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家畜の居場所 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 つぶらや。家畜に必要なものって何か、ぱっと思いつくか。

 ――エサと資金とネット環境。それと適度なアメとムチ?

 おい、お前の想像しているのって、「かちく」じゃなくて「いえちく」なんじゃねーか? こう二本足でのそのそ歩いて、場合によっては一日中屋内で過ごすこともある、かな〜り新しめで、身近な存在を指しているんじゃなかろうな? 

 俺が話したいのはそっちじゃねえよ。もっと数百年、数千年前から人類と共にあり、その生活を支えてきた動物たちのこと……というと、聞こえはいいかも知れないが、見る人、飼う人によっちゃあ、奴隷のごとき扱いだと見なされるおそれもある。それが生む誤解だって、いつの時代も絶えないもんだ。暮らしに近い分、神経質になるんだろうな。

 そして、他の地域では数千年前から家畜として親しまれながら、この日本ではさほど家畜として根付かなかった生き物もいる。

 最初に話した、家畜に必要なもの。それも含めた、お前のネタにでもなればいいけどな。


 日本が朝鮮半島にある国、百済くだらと交流し始めたのは4世紀末のことだと言われている。滅亡するまでの300年ほどで、仏教を始め、多くのものが日本に伝わることになった。

 遣隋使、遣唐使が実施されるようになってもそれは続き、生き物が持ち込まれることもあったという。しかし、これらに関しては、人々の生活の中ですでに大きなウエイトを占めていた、犬や牛、馬などの中に割って入ることは難しかったと見えて、さほど広まることなく終わった。

 その難しかったとみなされた理由の一つが、これだ。


 珍しい動物たちに関しては、朝廷の上層部が気に入れば手元に置き、気に入らなかったり、飽きたりすると、希望者に下げ渡されることがあったらしい。

 ある家では姿が馬に似ているという理由で、「ウサギウマ」を買ったようだ。名前はウマのような体躯であるながら、ウサギのように長めの耳を持っていたことからついた。


「体つきはウマのそれだが、その気難しさはウサギのごとくよ。十分に気をつけることだな」


 払い下げの役人から、そう聞いていた馬主。

 飼ってみると、なるほど、確かに気難しい奴だった。放している間、自分で草を食んでしまうほどに食欲旺盛なウマたちに比べ、ウサギウマはほとんど草を口にしようとしなかった。更に一ヶ所に集合させようとしても、こぞって集まるウマたちに比べ、ウサギウマはフラフラしがち。

 かなりの人見知り、いやウマ見知りでもあるか、と馬主は頭をかく。だが、すぐに気を取り直し、まだ新入りなのだからじっくりならしていこう、と。

 馬主は辛抱強さと、土木工事に駆り出された時に知り合った、大陸出身の男からの助言を元に、どうにかこの気難しい輩と向き合おうとしたとのこと。

 馬主はその男から、ウサギウマは大陸では「」と呼ばれていることも聞いた。大陸における馬は、日本のそれより大型のものが多く、馬とは別の生き物と見なされていたため、名前が異なるのだと彼は語った。

 たとえ気性は違えども、やがてはウマたちと仲良くなり、過ごしていってほしい。

 そのような思いから、驢に馬という字をくっつけ、ウサギウマは「ロバ」と呼ばれるようになったとか。


「こいつは我が国では珍しくない生き物。だが、この倭の国では俺と同じ、よそものに過ぎん。俺もここに来たはじめのうちは、だいぶ皆と『こすれた』ものだ。悪気はないだろうが、気をつけてやってくれ。見当もつかないことが起こるかも知れん」


 男は馬主にそんな忠告を残したらしい。そして、実際におかしなことが起こったんだ。


 季節が巡り、冬にさしかかった。

 馬主たちは山間の牧草地帯で暮らしており、天気や気温の急変には慣れっこだったが、ロバはそうも行かなかったらしい。

 特に気温が低い日は、この数ヶ月でようやく控えるようになったはずの、単独行動の気が再びのぞき始めた。

 牧場としての仕切りを作ってはいたが、それを壊して脱走してしまうほどの暴れっぷりで、馬主は犬の鼻と付近住民の協力のもと、ロバ探しをする回数が増えた。たいていはまだ緑が残る茂みや、落ち葉を敷き詰めた、大樹のうろの中で震えていたという。

 寒さに弱いのか、と馬主はロバ用に手製の皮衣を作ったりもしたんだが、脱走が収まらなかったところを見ると、お気に召さなかった模様。

 いっそ放す時間をなしにし、閉じ込めておくか? いやいや、それでは監禁であって、買った甲斐がなくなってしまう。どうにかできないか、と頭を悩ませる馬主のもとに、珍しい客がやってきた。


