十七、イミテーション(意味提唱)
私は考える。
私は暗い夜を一人、社の中で耐え忍ぶ。
耐えるだけでは駄目だ。
進まなければ。
思考を進めなければ。
考える。
手持ちの札は少ない。
これをどう使えば、この事件を解決へと導けるだろうか。
私は思考する。
私は思考し続ける。
「君は本当は寂しいんだね」
思考に入り込むノイズ。
今はそんなものに耳を傾ける暇は無い。
しかし、この声を無視してはいけない気がする。
寂しい? 私が?
そうなのだろうか? この気持ちは寂しさなのだろうか?
「寂しがり屋で優しい君は、何時も独りぼっちになる。これは僕の持論だがね、一人になりたがる人間には二種類いる。自分の為に一人になる人間と、他人の為に一人になる人間だ」
「なら私は前者だね。私は人付き合いが嫌いだから一人でいるんだよ」
「嘘だね。君はいつだって他人の為に距離を取ってきた」
「そんなことは……」
「君は本当はこの事件が起きて良かったと思っている。何故ならばこれで後ろめたさを感じずに、二度とこの島に訪れなくても済むからだ。正直言ってね、君が春子と友達になった事は意外だったよ。だけれども理由はすぐに解った。君は元から二度と春子に会う気が無かったんだ」
私は何も言わない。
「どうせ二度と会う事は無い人間。『いくらなんでも、この島に滞在するたかだか数日間で春子を不幸にする事は無いだろう』。そんな甘い予測から、君は春子を悲しませたくない一心で友達になった。そして結果はご覧の有様。正しく予想が甘かった訳だ。そして、これが一番残酷な話だが、君は本心から春子と友達に成りたかった訳では無かった」
私は何も言わない。
「君は人が自分と居ると不幸になる事を知っている。そして心優しい君は他人が不幸になる事を心の底から悲しんでいる。君にとって他人が自分と友達になるという事は、他人を奈落に突き落とす事と同義だ。だから君は春子と本当は友達になんてなりたくなかった。だけれども、友達の作り方すら分からないあの子を哀れんだのだろう。君は春子の手を取ってしまった。何と言う事は無い、君と春子の友情は、只の同情だったわけだ」
私は何も言わない。
「そして君は今回の事に懲りて、赤目とも手を切ろうとしている」
私は何も言わない。
「赤目と出会ってからも君は何度かトラブルに遭遇した。そして赤目はそれに巻き込まれてきた。普通の人間ならば、一度目で見限って、君から離れていった事だろう。しかし、赤目はイレギュラーにタフな男だった。何度トラブルに巻き込まれようと、何度理不尽な目に合おうと、めげずに君の隣にあり続けようとした。いやはや、その一途さには頭が下がるよ」
私は何も言わない。
「そして君は甘えたんだ。赤目の強さに、そして優しさに。そして事実を誤認し始めた。『自分は誰かと共に居てもいい』そんな幻想を抱き始めた。その気の緩みから君は一時的とはいえ、春子と友達になるという大きなミスを犯した」
私は何も言わない。
「きっとこの事件を解決した後も赤目は一緒に居てくれるだろう。だけれどもこれ以上赤目と居れば、君の精神は更に弛緩していく。そしてその緩みは、さらなる犠牲者を生んでいく事になる。だから君は、たとえ無事にこの島から出る事が出来たとしても、その後、赤目と距離を取ろうとしている。そしてその判断はとても正しい」
私は何も言わない。
「秋名も言っていただろう? 君は零だと。何も無い。何も生まない。暗い暗い落とし穴。出会った相手を、掛け合わされた相手を、自分と等しい零へと導くシステム。不等なものを無理やり等しく無に均す等式、それが君だ」
私は何も言わない。
「君は一人で居るべきなんだ。それだけがたった一つの冴えないやり方なんだ。誰も傷付けたくないという君の優しさを達成するためには、君は一人でいる他に道はない。それが君の人生だ」
私は、
何かを、
言わずにはいられなかった。
「だったら! どうしろっていうんだよ!」
それは紛れもなく私の声。
本当の、私の声。
