全ての序章②
「ここか…」
書かれていた住所をケータイで検索すれば、すぐにヒットした
「問い質して…罪を認めさせてやる。絶対に許さない…」
誰に言うでもなく俺は荒れた部屋を後にする。
今は復讐することしか考えない。立ち止まってしまったらおかしくなりそうだったから…
俺が書かれた住所の場所へと着くとちょうど、『松本 海斗』が家を出たところだった
「うん…間違いない…」
手にしたケータイに映る写真と同じ黒髪に鋭い目つき…そっくりの人間がそこにいた。
「松本 海斗だよな?」
「あん?そうだけど、誰だよお前?」
「永井 一樹を知ってるよな?」
「あー…そういやいたな。そんな冴えないデブが…存在薄すぎて忘れてたわ!何か自殺したんだろ?バカだよなぁ…ははっ!」
「っ!!」
悪びれもせずにそう語りだしたその顔に咄嗟に手が出るのを抑える…こいつには、先に聞かなきゃいけないことがある。
「…一樹をいじめてたのはお前らだよな?」
「俺達が何かしたのかって?なーんもしてねぇよ。まぁ、ちょっと遊んではやってたけどな…くくっ!っていうか、お前さ、自殺したあいつの知り合いか何かなわけ?マジウケるんですけど!」
ヘラヘラと笑うその顔で、一樹を語る…それを見て視界が赤く染まる。
「許さない…黙れクズが…」
「あぁ?何か言った…がっ!」
俺の拳が顔面を捉え言葉は途中で遮られる
「いってぇな!なにしやがる!?」
反射的に突き飛ばされた俺は体勢を崩し…
その瞬間視界が歪んだ
ぐにゃりと歪んだ視界は段々と時が止まっていくかのように全てがスローモーションの様に変わっていく
やがて、目の前にいた奴が拳を振り上げた体勢のまま動きが完全に時が止まったとしか思えないほどに停止していた
そして…耳元で声が聞こえた
「ねぇ?聞こえるかしら?」
振り向くと黒い長い髪をなびかせながら、まだ寒い初春だというのに白い薄手のワンピースを着た少女が立っていた。
「君…誰?」
「いやいや!私のことはどうでもいいのよ!それより、遅いわよ?せっかくあなたに真実を書いたメールまで頑張って送ったのに…なかなかこいつらの前に現れないんだもの!」
「あのメールは…君が?メールの内容が真実かどうか調べるのに時間がかかって…それよりも今のこの状況はどうなって…??」
相変わらず、目の前には先ほどと変わらない体勢のままマヌケな格好を晒すクズがいた。
普通じゃない。
それだけはパニックになりかけている俺の頭でも分かる。
「そうよね…大丈夫よ。私の司る力でここら辺の時間を隔離して停めてるだけだから。まずは本題からわかりやすーく入りましょうか!率直に聞くわ。こいつらに復讐する気はある?」
「そのつもりで俺はここに来たんだ!当たり前だろ」
「うんうん。そうよね。でも…復讐っていうのは…真実を明らかにして、警察なりマスコミなりに訴えること?その結果、どれだけ上手くいったとしても…精々、少年院送りが関の山でしょうね。それもすぐに出てくることになるわ。対した罰も受けずにね…あなたはそれでいいの?」
「それは…」
この女の言う通り上手く事が運んだとして…社会的に罰するならばその程度にしかならない。俺が捕まるのを覚悟の上でこいつらを虫の息にするまで殴れたとしても…とても釣り合うものじゃない。
だから、この女が言う復讐とはそれ以上…つまりは殺す気があるのかという意味
「ご名答!理解が早くて助かるわ!」
「なっ!?俺の考えてることがわかるのかよ!?」
「もちろーん。それくらい私なら余裕よ。あっ、今化け物だと思ったでしょ?あながちハズレじゃないわよ?人ではないという意味ではね」
「じゃあ…一体何なんだよ…」
「うーんと…そうね…私自身お世辞にも良いものとは思ってないわ。自分の欲望に忠実な無垢な少女かしら?」
そう少女は不敵な笑みを浮かべ曖昧にはぐらかすだけだった
「なんだよ…それ…信じろって言うのか?」
「どっちでも良いわよそんなこと。私はね…BLをこよなく愛してるの。その為だけに行動するし他のことには興味がないの」
「は?BLって何?」
「ちょっ!?本気で言ってるの!?あなたも関わり深い言葉なのに!」
何かの略なのだろうって…くらいには想像が着くけど、思いつかない。
「はぁ…あのね、BLはボーイズラブの略称よ?これくらい常識よ常識!テストにも出るわよ!要は、もしもあなたと一樹君の関係がお互いの気持ちを知った上で恋愛していたとしたら…リアルBLといっても過言じゃないってことよ。わかった?」
そうなのか…俺と一樹が…恋愛…
今なら分かる。それをどれ程俺が望んでいたのかを。
「そうね…。私は、あの日…一樹君が君に電話した時に発した秘めた熱い想いに引き寄せられたのよ。…結局、私には何も出来なかったけれど…本当に残念だったと思う。あなたがその想いを知ってその恋心が蘇ったのを知った私はあなたに真実を知らせてあげようと頑張ってメールしたって訳ね。私はその存在上…基本的に地上のことには干渉出来ないのよ」
「その話を聞いてると神様か何かみたいに思えてくるな…」
「この世界を管理してる神なんていないわよ?より正確に言えば、人類の主観的観測の結果と蓄積のせいで似たような物ならあるけど・・・そうね。例えば神というのは同性愛に対して厳しいイメージがあるんじゃないかしら?」
どちらかというと…そのイメージが強いのは確かだった。
少なくとも同性愛を推奨している宗教なんて俺は知らない。
「その通り。無宗教だなんだ言う人もいるけど、私はこう思ってるの…宗教うんぬんの前に人としての本質がそこにあるってね。人は群れる生き物なの。そこに自分達と同じ仲間がいるから安心出来る。でも…そこに異なる思考を持つ少数の人がいれば…それは他の大勢からすれば不純物でしかないわ。それらは自然と普通という考えになって、あなた達の心の奥底に差別という形で存在すると…私は考えてるの」
「そのくせ人間の本質は『闇』よ?口では『そんなの愛でも何でもない。一時的な気の迷いだ。気持ち悪い』と笑うのに…どう?そう他人を悪く言った本人達の中にどれだけ純粋に愛情を注げてる人間がいるのかしらね?快楽だけの為の行為や浮気。幼い子どもに悪戯する大人に…売春する人間、そしてちやほやされるのが快楽となって喜んでその身を差し出す人間…。現実じゃ同じくらいに汚い面があるわ。だからこそ…一樹君の真っ直ぐな想いに惹かれたのよ。一樹君のあなたを想う姿は、正しく輝ける者だったから。」
話疲れたのか少女が、いつの間にか手にしていた缶ジュースを飲みながら口を開く
「話がだいぶ脱線しちゃったわね!かれこれ300年ぶりに人間と話したからか…つい熱くなっちゃったわ。で…答えは決まったの?」
「…やっぱり、殺すことは出来ない。そりゃあ、あいつらは許せないけど…」
「はぁ…甘いわね!本当に!じゃあ…見せてあげる」
「な、なにを?」
「いじめの記憶」
少女が手をかざすと…俺の中に得体の知れない感覚が流れ込んでくるのがわかった