 以前、ロバ探しに協力をしてもらった者の一人だった。話によると、あのロバを見つけた日の夜にそれは起こったらしい。

 夜半。にわかに雨が降ってきて、彼ははたと目が覚めた。つい先日、雨漏りをした箇所のことが思い出される。修繕はしたものの、自信がなかったんだ。自分の仕事の出来具合というのは、自分が一番気にするもの。

 やはりというか、屋根の一角から「ポトン、ポトン」と水滴が垂れる音。

 外は風が強い。今から外に出てほころびを直すには、少し危ない。男は家族が眠る中、空いた水瓶を手に取り、音と床の湿り気を頼りに雨漏りの真下に置いたんだ。

 夜明けまでまだ時間があり、仕事もある。もうひと眠りしておきたかった。

 どれほどの雨か、それにともないどれほどの修理が必要か。翌日、起きた時に判断をしようと、瓶の底を打つ水の音をまくらにして、男は再び横になったんだ。

 

 次に目が覚めた時、屋根の家の入口からは、陽の光が差していた。例の瓶の様子を確認した彼は、驚く。眠る直前まで水音に満ちていたはずの瓶の中が、すっかり空っぽになっていた。家族はまだ起きていないし、誰かが瓶に触った形跡もない。

 ひとりでに水が消えてしまった。そうとしか思えなかったらしいんだ。

 加えて、もう一点。男の家は壁が木でできていたものの、防水の加工は不十分だった。そのため、雨が木材に染み込むと独特の臭いを出すんだが、今朝はそれがない。手で触れてみても、傷んでいる箇所はおろか、湿り気が残っているところさえなかったという。

 雨の日を迎えるたびに、この怪現象は続いた。これだけならば、ありがたいことだったのだが、つい昨日など、溜めておいた飲み水の蓄えがすっかり空っぽになってしまったというんだ。

 なぜ、それを馬主に言いに来るのかは、うすうす察することができた。ロバを探したその時から、ケチがつき始めたからだ。

 証拠はない。だが暗に「薄気味悪さの源を始末しろ」と言ってきた。あのロバを。

 

 彼の家にしか害がなかったのか、はたまた他の家が黙っていたのか。いずれにせよ、解決に向けて活動している姿を見せねば、何をされるかわからない。

 馬主は他のウマたちと一緒に、ロバを厩舎きゅうしゃの中につなぎ留めると、訴えのあった彼、および今までの捜索を手助けした者たちの中から都合のつく者を集め、調査を行うことにした。

 内容は、今までロバが発見された場所の再捜査。そして、水を奪うのではという訴えのあった男の仮説に基づき、雨が上がったばかりの早朝に、計画は実行に移された。

 結果は黒。かつてロバが発見された茂みや、大樹のうろの中。それは湿り気を帯びた周囲を隔絶する、「渇き」に満ちていた。葉も地面も大樹さえも、少し離れた場所ならば水滴に満ちた冷たい肌を見せるのに、あのロバがいたところだけ、まるで夏から持って来たようなぬくもりを感じさせた。いよいよ、ロバの立場は悪いものになり、ほふることさえも視野に入れられるようになる。

 馬主は弁護を重ねたものの、帰ってきた厨舎を目にしては、それも限界だった。

 

 つないでいたウマたちのために、たっぷりと用意した、水気を含んだ青草たち。それがわずかな時間の間に、何日も天日干しをしたような枯草に姿を変えていたのだから。

 馬たちもこの短時間で息が荒くなり、歯茎の色が目に見えて悪くなっている。脱水症状の表れだったが、ここまで急激な発作を起こしたことは、今まで一度もなかった。

 厨舎はしっかり戸締りがされており、外から誰かが入った形跡はない。そして馬たちに異状が見られる中、草も食べずに平然としていた存在。

 それが例のロバだったんだ。

 

 その日のうちに、ロバは馬主の元を永遠に去ることになった。このことを耳にした大陸育ちの彼は、大いに落胆したらしい。


「水に囲まれた、この倭の国の暮らし、なじめなかったか。いや、むしろ水のない温かき場所で生まれ育ったあいつだ。もしかしたら、あいつを生かし守れる場所を作ろうと、何かが憑いていたのかもしれんな」


 ロバはそれからも、何度か日本に連れてこられたが、家畜として根付くことはとうとうなかった。今でも国内にいる総数は数百頭程度ではないか、と見られている。

 現状を見るに、「憑いている」奴はいないようだ。いや、この科学がはびこるようになった世界で、自重というものを覚えたのかもな。

 郷に入っては郷に従え。元は中国の言葉だというが、もしかしたら違う環境において、その理を壊す危険性を、先人はすでに悟っていたのかも知れん。



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