「そんなことは分かってんだよ! 生まれた時からこうだよ! ずっとこうなんだよ! 物心付く前からこうだ! 分かってねぇ訳がねぇだろう!? 何を知った口で講釈を垂れてやがる? こちとらそんな当たり前の事を分かってねぇ瞬間すらねぇんだよ!」
喉が痛い。
「寂しいんだよ! そんぐらい分かれよ! 仮にも私と同じ顔ならそれぐらいの事分かるだろう!? 私は分かってやったよ、ちゃんと春子さんの気持ちを汲んでやったよ! それが何でこんな事になってるのかさっぱり分からないんだよ! どうしてだよ!? 私は誰かに優しくすらしちゃいけないのかよ!?」
私が出しているのは声なのか、
それとも感情なのか。
もしかしたら、それは同一のものなのか。
「ずっとそうだ! 生まれてこの方十八年間ずっとそうだ! いい加減限界なんだよ! 神様もそれぐらい分かれよ! 何で私なんだよ! 私は生きてちゃいけないのかよ! 生きてちゃ駄目なら私から殺せよ! 何で私だけ毎回生き残るんだよ! 周りの人間には危害を加えるなよ! そいつらは関係ねぇだろう!?」
もう無理だ。
「父は死んだよ! 母も死んだ! 兄妹なんて生きていた瞬間があるのかすら分からねぇ! 入学した学校では火事が起きて、クラスメイト全員が焼け死ぬなんて日常茶飯事だ! 落し物を拾ってあげただけの奴が目の前で急に死んだ事もある! 私が関わるだけで全てが上手くいかなくなる! 全員が不幸になる! どうにも立ち回らなくなる!」
本当にもう無理なのだ。
「だから私はちゃんと人と距離を取ってきただろう!? ちゃんと人の輪から外れてきただろう!? それでもこうなるんだよ! じゃあもうどうしろって言うんだよ!?」
心の底から思う。
心の底から願う。
祈りが瞳から溢れて頬を伝う。
「頼むから…不幸にするなら……私だけにしてよ……。殺すなら……私を殺してよ……。殺さないなら、せめて……どうやって生きていったらいいかくらい……教えてよ……」
何故、私は急にこんな話をしているのだろう?
懺悔なのだろうか。
贖罪なのだろうか。
誰に対して?
私と友達になったばかりに母を失った春子さんに?
それとも、今この時も苦しんでいる赤目に?
それとも、これまで私に愛をくれたがゆえに、不幸になった全ての人に対して?
きっとその全てに対して、謝罪することから始めねばならないのだ。
「そうだよ。君は被害者じゃない、加害者だ。君の目は被害者の目かも知れないが、君の手は加害者の手だ。そんな風に慈悲を求める事すら間違っている」
「あなたは厳しいんだね」
「僕は君だ。君が自分に厳しいんだ。なまじ精神が強いから、君は自己憐憫にすら浸りきれない。本当に哀れだ。余りにも哀れで、僕が愛するに相応しい存在だ」
強い者も弱い者も、行き着く先は同じく孤独。孤高と孤立に如何程の違いがあるというのだろうか。
余りにも弱々しく、絶望的なまでに強い私が一人で居るのは、摂理に従えば当たり前のことなのかもしれない。
「やっぱり……、私は一人でいるしか無いんだね……」
諦め。
諦観。
私の人生で何度も巡ってきたこのゴールは、再び私の前に立ちはだかる。
「そうでも無い。一つだけ道がある」
「え?」
何を言っているのだろう?
私が一人でいるべきだといったのは、他ならぬ『私』ではないか。
「君はもう一人じゃない」
どういう意味だろう?
「君は君と僕の二人だ。君という存在は既に二人いる。君には君が居るんだ」
つまり。
「僕が君と共に居よう。僕が君の救いだ」
その時の感情は、
どう表現すれば、良かったのだろう。
何かが落ちた。
そして心の芯が浮いた。
私は『私』と共にいれば良いのだ。
そうすれば、不幸になるのは自分一人だけだ。
「さぁ、友達になろう。『僕』」
その言葉は、私にはまさに福音だった。
何よりも甘美な響き。
神聖なる言霊。
私には、
今の私には、
その魔力に逆らう力も、
理由も、
何もなかった。
だからは私は、
差し伸べられた手を、
三度目にして初めて、
握り返した。




