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私は僕に恋をする  作者: 黒瀬玄絵
14/21

十四、集合(習合)

 とりあえず私の方のノルマは達成した訳だが、『私』の方の首尾はどうだろうか。とりあえず集合場所である社に戻って来たが、『私』の姿は今のところ見えない。まぁ言ってしまえば、もう一人の『私』などというものは見えている方が異常なのだが。

 しかし改めて見ても不自然な荒れ方だ。

 ここまで来る参道に関しても、灯籠等には手を加えられた形跡は無いが、御神木だけが妙に荒らされている。

 境内に関してもあの大樹氏の荒らされようと比べて襖や障子、神棚等に関しては一切手が加えられた様子がない。あれだけの破壊が行われておきながら、その他の内装に危害を加えないというのは、中々の至難の業だろう。手を加えられていないからこその作為性というのも矛盾した話だが、何かの意思を感じずにはいられない。

 案外大樹氏は別の所で殺害されたのでは無いだろうか。別の所で事切れた後、この社まで運ばれたのだとしたらどうなる?

「別にどうもならないだろう」

 思考に割り込む声。いや、私と同じ声せいか、無理やり思考に同化するかのような声。そこには当たり前のように『私』が立っていた。

「第一他の場所で殺害するほうが手間じゃないか。大樹はここで儀式を執り行っていた訳だろう。それを外に連れ出す方が難しい。僕には何のメリットもないように思うね」

 全くもってその通り。だけれども、

「だけれども、この状況に不自然な点が多いというのは僕も同意する所だよ。内装には触れたくない何らかの理由が有ったのかも知れないね」

「例えば?」

「例えばと言われても難しいところだけれども……。そうだね、後々自分が使うつもりだったからと言うのはどうだろう?」

「なるほど、確かにこれから自分がこの社を使うのだとしたら、なるべく現状で保存しておきたいか」

「まぁ僕ならこんな血に塗れた時点で、今後も使いたいとは思わないけれどもね」

 神様に敬遠されるようでは、この神社も長くなさそうだ……。

 そこでふと思いついた。

「そう言えばあなたは神様何なんだろう? じゃあこの事件についても全部知ってるんじゃないのか?」

 そうだ、未だに得体の知れない『私』だが、確かに自分の事を『神様』だと言っていた。経験の浅さ故に神様と呼ばれる存在と会うのはこれが初めてなので、詳しいことは分からないが、まさか自分の住む島の中の事さえ把握出来ていないという事も無いだろう。

「あなたじゃなくて『僕』なのだけれど、まぁいいや、質問だけに答えるとしようか。神を名乗っておいて恥ずかしい限りだけれども、私はこの事件については何も知らないよ」

 知らないという事もあるようだ……。

「今、内心呆れただろう? まぁけれども知らないものは仕方ない。取り繕ったってボロが出るだけだ。本当の事を言うとね、僕はしばらくぶりに復活したばかりで、まだ能力が十全じゃないんだよ」

「どういうこと? 封印でもされてたの?」

 だとするとこの『私』は、所謂邪神というやつなのだろうか?

「酷い口振りだなぁ。そもそも善神も邪神も人間の都合に拠るものだから、僕達にとっては関係無いけれどね。うーん、封印と言うよりは自発的に引き篭もっていた感じかな。今流行りの引き篭もりと言うやつだね」

「引き篭もりねぇ。あまり過去については話したくない感じかな?」

「出来ればね。意外だね、自分で言うのも何だけれども、普通神様の過去なんてものは興味をくすぐられるものじゃないのかい?」

「話したくない事を無理に聞き出すような趣味は無いよ。それにそこまであなたに興味が無い」

「本当に酷いなぁ。まぁいいか。これから無理にでも僕に興味を持ってもらえる様にアプローチするだけさ」

「ところで、どうしたら、あなたの能力は万全になるのかな? このまま調査を続けるよりも解決が早そうなら、あなたの能力を取り戻す事を優先するけれども」

「気持ちは有り難いけれども遠慮しておくよ。いつになったら万全になるのか、自分でもちょっと良く分からない。君だって風邪を引いている時にいつになったら回復するのか聞かれても困るだろう? それと同じことさ」

