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異世界に転生した俺が『   』になった話  作者: 碓氷つむじ
第一章 異世界に転生した俺が『神の見えざる手』になった話
6/8

1-1.てのひらをたいように①

<<前回のあらすじ>>

歴は朦朧とした意識で街外れの教会に足を運ぶ。

そこにいるシスターの考えに胸を打たれた歴は、『神の見えざる手』として彼女やその周囲の人々を守ることを心に誓うのだった。

 開け放たれた窓の向こうから、暖かな陽が差し込んでいる。

 カーテンをたなびかせる心地よい風と、遠くに聞こえる街の喧騒がまどろみを誘う。絵に描いたような気怠い午後の一幕だったが、目の前にいる十数人の子ども達は誰もが溌剌とした、ある種の熱を帯びた視線で目の前にいるシスターを見つめていた。


 机も椅子もない、教室と呼ぶにはやや殺風景なようにも思われる部屋の中。絨毯すら敷かれていない板張りの床に座った子ども達を前に、シスター・リノによる授業が始められようとしていた。


「それでは、お勉強を始めましょう」


 ――俺が教会に置いてあるパンを拝借し、シスター達を陰から守る存在になろうと決意して一ヶ月。

 安定はしていないものの命を繋ぎ続けられる見込みが立ち、次にすべきことを考える余裕が生まれた結果、何一つとして知らないこの世界の情報を収集することにしていた。


 街に飛び交う言葉に耳を傾け、行ったことのない場所に訪れる。一つ一つを記憶に焼き付け、時に整理しながら理解を深めていく。そうして積極的に情報を拾い集めていたが、最も効率的に情報を得られるのは毎日一時間執り行われるこの授業だった。何も知らない子どもにも分かるよう、噛み砕いて説明しているのだから当然といえば当然だ。街中に掲げられた見慣れない文字はまだ読むことができなかったが、授業のおかげでこの世界そのものやシスター達の周辺に関する情報は断片的ながら理解し始めていた。


「最初は簡単な問題からです。えーっと、ではみなさんが住んでいるこの国はなんという名前で、どこにあるか分かりますか?」


 後ろに座っている子どもにも見えるようにシスターが地図を掲げると、瞬時に多くの子どもたちが挙手をする。文字を書いたり物を貼り付けたりするための黒板すらない部屋は、設備の充実度とは対称的な熱意に満ちあふれていた。


 情報収集を始めて最初に知ったのは、今まさに授業で語られているこの国についてのことだった。

 俺がいるこの場所は『ルアンプライ王国』という、興されて数年程度の国であるらしい。

 とはいっても、厳密には勃興から数年しか経っていないというわけではなく、体制と名前が変わって数年、ということらしい。母体となった国を「国父」と呼ばれる男が作り変え、今のような近隣諸国にも一目置かれ、国民の笑顔が絶えない豊かな国になったということだった。


「はい、よくできました。では皆さん、この街の中心にある王城には誰が住んでいるか分かりますか?」


 地理と歴史が無節操に入り混じった社会科の授業の中で、シスターが子供達に語りかける。


「えっ、国父様でしょ?」


 メガネをかけた少年が挙手もせず、さも当然だと言わんばかりに答える。俺も心の中で同意するが、シスターは首を横に振った。


「残念。そう思ってしまいがちですが、国父様は街の7箇所にある御所に住んでいらっしゃいます。今王城に住んでいらっしゃるのは前国王様……この国が『ルアンプライ』と呼ばれるようになる前の王様ですね」

「えー、なんで?」

「国父様がいない理由の一つは皆さんの様子を見て回るためです。常に動き回って街や人の様子を見つつ、より良い形にできないか考え、誰も思いつかないような画期的な方法で実現する。今日のこの国の繁栄は、国父様の目が行き届いているからこそあるのですよ。みなさんが今こうして私とお勉強できるのも、国父様が考えてくださったおかげなのです」


 その話を聞いて、俺はテレビで目にした時代劇を思い出していた。時の八代将軍が身分を隠して市井に潜り込み、民衆の抱える問題や起きている事件を鮮やかに解決する勧善懲悪モノ。実際の八代将軍は城下町に姿を現わす暇などないほど忙殺されていたらしいが、国父という男は実際にそれをやっているようだった。


「それ以外にも理由はありますが、まぁいいでしょう。前国王様が王城にいらっしゃる理由は、この国の象徴として~」


 シスターは淡々とこの国の制度を噛み砕いて説明していく。子どもたちはみな一様に頷き、一言一句を決して聞き漏らさないと言わんばかりの気迫で授業に集中していた。

 シスターへの極めて一途な尊敬の念が、前にいた世界でもそうそうないであろう学習への意欲に満ちた空間を形成しているのだろう。

 俺がこの国の名前や情勢の次に知ったのは、彼女と彼らの関係だった。


 個人間の繋がりの強さを無視して立場だけを端的に表現するのであれば、彼女と彼らの関係は「児童養護施設の長とそこで暮らす子ども達」といったところだ。

 親がおらず物乞いをしていた子供や、出来損ない(カジモド)と呼ばれ虐待されていた子供を、シスターが救い育てているということだった。


 個々の事情やきっかけなど、詳しいことまでは把握していなかったが、誰もが過酷な環境にあったであろうことは想像に容易い。

 そんな状況で自分を救ってくれたシスターに対して、ただならぬ感謝の気持ちを抱いてしまうのは無理もなかった。むしろ、今自分がここにいるまでの経緯を考えれば共感すら抱いてしまうほどだ。

 人権や福祉といった考え方が普及していなさそうなこの世界において、血もつながらない多くの子どもを引取り育てるのは並大抵のことではない。

 今いるこの場所も、彼ら全員の住処となった施設の隅に作られた勉強用の小屋だった。教会にほど近いとはいえ、神職を全うしながら運営を続けるのは相当骨が折れるはずだった。

 それを子どもたちも分かっているからこそ、自分たちを育ててくれているシスターに応えようとしているのだろう。



「はい、それでは今日はここまでです。さきほど紙を買ってきましたから、明日は字のお勉強をしましょうね」


 笑みを浮かべてシスターがそう告げると、空気が一気に弛緩する。子どもたちは我先にとシスターに駆け寄り、自分の思うがままに話し始める。それを決して聞き流そうとせず、一人ひとりと順番に向き合いながら、幸せそうな笑みを浮かべて聞き入るシスターの姿は、まるで本物の母親のようだった。


 窓から差し込む陽射しよりも暖かなそんな光景を見つめていると、外から女の大きな声が聞こえてきた。


「シスター!シスターいるー!?」


 極めて明るいトーンで尋ねる声が教室に響くと、それまで騒がしかった子どもたちが一瞬水を打ったように静まり返り、更に次の瞬間には沸き立ちはじめる。


「ラズ姉ぇだ!」

「シスター!ラズ姉ぇが来たよ!」


 俺の目の前にいた子供が、興奮した様子で扉に向かって駆けていく――と同時に、ドアノブが下がる。

 咄嗟に子供の襟首を掴んで後ろに引き寄せると、その一瞬後に勢い良く扉が開いた。

 頭をぶつけないように両手で少し抱え上げた後、勢いを殺しながら床に下ろす。はたから見れば、足を滑らせて尻もちを付いたように見えるだろう。


 何が起こったのか分からない、という様子の子供を尻目に、開け放たれたドアに目を向ける。

 そこには、俺と同じ年頃の少女が立っていた。

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