全ての序章③
「ここは…学校なのか…?」
どこかの教室…だと思う…
「ええ、そうよ。一樹君が通っていた高校ね。今あなたが見てるのは、松本 海斗の記憶を元にした夢のようなものね。夢と言ったけれど現実にあったことよ?」
声に振り向くとさっきまで前にいた少女がそこにいた。
「さぁ…こっちよ」
少女に連れられて、校舎の人気がない裏側へと歩みを進めると人影が見えた。
他の5人に囲まれるように地面に倒れていたのは…
「一樹…っ!!!」
思わず走りだし手を伸ばそうとして…その手は触れることなくすり抜けた
「だから、言ったでしょ?これは記憶でしかないの。あなたも私もここにはいないんだから触れないわ」
目の前にいる一樹は、泥だらけで半泣きだった…
「あーあ泣いちゃった!あはは!マジ泣きしてやんの!」
「次はどうする?」「裸にでもする?ひひっ」「さんせーい!俺動画録ってやるよ」「おっいいね!その動画はネットにでもあげてやるか!良かったな!有名になれるぜ!」
「やめてよ…!僕のことは放っておいてよ!何で…こんなことするんだよ…」
涙声で叫ぶ一樹とそれをまるで面白い物を見るかのように…あざ笑う5人を見ることしか出来ない俺…ぎゅっと唇を噛みしめ、拳を握ることしか出来ないでいた
笑っていた5人の内の1人が、一樹の制服を無理矢理脱がそうと手をかけた時…学生手帳が落ち、そこから1枚の写真が落ちた。
「あん?なんだこりゃ?」
「あ!それは!返して!!」
必死になって取り返そうとする一樹を無視して、写真は取り上げられてしまう
「なんだよ!これ!はははは!!ほら!お前らも見てみろって!!」「何男同士で手を繋いだ写真なんか持ってるわけ?ウケる!」「こいつ、ホモじゃね?キモッ!あはは!」
「返してよ!!大事な物なんだ!」
暴れる一樹を他の仲間が押さえつけ、松本 海斗が面白そうにその写真を一樹に見せ付ける
その時、写真が俺の目にも入った
「あの写真…」
小学2年に上がった始業式の帰り、あの公園で記念にと2人揃って撮って貰った写真。そこには満面の笑顔で笑う一樹と少し照れた様子の俺が手を繋いでそこにいた。
ずっと、あの写真を大事に持っていたんだ…
「そんなに大事な物なら…こうしてやるよ」
松本 海斗が笑いながら、取り出したライターで火を付けた
「あっ!!!やめて!!お願いだから!」
「ほらよ。もう遅いけどな。あはははは!!!!」
みるみる燃えていく写真はあっという間に燃え尽きてしまった
「おもしれぇもんも見れたし、今日はここまでにしといてやるよ」
そう言い残すと泣いてる一樹を置いて、やつらが去っていった。
「一樹………」
俺の拳からは、爪が食い込み血が流れていた…
「…どう?改めて聞くわ。あなたはあいつらを殺したい?」
俺の頭は憎悪と怒り、そして約束を忘れ手を離してしまったことに対する自分への絶望…それらで真っ赤に染まっていた
「ああ。俺はあいつらを許せない」
満足そうに笑みを浮かべた少女はそっとつぶやく
「契約成立ね」
______
瞬間、世界が歪み元いた場所へと戻っていた
「私がさっき『基本的に地上のことには関われない』って言ったのを覚えてる?でも、縁があれば例外なのよ。あなたが私と契約してくれたおかげでその制約が外れたわ」
「で…俺がこいつ…他の4人にも復讐することを手伝ってくれるのか?」
「ええ。もちろん!そういう契約ですもの。でも…松本 海斗は私に殺させて?他の4人はあなたに譲ってあげるから」
「…不本意だけど、それが条件なら…」
「ふふふっ…礼を言うわ。この私の楽しみを奪ったやつは許せないから」
止まっていた景色が、ゆっくりと時を取り戻していく
松本 海斗の後ろには、少女が立っていた
「死んで詫びなさい」
それだけ囁くように耳元で言うとその右手を振るった
それだけで首から、血が大量に吹き出して松本 海斗だったものは倒れた
「さて…スッキリしたわ!ちょっと待っててもらえるかしら?他の4人もひきずってくるから!…あ、大丈夫よ?彼らの姿は他の人間には認識出来ないから」
