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私は僕に恋をする  作者: 黒瀬玄絵
11/21

十一、空虚()

 死体は無いのに、しっかりと血の赤だけは染みとして残っていた。

 木の匂いに交じるほのかな鉄の匂い。

 その匂いは不思議と、夏の暑さでうだりそうになる頭の中をスッキリとさせた。

 ここに大樹氏は倒れていた。

 今はもうその遺体はここにはない。柊家の方で供養したということだ。今後の調査を思えば、どうすることが供養なのか後で聞いておく必要があるだろう。

 しかし来てみたはいいものの、見事に何も無い。

 遺体はもちろん、血も出来る限り拭き取られている。突き刺さっていた矢も今はここにはない。

 写真の一つでも撮っておくべきだった。これでは本当にどこから手をつければいいのやら分からない。

 そもそもこんなに綺麗に片付けてしまって良いのか? これでは私はもちろん、柊家が後で調査する際にも、また最後の手段としての警察が調査する際にも不利益にしかならないだろう。

 もしかしてそこなのか?

 柊家は最初から、この事件を解決する気が無いとしたら?

「そこから、犯人が柊家の誰かと考えるのも、流石に牽強付会が過ぎると思うがね」

 またこの声。何時も聞いているのだから忘れようはずもない、『私』の声だ。

「またあなたか」

 振り返った先には、当たり前のように『私』がいた。四回目ともなると流石に驚きもしない。驚きとともに神秘さも消えていく。見た目のせいもあって、なんだか親しみすら感じてしまい。つい口調が軽くなる。

「あなたじゃないよ『僕』だよ。いやしかし面白いことになったね」

「この状況を面白がるなんて、神様っていうのは随分と意地が悪いんですね」

「別にそんなつもりじゃないけどね。それより手伝いは必要じゃないかい?」

「はい?」

「君の相棒は今、囚われの身のようだからね。代わりに僕が、君の相棒を買って出ようと言う訳さ。どうだい? 悪く無い話だろう?」

 突然の申し出。

 猫の手も借りたいこの状況だ。手伝ってもらえるなら有り難い。

 しかし、思い出されるのは秋名ちゃんの言葉。

 あの言葉は素直に受け取るならば、間違いなくこの瞬間に向けて送られたものだろう。

 この手は本当に借りても良いのか? 借りた後でそれが猿の手だったりしたら目も当てられない。

「申し出はありがたいですけれども、私を手伝うことで、あなたには何か利益はあるのんですか?」

 相互に益のない取引は信じがたい。相手にもメリットが有るというならば、多少は話もし易くなる。世の中には無償で奉仕することを生き甲斐にする人種もいるようだが、きっと私は一生涯懸けても、その人達とは分かり合えないだろう。

「利益ねぇ。強いて言うならば、君の事をよく知るチャンスだからかな。おいおい、そんな顔をするなよ。前から言っているじゃないか、君と分かり合いたいって。それに、僕は君にこんな所でくたばられちゃ困るんだよ」

「困るって何が?」

「理由は言えない。言えないけれど理由は間違いなく有る。君が知りたいのはこの協力関係を構築するにあたって、僕にメリットがあるかどうかだろう? その中身までは重要じゃないハズさ。腹が減って今にも死にそうな時におにぎりを渡されて、具は梅干しか昆布かなんて事を考えるのはナンセンスだ。大事なのは腐っていないのか? 中身は食べられるものなのかだろう? それと同じことさ」

