十六、迷い(舞酔)
赤目は生きていた。
生きていたという言い方しかできない。
逆に言うならば、死んではいなかったというだけだ。
駆けつけた私の目の前の赤目は、未だかつて無いほど衰弱仕切っていた。
「あ……赤目……?」
一体何が有ったというのか。
額には脂汗が浮かび、頬は真っ赤に染まっている。
体からは湯気が立ち上り、一目見て異常な発熱をしていることが見て取れる。
手足も心なしかぐにゃりと放り出しており、力が入っていないことが分かる。
体力が服を着て歩いているようなこの男が、どうすればここまで衰弱し切るというのか。
「分からないの、ついさっきまで私と仲良くお喋りしていたんだけれども……」
「そんな訳無いだろう!」
気が付けば私は叫んでいた。
「さっきまであんなに元気だっただろう!? 何もなくてこんな風になるものか! 赤目に何をした!?」
「そんな! 私は本当になにも……」
そんな風にしおらしく振る舞ったところで騙されるものか。ずっと私達に見せていたあの天真爛漫さは演技だったに決まっている。そうだ最初から私達をこの島から出す気は無かったのだ。大方食事にでも毒を盛り、厄介な赤目を檻に閉じ込めて無力化したに決まっている。全て仕組まれていたのだ。犯人は小夏ちゃんで都合の悪い私達の口を封じるために、ここで私達の息の根を止めようとしている。そうに違いない。
「こな……つは、…わる…く……ない」
蚊の鳴くような声。
「赤目!?」
私はほとんど条件反射でその声の元へと駆け寄る。しかしその歩は鉄の柵に遮られる。
「クソ! どうして赤目をこの檻から出さないんだ!」
何を考えているかなんて最初から分からないので、今更だが(今となっては分かりたいとさえ思わない)、この期に及んでもまだ、柊家は赤目を幽閉したままだった。
「無理だよぉ……。だってまだお姉ちゃんの許可が降りてないし……」
何を言っているのだコイツは?
どう見たって一刻を争う事態だろう?
それをなんだって?
姉の許可が無ければ出すことが出来ない?
それが本当に人間の、血の通った生き物の下す判断か?
もうダメだ、
これ以上ここにいては、私まで頭がおかしくなる。
「ふざけるなよ! 私は今すぐ赤目を連れてこの島から出る!」
静止する小夏を無理やり振りほどき、私は檻へと手をかける。
がしゃり
がしゃり
しかし、その扉は私の力ではびくともしない。赤目とのほんの一メートルが果てしなく遠い。
「鍵は!?」
「鍵は渡せませんよ」
私の神経を逆なでするような落ち着いた声。振り向かずとも分かる、春子だ。
「どういう意味です?」
「そのまま意味ですよ。赤目さんをその檻から出すことは出来ません。ご存じですか? 大戦中は捕虜の四人に一人は獄中死したんだそうですよ」
間違いない、この娘は私を激高させようとしている。
本当に不器用な娘だ。
真意は分からないが、その見え見えの意図は、かえって私を冷静にさせた。
「何が言いたいんですか? だから赤目はこのまま死んでも当然だと?」
「いいえ、捕虜が死に直面したとしても、開放されないのが当然だという話です」
「その二つには何か違いが?」
「ええ、大きな違いです。獄中でさえあれば、助けることは出来るという事です」
赤目さんにここで死なれても困りますからね。そう言う春子さんの後ろから現れたのは枝葉氏。その手には簡易的であるが、医療器具が抱えられていた。
「今から枝葉と小夏には赤目さんの看病をして頂きます」
そう言うが早いか、枝葉氏は檻を開け、赤目の周りに器具を並べ始める。
「枝葉は多少の医療の心得があります。とは言え所詮は素人。根本的な解決は望めません。それでも対象療法で少しの時間稼ぎにはなるでしょう」
時間?
「当然、あなたがこの事件を解決するための事件です。まぁこの分なら、明日の朝一で本島の病院へ向かえば大丈夫でしょう」
まだ何も掴めていないも当然の状況。
そんな状態にも関わらず、タイムリミットは突然に、明日の朝に設定された。
「さぁ頑張ってください探偵さん」
「どうしてあなたは、私にそんな期待を寄せるんですか?」
「決まっているじゃないですか」
その笑顔は、今は見たくなかった。
「私はあなたのお友達ですから。私は友達のことを心から信じていますよ」
春子さんの笑顔は、昨日海で見たものと全く同じだった。




