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私は僕に恋をする  作者: 黒瀬玄絵
15/21

十五、逢引(愛引き)

 私達は海岸に来ていた。

 いや、私と『私』なので、私達ではなく、あくまで私二人なのかもしれないが。

 とにかく今私は、昨日、春子さん達と海水浴に来た海岸に来ていた。

「いやー、今日も日差しがきついねー」

 どうやら本当に私の自由は保証されているらしく、何の妨害に会うこともなく、柊家の敷地から脱出する事が出来てしまった。

 私は導かれるまま、いつの間にやらセーラー服に着替え直した『私』と共に、海岸線をふらふらと散歩しているのだった。

「お、何か跳ねたね。イルカかな?」

 さっきまでの緊迫感はどこへやら、先程から他愛のない話を続けながら、あてもなく彷徨い歩く。今頃牢屋で暇をしている赤目には申し訳ないが、日差しにきらめく海がとても綺麗で、爽やかささえ感じてしまっていた。まぁ全てが終わった後でゆっくりと謝ることにしよう。

「ねぇ、私を一体どこに連れて行くつもりなの?」

 場合によってはロマンチシズムにあふれるセリフだったかもしれない(同じ顔が二つ並んでいるのを見た第三者がどう思うかは置いておいて)、しかしこれは一向に意図を掴めない、『私』の行動に対する純粋な疑問だった。

「目的地なんて無いよ。ついでに言うなら終わりもない。終わらせる事はできるけどね」

「じゃあこれは誘拐ということでいいのかな? すみませーん、おまわりさーん」

「おまわりさんが呼べるなら、話は早いんだろうけどね」

 全くもってその通りである。

「目的地も終わりも無いけれど、理由はちゃんとあるよ。あそこで頭を抱えていても、一向に埒は空かないと思ったからね。気分転換さ。ほら、飲みなよ」

 そう言って差し出された『私』の手にはラムネが二本握られていた。私はその内の一本を有りがたく頂戴する。少し前の私ならば、こんなどこから取り出されたかも分からないものには口を付けなかっただろうが、今では何の躊躇もなく嚥下する。

 久しぶりに飲んだラムネは、なんだかお日様の味がした。ラムネってこんな感じだったかな? 昔はもっと炭酸がキツかったような気もする。歳を重ねると刺激に対して鈍感になるのかもしれない。人生と同じだ。

「さっき自分から、この事件には続きがあるかもしれないと言っておきながら、随分とのんきなものだね」

「確かにそうは言ったけれども、流石にまだ焦る時間じゃないよ。小夏は赤目が見張っているしね。いや、小夏が赤目を見張っているんだったか。そしてその状況で枝葉が倒れるような事があったら、犯人は自動的に春子に特定されてしまう。あの娘もそこまで馬鹿では無いだろう」

 それもそうか。それに白昼堂々と枝葉氏を襲ったところで、あの二人では返り討ちにされかねない。

 いやいや、と言う事はつまり……。

「この事件は、夜になるまでの間に解決した方がいいって事になるのか」

 春子さんにしろ、秋名ちゃんにしろ、枝葉氏を襲うとしたら夜になってからだろう。

「君は案外短絡的な思考をするね。もしも本当に心配ならば、枝葉には赤目と共に牢屋で寝てもらえばいいじゃないか。そして君は赤目の近くででも一人で寝ればいい。それならば安全だろう?」

「視野が狭窄な事は否定しないよ。けれど確かにそうだね。少し焦りすぎていたかもしれない」

 極論を言ってしまえば、私は私と赤目が無事でさえあれば、柊家がどうなろうと、葉山島がどうなろうと知った事ではない。ただこの状況が更に泥沼化しないうちに脱出したいからこうして考えているだけだ。

「そうそう、一休みしようよ。さてここらで腰を落ち着かせるとしようか」

 そう言って『私』が座り込んだのは、何も無いただの堤防。

 先の言葉通り、終わりは無いので終わらせたのだろう。

 私だけ突っ立って居るわけにもいかないので、隣に腰を落ち着かせる。

 この島の潮風は不思議とベタベタしない。

 そんなぬるい空気が、私にぬるい空想をもたらす。

 もしもこのような事件が起きていなかったのなら、今日の今頃は春子さんと釣りでもしていたのかもしれない。

 最初は早めに帰ろうとしていた私だが、あのまま過ごしていたならば、流されるまま、夏休み中ずっと柊家に厄介になっていたかもしれない。

 そしてあわよくば、「また来年」なんて挨拶を交わして、翌年も赤目と二人でこの島に訪れる事もあったかもしれない。

 そんな潮風よりも生ぬるい幸せな想像は、思っていたよりも私の胸を締め付ける。こんな気分は久しぶりだ。

「デートって言うのはこんな感じで良かったのかな?」

「さぁ? 私も誰かと付き合った事は無いから」

「そうなのかい? 意外だなぁ。君はモテそうな見た目をしているのに」

 私と同じ見た目をしている存在に言われても困る。

 『私』としても、ただの場繋ぎとしての会話だったようで、次には全く関係のない話題を振ってきた。

「ここで一つだけはっきりとさせておこう。赤目は、君にとっての何なのだい?」

 『私』の眼つきが変わる。先程までの甘ったるい視線から、獲物を狙う狐のような狡猾なものへと変貌する。

 そして、おそらくこれが本題。

「何と言われても……」

 急に問われて、これほどまでに答えに詰まる質問も他に無いだろう。

 赤目は私の……何なのか?

「何でも無いということも無いだろう? ただの同じ大学に通うクラスメイト? それとも友達? もしかして恋人だったりするのかい?」

 最後だけは決してありえない。

 そして友達と言い切る勇気も無い。

 だけれども、ただのクラスメイトというだけの関係でも無い筈だ……。

「赤目は、君のことをどう思っていると思う?」

「……分からない」

「じゃあ、どう思っていて欲しい?」

「……」

「……」

「……友達だと…思っていて欲しい……」

 ――ならば、それが君と赤目の関係さ。

 『私』は、断定するかの様に、私と赤目の関係を言い切った。

 私と赤目は、友達なのだろうか?

 私は、春子さんに続いて、赤目とも友達になってもいいのだろうか?

「良いも悪いもない。正と負も無い。君だって自分で言っていたじゃないか。友達とはなろうと言ってなるものではないと。気付けばなっているものだと。そして今、君は自分と赤目の関係に気が付いた、つまり君と赤目は、今、友達になったんだ」

 私と赤目が友達。

 きっとその気付きが、引き金だったのだろう。

 きっとそれは気付いてはならない事だったのだろう。

 いつものアレが始まる。

 予感はしていた。

 視界の先には息を切らせた小夏ちゃん。

 『私』はいつの間にやら姿を消している。

 彼女が口を開かずとも、これから言わんとする事が手に取る様に分かる。

 彼女がここに来た理由は最初から分かっている。

 私は、小夏ちゃんの言葉を聞き切らない内に、赤目の元へと走っていた。

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