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〈一〉


 ある町のある家に、一人で暮らしているおじいさんのお話です。


 おじいさんは古いマッチ箱を集めるのが好きでした。

 きれいなラベルがついている昔のマッチ箱をたくさん持っています。

 今はマッチを使う人が少ないので、おじいさんはそれらのマッチを古風な雑貨を置いているお店や、古道具屋さんや、昔ながらのたばこ屋さんで買ったのでした。


 おじいさんはパイプたばこを吸うときに、宝箱に入れたたくさんのマッチ箱をながめて、どれか一つ選んでマッチを擦ります。

 そのとき不思議なことが起きるのです。


 マッチの火が照らす明かりの中に、マッチラベルの絵の中の人や動物や物が現れて、おじいさんとお話ししてくれるのでした。

 それはそれは不思議なことでしたが、おじいさんはそのことを誰にも話しませんでした。

 自分一人の楽しみにしたかったからです。




 ある日、おじいさんは庭仕事を終えて、晩ごはんもすますと、いつものようにマッチを選びました。

 中国娘がきれいな花を摘んでいる絵のマッチです。

 パイプを用意してマッチを擦ると、明かりの中に中国娘が現れました。

「お嬢さん、そのお花をどうするんだい?」とパイプに火をつけながらおじいさんは聞きました。

「私は宮殿の召使いなの。このお花はお妃様のお部屋に飾るのよ」

 娘が花を入れた籠を見せながら答えました。

「そうかい、とってもきれいなお花だね」

「シャクヤクって言うのよ。お妃様が一番好きなお花なの」

「そうかい、そうかい。ところで、」

 おじいさんがもう一言言いかけたとき、マッチの火は消え、中国娘も消えてしまいました。

 おじいさんはもう一言、「君は小さいのにお仕事をしてて偉いね」とほめてあげたかったのでした。


 その次の日、おじいさんは寝る前に一服したくなり、パイプを用意するといつものようにマッチを擦りました。今度はロシアの熊が木の実を食べている絵のマッチです。

 マッチに火がともり、熊が現れると、おじいさんは急いで話しかけました。

「やあ、君は木の実が好きなの?」

 熊が妙にイライラしながら答えました。

「好きも嫌いもないわ。とにかく何でも食べなくちゃ。もうすぐ冬が来るのよ。冬眠前にいっぱい食べなくちゃいけないの。お腹に赤ちゃんがいるから、赤ちゃんの分まで食べるのよ。

 あら、おじいさんも食べられそうだわ」

 大変、腹ぺこの熊がおじいさんを食べようと大きく立ち上がりました。

 慌てておじいさんがマッチの火を吹き消すと、熊の姿は消えました。

「ああ、今日は危なかった。インドの人食いトラのマッチを擦ったとき以来だよ」

 ホッとしたおじいさんはパイプに火をつけるのを忘れていたことに気付きました。


「やれやれ、寝る前にドキドキしては体に悪い。今度は大人しそうなのに話しかけてみよう」

 おじいさんはたくさんのマッチから慎重に選び、花や、蝶々、娘の絵のマッチを机に並べました。

「この娘さんに話しかけてみようかな」


 おじいさんが選んで手に取ったマッチは、日本の娘の絵がついていました。

 日本娘はきれいな着物を着て、立派に髪を結い上げ、扇をもってにっこりとしています。

 それはとてもきれいな娘でした。

 おじいさんは何だか嬉しくなり、そのマッチを擦りました。

 するとどうでしょう。明かりの中に現れた娘は、おじいさんを見るとにっこりして、自分から話しかけてきたのです。

「私、さゆりよ。旦那さん、立派なおひげねえ。とてもすてきよ」

「そうかい、それはありがとう。君はもうお仕事をしているの?」

「ええ。私は芸者よ」

「ああ、ゲイシャ・ガールなんだね。どんな仕事だろう。踊ったりするんだろうね」

「ええ、踊ったり、歌ったりするのよ」

 さゆりは袖で口元を隠しながら「うふふ」と笑いました。

 おじいさんはその姿にみとれました。着物も立派な髪形も素晴らしく、何よりしぐさがまるでバレリーナのように優雅で、笑った切れ長の目もとても美しい娘だったからです。

 見とれてる間に、マッチは燃え尽きて、さゆりは消えてしまいました。

 パイプたばこに火をつけるのも忘れました。

 おじいさんは、どうしようかオロオロと迷い、

「どうせパイプに火をつけなきゃいけないんだ」

 と自分に言い聞かせて、もう一度そのマッチを擦りました。


 さゆりが現れて「あら、旦那さん。またお会いできて嬉しいわ」とお世辞を言ってにっこりしました。

 お世辞と分かっていてもおじいさんはとても嬉しかったのです。それはさゆりの声がとてもきれいで明るかったからでした。

「お嬢さん、」

「なあに? さゆりでいいのよ、旦那さん」

「じゃあ、さゆり。もっと君とお話がしたいんだが、マッチの火がすぐ消えてしまうんだ」

 さゆりはまた「うふふ」と笑って言いました。

「いい方法があってよ。そのマッチの火をロウソクに移すの。そうすればロウソクが燃える間、長くお話ができるわ」

 また火が消え、さゆりも笑顔のまま消えてしまいました。


「そうかロウソクか。そういう手があったんだな。明日ロウソクを探してみよう」

 結局またパイプたばこを吸い損ねましたが、おじいさんはわくわくしながらベッドに入って眠りました。

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