 そういうことなのか? なんだか例えが少しズレている気もするが。

 しかし、考えていても仕方がない。まだ考える段階ではない。とりあえずは行動を起こすべきだ。もしかしたら、この出会いこそが突破口かも知れない。

 最後まで引っかかる秋名ちゃんの言葉。

 それを無理やり頭の奥底へと追いやった。

 きっとそれは秋名ちゃんへの抵抗だったのだろう。恥ずかしい話だが。

「分かった。あなたを信用しましょう。これが片付くまで手伝って頂けますか?」

「こちらから言い出したことだ。当然だよ。では改めてよろしく」

 『私』は私に右手を伸ばす。それはきっと握手を求めてのもの。

 だけど私は、だからこそ私は、その手に左手を伸ばした。

 さながらその姿は、鏡に写った虚像に触れるかのよう。

 手が触れ合った瞬間。

「うふ」

「はは」

 私達は笑い合った。

 なんだか、心まで触れ合えた。そんな気がした。

「さて、まずは誰に大樹を殺害する動機があったかから考えてみようか?」

 『私』が仕切り始める。確かに現場が保たれていない現状では、そちらからのアプローチの方が良いかもしれない。

「そもそも、柊家以外の人という可能性はないかな?」

 敬語では思考がまとまりづらい。思い切ってフランクに話しかけてみる。

 それによく考えてみれば、自分の姿をしているものに対して敬意を払うというのも変な話だ。

「他の島民ということかい? 確かに考慮するべき要素だとは思うけれども、可能性は低いだろうね」

「どうして?」

 本当のところは私もその可能性は低いと思っている。だがここは『私』がどのような思考をするのかを知るためにも意見を聞いておこう。

「普通敬うべき相手をあそこまで辱める事はしない。狂信故に凶行に走るというのは、人間にはままある行動だが、その死自体は美しいものとしたいというのが信者の思考のあり方だ。美しいものはその死も美しくあるべき。だからこそ、その最後をプロデュースしたいというのが、その行動の根底にある考え方だ。あの死にはそんな美学は感じられなかった」

「そうなると、巫女を信じていない、もしくは敬っていない、私と赤目が最有力の容疑者という事になってしまうのだけれど」

 まぁ、実際そうなっているのだが。

 だが私の言葉に『私』は首を横に振った。

「それも違う。いやむしろ、巫女に対して特別な感情を抱いていないという点では、他の島民よりもむしろ除外されるべき対象だろう。なにせ、あそこまでの凶行に及ぶべき理由が何も無い。人は愛ゆえに人を殺めることはあっても、無関心故に人を殺めることはない」

 少々個人的な意見が混じりすぎている気もするが、大筋の理屈は通っていると感じる。

「となると、やっぱり柊家の誰かと云うことになるのか」

「だろうね。大樹は特別な立場にあったとは言っても、結局は春子達にとっては家族の一人だ。敬愛の様な崇高なものではない、もっと俗な感情が向けられていたハズさ」

 ここまでの推測では、大きなグループに分けると、容疑が濃い順に、柊家、その他葉山島の島民、私と赤目という順になる。

 では、柊家の中で更に順序付けを行うとしたらどうなるだろうか。

「動機という観点だけで話をするならば、秋名ちゃんが一番怪しくなる」

 次は先に私の意見を述べておくことにした。

「それはどうして?」

「この島に来てから彼女と話していると、どうも情緒不安定な点がある。それに理由は分からないけれども、実の母親であるはずの大樹氏を快く思っていない節があった」

 そう、大樹氏を「あの女」と呼ぶ程度には、確執があったと思うべきだろう。

「なるほどね。僕はその場面を直接知っている訳じゃないから、なるほどとしか言えないけれども。だが、動機以外の点、実現可能かという可能性を考えるならば、一番可能性が低くなるのも彼女だろう」

「そうだろうね。あの小さな女の子があそこまでの破壊を行えるとは思えない」

 人体というものは意外と丈夫だ。命を奪うことまでは出来たとしても、個人を特定できなくなるまで遺体を破損させるとなると中々の重労働となる。作業時間は一晩中あったととしても、流石にあの弱々しい少女には不可能だろう。

「じゃあ、同じ理由で小夏ちゃんも除外かな?」

「いや、彼女はああ見えて、十分に体力がある。実現性という面では捨てきれない。まぁ、動機という面では一番可能性は低いと思うけれども」

 見たところ、彼女には巫女としての確執も何も無い。そもそも他人に対して負の感情を抱くことがあるのかという位だ。

「では逆に、一番実現性があるのは誰だと思う?」

 動機からのアプローチは頭打ちになると思ったのか、『私』が思考の方向性の転換を提案してくる。

 実現性。端的に言うならば、事を行うだけの体力のある人間と言えば、

「最初に挙げられるのは、赤目、というのは冗談として、枝葉氏だと思う」

 年は召していると言っても、赤目を除けば唯一の男性。それに見たところ、常日頃から鍛錬は怠っていない様だ。そこら辺の若者では相手にならない程度の胆力はあると見て問題無いだろう。

「なるほど、では順に考えていこう。枝葉には、大樹を殺害する動機はあっただろうか?」

「枝葉氏とは、まだあまり話していないから、はっきりとは言えないが、動機は無かったように思える。彼は巫女を護る事が自分の使命だと言っていた。何よりそのあり方に誇りを持っていた様に思える。あの手の人間は、一度決めた事には忠実だ。それに何より、枝葉氏にとって、大樹氏は娘だ。この歳になってから突発的に、実の娘を殺害するとは考えにくい」

