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私は僕に恋をする  作者: 黒瀬玄絵
10/21

十、開始(怪死)

「じゃあ、後は任せたぜ」

 座敷牢に閉じ込められた赤目が、勝手に私に仕事を押し付けてくる。

「何だよそれは」

 それではまるで今生の別れではないか。

「いやいや、勘違いするなよ。俺はさっさと事件を解決して、ここから出してくれって言ってんだ」

「簡単に言ってくれるな」

「簡単な事だろ。いつものことじゃないか」

 確かに私にとっては、いや赤目にとっても、またかで済む程度の事態。

 避けられるなら避けるに越したことはないが、かと言って絶体絶命には程遠い。

「しかし、救い出すのが、小夏ちゃんの様な可愛らしい少女ならまだしも、こんなにゴツイ男だとモチベーションが上がらんな……」

「なんかごめんねぇー赤目くん。こんな狭いところに閉じ込めて」

 そうは言っても、小夏ちゃんの声からは、全くと言っていい程、罪悪感が感じられない。悪い意味で無邪気だ。

 閉じ込めること自体は全く悪い事と思っておらず、あくまで申し訳なく思うのは、そのスペースの狭さに対してだろう。

 やはり根本的な所でズレているように感じる。

 それに対して、「あー、別にいいよ」と返す赤目も、それはそれで十分にズレていると言えるが。

 そして無論、この私もズレている。

 結局、この場の全員がズレているのだった。

 今からこのズレを元に戻さねばならない。

 このズレきった、荒唐無稽な有様を是正する。

 それが私達がこの島から脱出するための、最低条件となっていた。

 

 話を少し前に戻そう。

 

 大樹氏の死体を発見した私と赤目は、一先ず柊家の人間を全員集めた。

 もっとも集めたのは社ではなく、昨日最初に通された居間である。

 小夏ちゃんや秋名ちゃんに、この惨状を見せるのは流石に憚られた。

 そして、暫定的に柊家当主となった春子さんが下した裁定は、事件の解決まで、私達をこの島に抑留するというものだった。

 当然である。

 どう見ても、現状で一番怪しいのは部外者である私達だ。島から大人しく出す方がどうかしている。

「警察は呼びますか?」

「いいえ、呼びません」

 春子さんは、私の、善良な一般市民のごく当たり前の質問を間髪入れずに却下した。

「何でだよ、春子さんだって犯人に心当たりが有る訳じゃないんだろ? 言っとくけれど、俺達だってただの大学生だ。事件の早期解決を図るなら、警察に任せるのが一番だぜ」

「そうですね。事件の解決、その一点のためだけなら、警察に頼るのが一番でしょう。しかし、不用意に島民に巫女が居なくなった事を勘付かせる訳にはいけません。その結果、どのような事が起こるか分かりませんので」

 それはそうだ。この島は巫女ありきで秩序が保たれていると言うのは、先日春子さんから聞いた通りだ。ここで急に巫女頭が消えるというのは、本島において、政府与党が急に消える事と等しいだろう。そうなると、警察を呼ぶという、明らかに何かが起きた事を知らせる大きな動きは避けたいところだ。

「それに、ご客人も本当は警察を呼ぶつもりは無いのだろう?」

 不意に挟まれる渋い声。

 枝葉氏だ。

「なぜそう思われます?」

「ご客人の言い方が『呼びますか?』という疑問形だったからだ。普通はあの状況なら、『呼びましょう』という言い方をするだろう。何故その言い回しを選んだのかは知らんがな」

 中々に鋭い。しかしながら、えてしてこういう聡明な人ほど、一度思い込むと間違えた穴へ深く深く潜っていく。勝手に犯人だと判断されたら面倒臭そうだ。枝葉氏の前では発言には気を付けよう。

 ただ、そんな聡明な枝葉氏も、私が春子さんが警察を呼ばないかもしれないと思った理由が、ただの経験則とは思いもしないだろう。

 今まで色んな事件に巻き込まれてきたが、実のところ警察に出張って頂けた事の方が少ない。まぁ、警察に出てきて頂けた所で、何故か自分が最有力の犯人に祭り上げられることが多く、むしろ身の潔白を証明するために余計な労力を強いられるので、結果としてどちらも変わらなかったりする。

「なるほど、ではこれからどうしますか?」

「とりあえず、巫女頭の遺体はこちらのほうで供養いたします。犯人の特定はそれからになりますかね。お二人の立場も今までと変わりません。調査を続けて頂いても構いません」