 そういうものなのだろうか。疑問は残るところだけれども、自分は神様では無いので反論する事も難しい。そうだと言われればそうだと思うまでである。

「もちろん調査の途中で力が戻ったなら、惜しみなく君の為に使わせてもらうよ。当然だね、僕は君の事を愛している訳だから」

 愛する相手の為には努力を惜しまないという姿勢が当然のものなのかは私には分から無いが、最悪の場合の保険を確保できた事は大きい。いつになるか分からない所はネックだが、これで少なくとも迷宮入りの心配は無くなった訳だ。

「さて、それじゃあそろそろ本題に入ることにしようか。君の調査内容の方から聞かせてもらってもいいかな?」

 調査の主体はあくまで自分だと思っているので、私の情報から先に開示するのには多少の反発も有ったが、ここでもめていても仕方がないと考え直し、『私』に対して枝葉氏と秋名ちゃんとの会話について要点をまとめて伝えた。

「ふーん、なるほどね。どちらに関しても、完全にあてを外した訳だ。ただ、どちらも口ではなんとでも言えるような動機の弁明だしね、本心ではどう思っているかは未だに分からない。君もまさかこれだけの事で二人を容疑者から外す訳では無いだろう?」

「当然ね。それは置いておいて、次はあなたの調査結果を伝えてはくれないかな?」

「オーケー。では話すとしましょうか。まずは小夏ちゃんから」

 小夏ちゃんか。まぁ事前に話した通り、今のところもっとも容疑の薄い人物である。話す順番としては順当かも知れない。しかし、こんな話す順番のような些細な所まで私とそっくりなのだな。

「そっくりじゃなくて同じなのだよ」

 そっくり同じならば、私が心を読まれる事を嫌がっている事にも気が付いてもいいものなのに、どうやら先程からのやり取りからも分かる通り、『私』には改める気は毛頭無いらしい。もしかして分かった上でわざとやっているのかもしれない。

「わざとやってるんだよ。好きな子に意地悪したくなる気持ち、君には分からないかな?」

 残念ながらそのような感情の機微については疎い私だった。

「君と話をすると毎回話しが脱線していくね。困ったものだ。これも君とのお喋りが楽しいからだよ。全く。さてさて、小夏ちゃんの話だったね」

 私から別の話題を振った覚えはないが、何故私は怒られているのだろう。

「僕から見て、小夏には、十分に動機がある様に思えたね」

 私の意識が『私』への理不尽さに囚われている隙に、『私』はとても重要な事を口走っていた。

 小夏ちゃんが怪しい?

「いや、僕もまさかまだあの風習が、いや、あの風習さえ残っているとは思わなかったものだからね、正直度肝を抜かれたよ。時代錯誤もここに極まったと言える」

 うんうんと一人で納得し始める『私』。当然ながら何の話なのか、私には全く見えてこない。

「なんてことは無いよ、かつてこの島の巫女はね、……これは巫女頭はもちろん、その他の巫女もという事なんだが、とにかく巫女はこの島から出る事が出来なかったんだよ」

「まぁ巫女がこの島を治めているのだとしたら、なるべくなら不在にしない方が良い訳だけれど、それがどうかしたの?」

「いやいや、そんな生易しいニュアンスのものじゃないよ。文字通りそのまま、一切、この島から出る事は出来なかったのさ」

「それは生まれてから死ぬまで一歩もということ?」

「生まれる前から死んだ後も……さ」

 それは中々に穏やかじゃない。

「そしてそれが今も続いている」

 ……。

 話の流れからそういう事だろうとは思ったが、にわかには信じがたい。脳が理解のレベルにまで達する事を必死に拒否している。理解したくないのだ。認めたくないのだ。他ならぬ私自身が。