「あ、あぁ…」
一瞬の出来事で固まる俺を他所に少女が姿を消す
スッと消えたと思えば、次の瞬間には再びその少女が現れる。
その手に4人の男を掴んで。
「ごめんごめん。抵抗されたからボコっちゃった…てへ!死んではいないから安心して欲しいわ」
投げ出された4人は腕や足が不自然に曲がっており、全員が呻くか泣いていた
「さぁ…それで殺しなさい。」
俺の手の平にはいつの間にか拳銃が握られていた
「こいつらが…一樹を…」
初めて握った拳銃の銃口を4人の男達に向ける
引き金を引くだけだ…それで復讐は終わる。
ふと、一樹が送ってきた最後のメールの文章が頭を過った。
それが復讐を決めたはずの俺の心に迷いを生んだ。
一樹は…こんなことを望んだのだろうかと
一樹は、ただの一言も復讐を願う言葉を口にしなかった。
そこにはただ…俺への想いの告白と謝罪だけだったはずだ…
「どうしたの?この期に及んで迷ってるわけ?憎くてたまらないんでしょう?引き金を引くだけで済むのよ?」
少女はそう口にする
「一樹は…俺に復讐してほしかったのか…?俺は…側にいてあげられなかった罪悪感を復讐することだけを考えるようにして…ここまできたんだ…俺も同罪じゃないのかよ?」
「……………本当につまらない」
「でも、正直驚いたわ。確かに一樹君はあなたに復讐を望んで死を選んだわけじゃなかった。そして、私もあなたを許す気はなかったの。でも…過ちに気付いて誰よりも反省したあなたを一樹君の願いに免じて許してあげる」
ザシュッ!という風切り音と共にその場にいた4人が静かになり、その体はスッと存在が消えるかのように薄らいでいく__
「…次は俺の番だったってことだよな?」
「そうね…あなたが自分の罪に最後まで気付かなければ…ね。自らの過ちを認めない者には未来はないもの。それよりも契約の見直しが必要ね!そうね…一樹君に会いたくはない?」
「それって…!?」
もし、もう一度会うことが出来るなら…俺は…今度こそ約束を果たそう!想いを告げて…そして謝りたい!
「残念だけど…さすがの私も魂も無しに死んだ人間を生き返らせることは出来ないわ。既にあの子の魂は世界の輪廻の中を巡ってこことは違う世界に転生してるもの」
「じゃあ…さっきのは?」
「ただで願いを叶える気はないの。私と取引をしましょう?あなたの時間と記憶を頂戴?あなたをあの子がいる世界。あの子が転生した人物の側に存在を移してあげる。私にとって過去というのは何よりも輝く宝なのよ」
「俺には…もうこの一樹がいない世界で生きる意味も必要もないから。俺はその世界に行きたい。行って…彼に謝りたい…」
「本当にいいの?時間を失えば体は幼くなるし、見た目にどんな影響が出るかもどの程度の記憶を失うのかもわからない。記憶の大部分を失えば、あなたの魂に致命的な傷を負うことにもなるわよ?寿命もあっという間に尽きることになる。それでも…? 」
「…ああ、何があったって一樹のことだけは忘れたりしないから。叶うならもう一度だけでも会いたいんだよ」
「そう…今度の約束は必ず守るからそんな顔しないの。幸いなことにあなたと一樹君の魂は運命の糸とも言える縁で繋がってるからなんとかなるわ。…それじゃあ、さよならね」
「君はなんだかんだ言って優しいよな?」
「うるさい!私はこれでも…!って…はぁ…あなたは私が思ってたよりも大物なのかしらね…?」
少女が俺に触れた側から、体が光に包まれる
そして、意識も遠退いていった…
俺は…一樹を…あの大好きな笑顔を絶対に忘れたりしない。待っててくれ…必ず会いに行くから。今度こそ、その手を離したりしないから………
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「さて…がらでもないことをしたわ。あの2人に少しだけ…私も影響を受けてた…のかもね…。がんばりなよ。白馬の王子君。」
白いワンピースを着た少女のつぶやきは、誰に聞こえるでもなく空に消えていった…