「ご母堂が亡くなられたというのに、随分と冷静ですね」

「お気遣い有難う御座います。ただ、今の私はすでにこの島の巫女頭、感傷に浸っている暇はありませんから。涙は全てが終わった後に流しましょう」

 私の言葉は別に気遣ってのものではない。春子さんに対するただの鎌掛だ。無論、春子さんも承知のようで軽く流されてしまった。

「この島に居てもらうって言ってもよ、俺達を完全に自由にすれば、最悪島から出て行けてしまう訳だろう。それはいいのか?」

「赤目さんは本当に良い人ですね。自分からそう言う人はまず出て行かないと思いますが、そうですね、そう仰って頂けるのならばこうしましょう」

 春子さんは赤目に視線を向けたまま言葉を続ける。

「赤目さん、あなたが犯人です」

「はい?」

 これは私の声だ。思わず漏れてしまった。

 当たり前だが、この「はい」は了承の意を示すものではない。ちゃんとイントネーションで伝わっているといいが。

「ですから、赤目さんが暫定的な母を殺害した犯人です」

「失礼ながら意味が分かりません」

「そうですか? 至って普通の発想だと思いますけれど? だって私達一族には巫女頭を殺害する理由はありません。なら消去法で言えば、最有力の容疑者はあなた達お二人です」

「牽強付会ですね。私達にも大樹氏を殺害する理由なんてありませんが」

「そうでしょうね。ですから私は最初からお二人の自由を保証しておりました」

「だったらなぜ?」

「落ち着いて下さい夏木さん。大切なお友達を思う気持ちも分かりますが、一先ず落ち着いて下さい。ですから、犯人と『見做す』のは赤目さん一人です。夏木さんは自由です」

「何で私じゃないんです?」

「別に夏木さんでもいいんですけれどね。夏木さんの方が適役かと思いまして」

 適役? と言う事は、私にも犯人役以外の配役があるという事か?

「夏木さんにはこの事件を解決して頂きます」

「はい?」

「夏木さんはこの事件における探偵役です。見事犯人を特定出来れば、赤目さんは晴れて自由の身です」


 そして今へと繋がる。

 まぁ、普通に考えて私が探偵役、赤目が容疑者役と割り振られたのは、単純に赤目の方が危険だからだろう。

 柊家には男性は一人。鍛えているとは言ってもご老人の枝葉氏ただ一人である。後は全員少女だ。赤目が本気で暴れれば物の数では無いだろう。力づくの解決が可能である。

「何か犯人特定の糸口はあるのかよ?」

「有るわけ無いだろう。どこから手をつければいいのかさえはっきりしない」

「だろうなぁ」

 『どうしようも無い』という事を話し合っている訳だが、赤目からは危機感は感じられない。正直、即時的な命の危機に繋がっていない時点で、今まで体験してきた事件の中でも緊迫感は無い方だ。

 とは言え、いつまでものんびりしている訳にはいかない。あまり帰りが遅くなると村上教授が怪しみ、何らかのアクションを起こしかねない。そうなるとこの膠着状態が意味を成さなくなる。まぁ、それで困るのはあくまで葉山島なので、私にとってはどうでもよいのだが。

 どちらにせよ早く帰れるに越したことは無いだろう。

「じゃあ行ってくる」

 ここで赤目と話をしていた所で何が始まる訳でもない。ある程度の証拠や気になるものが集まってきた段階ならまだしも。となればまずは行動有るのみである。

「おう、早めに帰ってきてくれな」

「小夏も行こうか?」

 同行に名乗りを挙げる小夏ちゃん。

 うーん、可愛い子と一緒の方がモチベーションは上がるんだけれども、柊家の人間と一緒では正直やりにくい。なので申し訳ないが、丁重にお断りすることにした。

「ううん、私は大丈夫。それより赤目をここに一人にしておくのは可哀想だから、小夏ちゃんが遊び相手になってあげてくれないかな?」

「それもそうだね。分かったよ。何か困ったことがあったら言ってね」

「心配すんなよ小夏ちゃん。こいつの成績は、俺が採点する限りは、道徳以外は満点だ。こんな事件、物の数じゃねぇよ」

 ほっておけ。

 コイツは私を褒めているのか貶しているのか。

 しかし、小夏ちゃんも何も言わずここに居たと言う事は、春子さんからそれとなく赤目の見張りを命じられていたのだろう。

 それほど厳命という訳ではなかったのだろうが、守るに越したことは無かったはずだ。

 とりあえず私は、大樹氏が事切れていた社へと向かうことにした。

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