 だって、それでは、春子さんが、小夏ちゃんが余りにも哀れだ。余りにも報われない。

「小夏は僕に対して、いつもの調子で、『友達を百人作るのが夢なんだ』と笑いながら話していたよ。この島にはそもそも百人も子供が居ないというのにね」

 そうだったのだ。

 春子さんが免許を持っていないのも当然。

 小夏ちゃんが強引に感じたのも、人との距離の取り方が分からないから当然。

 私が感じた異質感は、本当はどうしようもない物。当人達にとっては仕方のない事だった訳だ。

「そしてここで一つの仮説が立てられる」

「仮説?」

「そうあくまでただの仮説だ。ただしこの仮説が正しいとしたならば、正直面倒なことになる」

 そこまで言われて私も気が付いた。

 そうだ、これがもしも正しいのだとしたら、いや、これが正しい可能性が少しでもあるのだとしたら、この事件には続きがあるかもしれない。

「小夏ちゃんが、枝葉氏を殺すかもしれない」

 これが私が辿り着いた仮説だった。

 『私』はただ頷く。

「まぁ小夏とは限らないけれどもね。一番可能性が高いのが小夏、または春子かな」

 考えようによっては、今のこの状況は巫女達にとっては、この島から出る、千載一遇のチャンスなのだ。

 別にそれは枝葉氏がいなくなれば、この島の戒律を守ろうとする人間が居なくなるからだけではない。

 この島という特殊な要素をそぎ落としてしまえば、あくまでこの状況は、母を失った元母子家庭でしか無い。そして春子さんと小夏ちゃんも、巫女であるという事を除いてしまえば、ただの未成年でしか無い。

 ここで枝葉氏が居なくなれば、柊家の三姉妹は保護者を失う事になる。

 そのタイミングで警察が介入すればどうなるか。

 そう、二人は保護の対象となる訳である。

 それは例え大樹氏を殺害しての結果だとしても同じだろう。一度塀の中に入ることになるかどうかは司法の判断する所なので、私には分からないが、どちらにせよこの島から出ざるを得なくなる。

「まぁそれが小夏の動機と言えるかもしれないが、これから枝葉が殺されるとしても、その犯人が大樹を殺した犯人と同一人物とは限らないけれどもね」

 それはその通りだ。春子さんが枝葉氏を殺そうと、小夏ちゃんが殺そうと、それはただ単純に、この状況が出来上がった上での便乗である可能性がある。起きてもいない事件の心配をするのも不謹慎な話だが、例えこの後枝葉氏が殺害されたとしても、大樹氏の事件とは切り離して考えるべきだろう。

 そしてそれがこの島の寿命になり得る。

 もしも枝葉氏が殺害されるような事があるならば、この島の全てがご破産になる。別に私にとってはどうでもいい事だが、これ以上の悲劇が起きることは出来るならば避けたい。

 そして感傷的な話だが、何より私にはあの二人には犯罪に手を染めて欲しくない。

 そもそもが二人が犯罪を起こしていて欲しくないという私の心理が捜査に邪魔だからこそ『私』に代わりに調査を頼んでいたのだ。それでこのような可能性が見つかるというのは、なんとも皮肉な事である。

「とは言っても、現時点ではただの可能性に過ぎない。あまりこの事に囚われ過ぎる訳にもいかない。あくまで今目指すべきは大樹氏の事件の解決だ。それで、他になにか発見はなかった?」

