 何だか眠そうだね。もうお昼はとうにすぎたよ」
おじいさんはさゆりが寝ているところを起こしてしまったのかと思って心配になりました。
「あら、大丈夫よ。夜が遅い仕事だからお昼まで寝てるけど、もう起きる時間なのよ。ちょうどよかったわ。
それより、なんてきれいなロウソクでしょう。私のために用意して下さったのね? とっても嬉しいわ」
「そうかい、喜んでくれて嬉しいよ」
おじいさんはさゆりが喜んでくれて、飛び上がらんばかりに嬉しかったのですが、何でもないかのようなふりをしました。
「それに今日の旦那さんはとっても素敵な格好だわ。私、おしゃれな人大好きよ」
「そうかい、ありがとう」
おじいさんは心の中で照れていました。でも、やっぱり、それは顔に出さず何でもないかのように言いました。
「ロウソクのお礼に一差し舞いましょうか。旦那さん、見ていて下さいましね」
「それはいい。ぜひ見たいよ」
さゆりは、やっぱりにっこりとして、着物に差していた扇をとって広げると、それをひらひらとさせながら、歌い踊りました。明るい調子の歌を口ずさみながら、軽々と袖を舞わせ、手を舞わせ、扇を蝶々のように舞わせます。さゆりの踊りはとても素敵でした。
さゆりが扇をとじて「お粗末さまでした」と頭を下げて挨拶をしたので、おじいさんは思わず拍手しました。
「なんて素晴らしい! さゆりは踊りがとても上手なんだね」
「あら、嬉しいわ。でもモダンダンスは下手なのよ。お客さんに誘われてダンスホールに行ったけど、振り付けを間違えて相手の方の足を踏んじゃったわ」
「それは、私の国のダンスかな?」
「そうそう。西洋ダンス。あれ、難しいのねえ、今度教えて下さいな」
おじいさんは顔が赤くなってしまいました。さゆりのきれいな手を取って踊るのを想像したら、とても恥ずかしかったからです。
「いや、私はダンスが苦手でね」とごまかして答えました。
「あら、でも私よりきっと上手いに違いないわ。意地悪言わないで教えて下さいな」
「いやいや、とてもとても、踊りの上手なさゆりに教えるのは恥ずかしいよ」
それはおじいさんの正直な気持ちでした。だって、さゆりの踊りは本当に素晴らしかったのですから。
「あら、いやだ。もうお座敷の時間だわ。ごめんなさい、旦那さん。私もうお仕事に行かないといけないの」
さゆりが慌てて、そして残念そうに言いました。
「さゆりのお仕事はお座敷って言うのかい? 気にしないでいってらっしゃい」
「ねえ、また呼んで下さるでしょう? お昼過ぎなら暇ですから、またマッチを擦って下さいね。約束よ」
「分かった、約束しよう。またマッチを擦るよ」
さゆりがお別れのお辞儀をして「じゃあまたね」と言ったので、名残惜しかったのですが、おじいさんはロウソクに息を吹きかけて火を消しました。
火が消えるとふっとさゆりの姿は消え、部屋が暗くなりました。
「おっと、もうお日さまが沈んだんだ。晩ごはんの支度を忘れていたぞ」
おじいさんの言う通り、もう日が暮れて晩ごはんの時間になっていました。今からお料理をする気になれません。おじいさんは仕方なく朝ご飯の残りのパンにハムを挟んで食べました。