「それを言ってしまうならば、残りの三人は大樹の娘になる訳だけれどもね。それに大樹は自分の母親、言うなれば枝葉の妻を良く思っていなかった訳だろう。ならばその線で何か諍いがあったとは考えられないだろうか」

 考えられる。むしろ、今まで挙げてきた仮説の中では、筋が通っているとは言えないが、筋道が見える方だ。変な話だが、その辺りを明確に出来るならば、枝葉氏が最有力の容疑者に躍り出る。

「ふむ、ではその辺りから攻めてみようか。ほとんど決め打ちみたいなやり方で、あまりスマートとは言えないけれども。だけれど、その前に、一応、まだ一度も言及されていない、春子について考えてみないかな?」

 春子、春子さんか。

 この島に来て初めて会った女性。

 私達がこの島に来たのが一昨日の事なので当たり前だが、お互いのことを完全に知り合った訳じゃない。

 それでも、いい子だと思う。

 そして、友人関係で悩む、普通の女の子だと思う。

 だけれども、

「よく考えてみると、大樹氏が亡くなって、現時点で利益を得ているのは、実は春子さんだけなんだよね」

「まぁ、巫女頭という立場を良いものと捉えるかどうかは、個人の感性次第だがね」

 大樹氏が亡くなって、春子さんは巫女頭となった。それは、この島の支配者になった事と同義である。春子さんの思いは別としても、一応利益と言う事は出来るだろう。

「それに、春子は高校生だ。大樹を殺害し、その後に遺体を解体する事も可能だろう」

 そうなのだ、完全に客観的に見れば一番怪しいのは、春子さんである。そして本当のところ、私はその思考に一番最初の段階で辿り着いていた。

「それに、大樹氏の儀式中の現場は、言い方を変えれば、春子さん以外は声をかけることも出来ない半密室だった。それに介入出来るという意味では、春子さんは唯一社の鍵を持っていたようなものだ」

「あの程度の木製の扉、開けようと思えばいくらでも方法はあるだろうし、第一鍵をかけていたかさえ定かでは無いけれどもね。ただ、他の家族よりも大樹に近付きやすかったのは間違いないと思うよ」

 だけれど、その事実に言及したくなかった。

 それは、何故だろう?

「確かに、それはそうだ。そうなんだけれど、自分から言い出して話なんだけれども、春子さんは巫女であることによって、同級生に避けられることを悲しんでいた。そんな人物が巫女頭になりたがるだろうか? むしろ、余計避けられる事を恐れて敬遠するものじゃないだろうか?」

 何故か私は春子さんを庇う言葉を続ける。

 何故だ?

 何故私は、春子さんを犯人にしたくない?

「それも考え方次第だ、巫女であろうとも、巫女頭であろうとも、島民から特別視されることに変わりない。それならば、いっそ一番上まで上り詰めた方が、改革も行いやすいのではないかな? それこそ、大花が行ったようにね」

「大花? 大花って誰のこと?」

「ああ、そうか君は知らなかったか、大花っていうのは先代、いや今となっては先々代か、かつてこの島の巫女頭だった人間だよ。春子の祖母に当たる。大花が何をしたかは知っているだろう? まぁ、大花が行ったのは全く逆の改革、いや保守だった訳だけれども」

 春子さんの祖母、大花。大樹氏が夫と行おうとした改革を阻止した人物。

 もしも春子さんが本当に、巫女の在り方を変えたいと願っていたとしたならば、大樹氏のかつての顛末を知っていれば、一度上に立つ事が先決と考えたとしても不思議ではない。

「だけれども、それだって別に大樹氏を殺害する必要はないんだよね。そもそも最初に巫女と島民の距離を縮めようとしたのは大樹氏なのだから、説得してもう一度行動に移せばそれで済む話だし」

 だけれど、私が春子さんが犯人である事を否定するのは、もっと別の理由がある気がする。

 なんだろうこの気持ちは?