「そうだね。君の言う通り、あの二人はそれを抜かせば、特に怪しい所はなかったと思うよ。だけれども、どう考えても小夏ちゃんは君が思っている以上に有力な候補だ」

「……聞かせてもらってもいいかな、その理由を」

「僕に聞くことは無いだろう。本当は君も気が付いている筈さ。ただ目を逸し続けているだけで」

 私を見つめるその目は今までに無く冷たいものだった。その視線に耐え切れずに、私はついに白旗を挙げる。

「分かったよ、矢だろう矢」

 半ば投げやりな私の言葉。そう問題は矢の存在だ。私の投げやりな言葉は誰かの心に刺さるかもしれないが、矢は投げたところで刺さりはしない。そんな矢が大樹氏の遺体には刺さっていた。いや、もしかしたら刺さったからこそ遺体となったのかもしれない。最初から気が付いていた最重要なヒント。その存在に私は必死に気付かない振りをしていた。

 矢。それは否が応にも、弓道を修める枝葉氏と秋名ちゃんを思い浮かばせる。

「矢っていうものは、あれでかなり凶器としては特殊な形をしているからね、どうしても弓とワンセットで用いられる道具になる。弓で放つ以外には中々物体に刺すことは難しい」

 それはイコールで犯人は弓道を嗜む人間、つまり枝葉氏か小夏ちゃんしかありえないと言う事。

「いやいや、そうとも限らないだろう。出来る振りは難しいけれども、出来ない振りをする事は簡単だからね。僕は春子や秋名が本当は弓を引けたとしても全く驚かないよ」

 だけれども、それを確かめる術は無い。

「いや、そうでもないのか、指を見れば何かしらの痕は残っているかも……」

「そうだね。そしてそこは僕も注目してみてみたよ、その上での感想だけれどもね、指のタコで判断するのは難しいと思うな」

「どうして?」

「彼女たちは日々、巫女としての修行をしているからね。よく見てみるといいよ、その指は意外と荒れている。まぁ君も弓道の心得が有って、ひと目で弓道に拠るものだと見抜けるなら話は別だけれどもね」

 残念ながら私には、弓道に対する知識はほぼ無い。

「それに、矢の存在に関しては、もう一つ考えるべき事がある」

 もう一つ?

「あの矢が刺さっていた理由は何かと云うことさ」

 そこまで言われれば、私にも『私』が何を言いたいかが分かった。

「なるほどね。考えてみれば、別に矢を使って殺害を行う理由は無い訳だ」

 『私』はゆっくりと頷く。

「そう。別に大樹を殺すのに矢を使用せねばならない理由は何も無い。大樹が銀の刃でしか傷付けられない吸血鬼の様に、破魔矢でしか殺せない化物というのなら、話は別だけれどね」

 最後にハハハと付け加えた所を見ると、『私』はあくまで冗談として言ったようだが、私には満更冗談には思えなかった。

「となるとまず考えられるのは、犯人がわざと枝葉氏と小夏ちゃんに疑いがかけられる様に、矢を残していった可能性」

 そうなると、犯人は逆に弓を引く事が出来ない事になっている、春子さんか秋名ちゃんと言う事になる。

「だけど、それはそれで短絡的な思考だよなぁ」

 考えようによっては、そう考えるようにワザと矢が残されたとも考えられる。その場合疑われるのは、やはり枝葉氏と小夏ちゃんだ。

 矢という決定的なヒントは、今の所、有用に働かず、むしろ思考を惑わせるノイズとしてしか働いていない。これでは無いほうがマシだ。いや……。

「そもそもが、この状態で考えても、全て堂々巡りになるだけか…」

 裏の裏を読もうと思えば、どうとでも読めてしまう。疑おうと思えばどんなものでも疑えてしまう。そして、そんなはずは無いと決め付け、疑いすらしなかったものこそが、本当は裏が正解だったりする。

 それは地面が動いているなんて考えもしなかった時代に、実は地動説が正解だった事を見ても分かるだろう。

「そうだね、それじゃあ……」

 急に『私』が立ち上がり、それじゃあなんて言い出すものだから、急ではあるがこれでお別れなのかと思ったが、そうではなかった。『私』はそのまま私に手を差し伸べ、続ける。

「デートでもしようか」

 ……。

 はぁ?

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