 何かが引っかかる。とても気持ちが悪い。

「ふふふ」

 気が付くと、『私』が慈しむような目でこちらを見ていた。

「何? 私の顔に何かついてる?」

 言って気がついたが、話している間にすっかりタメ口になってしまった。

「いやいや、何でもないよ。ところで、僕との会話は少しは役に立ったかな?」

 役に立ったかどうかと言われれば、悔しいが役に立った。

 だけれど、その役の立ち方は、私とは別の思考を提示するものではなく、私と同じ考え方で、単純に二倍の速度で思考が完了したという役の立ち方だった。

 早いに越したことは無いが、タイムリミットが決められている訳では無い現状では、特筆して有用だったかと言われれば、そうでも無かったかも知れない。

「とりあえず、柊家の中の現時点での容疑の濃さの順序を決めておこうか。あくまで暫定的なものだし、信ぴょう性があるかと言われれば、ほとんど無いと答えるしか無いものだろうけれども。なにせ、君と僕が独断と偏見で決めたものだからね。だけれども、何も指針が無いよりかはマシだろう」

 本当の事を言えば、誰のことも疑いたくない。いや、疑うに値しないと言った方がいいだろうか。とりあえず色々と考えては見たものの、こんなもの、ほとんど言いがかりみたいなものだ。

 だけれども、事は起きた。

 つまり、誰かが犯人だということ。

 ならば考えなくてはいけない。

 考えなければ解決はありえない。

「一番怪しいのは枝葉氏だ、それは揺るがない」

「なるほどね、妥当だと思うよ。じゃあ次は?」

「秋名ちゃんだ」

 私は言い切った。その言葉に迷いは無い。

「驚いたな、春子じゃないのか? 君は出来ないと言い切った相手を心象だけで疑い続けるのかい?」

「分かっている。普通に考えれば春子さんだ。だけれど、さっきから、何かが引っかかってる。何かが、春子さんは犯人ではないと訴えかけてるんだ。それに秋名ちゃんだって、完全に出来ないと決まった訳じゃない。重力、揚力、張力、作用に反作用。秋名ちゃん自身に力はなくとも、この世界は力に満ちている。工夫次第で、トリック次第で大樹氏の殺害は可能なはずだ」

「それはまた随分と曖昧な推理だね。推理とも呼べないか。まぁいいよ。さっきも言ったけれどもこの序列はただ目安だ。ここで議論したところで、旨味は余り無い。二番目が秋名でいこう。とは言え、流石に三番目は春子だろう」

 私は無言で首肯した。

「ふむ。となると、無条件で小夏が四番目か。なるほどなるほど。それで、これからどうするんだい?」

「現場検証の次は、当然聞き込み調査だ。各人に個別に話を聞きに行く」

「まぁそうなるよね。じゃあ、一旦僕に手伝えることは無くなる訳だ」

「いいや、ここでも手伝ってもらう」

「何を? まさか僕にも聞き込み調査をしろって? 僕は別にいいけれど、あまりメリットがあるとは思えないよ。結果を君に伝えたとしても、伝聞になればどうしても細部がボヤケる。それに話をした時の機微を感じ取ることが出来ない。それに何より、同じ見た目の人間が、二人同時に歩きまわるというのは、あまりよろしい状況じゃないと思うんだけれども?」

 そう、『私』の言う通り、普通に考えれば、この状態でのふた手に分かれての聞き込みには、メリットよりもデメリットの方が大きい。

 だけれども、

「それでもあなたに頼みたい」

「なぜ?」

「恥ずかしい話だけれども、私は、春子さんと小夏ちゃんを疑いの目で見切れていない。それはきっと何処かで大きな躓きになる。だから、私の代わりに先入観無しで、一度話を聞いてみて欲しい」

 そう、私は結局のところあの二人には甘いのだ。自分に好意を向けてくれている相手に悪意を向けること程難しいことはない。

「なるほどねぇ。分かった、いいよ。けれど、小夏ちゃんの近くには赤目もいるんだろう? まず気付かれないとは思うけれども、そこはどうするんだい?」

 赤目、赤目の事は、

「あいつの事は気にしなくていい。あれで結構聡いから、何かを感じ取るかも知れない。だけれども、その場ではアクションを起こす事はないよ。作戦の一つだと思って、気付かない振りをすると思う。その後は私の方でフォローするさ」

「ふーん、随分と信頼してるんだね」

「信頼では無いさ、お互いに信用してるだけ」

 頼るのでは無く、お互いがお互いを用いているだけ。

「なるほどね、まぁいいさ。惚気話は後で聞くとしよう。それじゃあまた後で、集合はここでいいかな?」

「ああ、けれどその前に」

「うん?」

「服を着替えてはくれないかな?」

 流石に、セーラー服を着ている自分を許容することは出来なかった。

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