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会話の値段

時刻は九時。

高校からちょっと離れたところにあるゲームセンター。

そこは、夜の不良の溜り場となっており、昼間小さい子供達が楽しく遊んでいるとは思えないほど荒れている。ゴミは散らかり、タバコの臭いが充満している。そして、時間帯に合わない音楽のボリュームと人の声で溢れている。







「私、そろそろ帰るね。」

私がそう言って、帰ろうと後ろを振り向いて、この中から出ようとすると、周りがそれぞれ文句をいってきた。


「また!?」


「この頃帰るの早くない?」


「中学の時と違って付き合い悪くなってる〜」


「まだまだ遊ぼうぜ!」


「そうだよ。あたし達みんな、まだ遊ぶんだから。」


私は、出来るだけ周りからの印象を下げない様な理由を言った。


「あんた達と違う高校にいってしまったからキツイの。マジで間違えちゃたよ。」



これはもちろん建前。ホントは、私自身にイライラしているから。

そして、私はゲームセンターを出た。












私は少し強い風が吹いている中、一人で帰っている。女の子が夜一人で帰っているのは危ないかもしれないけど、あそこから早く出たかったからしょうがないよね。


「もう秋ね。風が北風で寒い。あったかい飲み物かなんかが欲しいかな………ってなに独り言ゆってんだろ。」


しばらく歩いていると公園に着いた。

いつもなら見向きもせず通りすぎるのだが、今日はなぜだか立ち止まって見てしまった。

昼間の賑わいと比べたら夜の公園はただの廃墟の様に見える。

街灯がところどころ設置されているが、それがいっそう廃墟感をきわだしていた。


ふと、街灯に照らされているブランコを見ると、人が座っている。はっきりとは見えないが、よく目を凝らしてみると、私の高校の制服のようなものをきており、スカートをはいている。女の子のようだ。


わたしは好奇心に取り付かれて、少し近い場所に移動して顔を見ると………


「あれ?あの女の子って確か同じクラスの………」









「よっ、鈴原。ここでなにやってんの?」


私がブランコの横から声をかけてみると、鈴原はビクッとし、おそるおそる私の方に振り向いた。

顔を見てみると困った感じがする顔だった。

「あ………う……えっと………。」


「そっか。学校と外見が違うからね。」

私は、ゴムを取り出して、ストレートにしていた髪の毛を結び、メガネをかけた。

そう、学校にいるときの私に変装した。


「佐倉さん?」


「ん。正解。」













「ココアとミルクティー、どっちがいい?」

「えっと……じゃあ、ココアで。」


「はい。熱いから気を付けてな。」


「……ありがと。」


「いいって。私もなんかあったかい飲み物が飲みたかったから。」

鈴原はココアを受け取ったが、カイロの様に握り締めただけで、いっこうに開けようとしなかった。

私は、一口飲んで鈴原に聞いてみた。


「なんでこんなトコにいるの?」


「えっと………、天体観測かな……流れ星見に。」


「ふ〜ん。」


「佐倉さんこそ、なんでこんなところに?」

「わたし!?わたしは……夕日に向かって走った帰りってことにしとく。」


「なにそれ。青春帰り?」

アハハと、わたしと鈴原は笑った。

ちょっとした会話だったけど、わたしは鈴原に親近感がわいた。



「……ごめんなさい、佐倉さん。」


「ん?なにが?」


「えっ、だって……私……佐倉さんって気付かなかったから。」


「気にしないで」


「……うん」


「それにさ、学校の時のわたしをよく知ってる人は、鈴原みたいにすぐわかるとは限らないから。だから、気にしない。」


「……そうだよね。学校で見る佐倉さんって、頭が良くて、真面目で、いかにも学生の鏡です、って感じがするもんね。」


「やっぱり。」


鈴原の話しを聞いて、優等生に変装するだけで、わたしの印象はこうなるんだな、と思った。


「んじゃ、どっちの姿がホントのわたしだと思う?」


「……え?」


「だ〜か〜ら、学校にいる時のわたしと、今のわたし。どちらがホントのわたしだと思う?」


「……えっと、現在の佐倉さんが本当の佐倉さんだと思う。」


「ん。正解。よく分かったね。」


「……カンだよ。」


「理由も教えてあげる。」


「……え?どうして?」


「なんか話したくなったから。鈴原に親近感がわいたから。シチュエーションがロマンチックだから。以上。」


「……不思議な理由だね。」




わたしは、話をする前に、まだ温かいミルクティーは一口飲んで話し始めた。




「自慢にしか聞こえないと思うけど、わたしの家って結構裕福でさ、小さい頃から甘えた生活を送ってきたわけ。それでワガママお嬢様みたいになってしまったの。」


「……でも困ったことってなにも無かったんじゃ。」


「そうね。だけど、困ったことはあったの。『勉強しなさい』ってね。」


「…………」



「親が二人とも有名大学出身でさ。だから、わたしも有名大学に入学してもらいたいから、勉強しなさいって言ってくるんだと思う。両親が有名大学出身だから、家が裕福なんだということは少し感謝してるけどね。だからといって、強制的に勉強させないで欲しかった。と、その時は思ってた。そう思った時から、わたしは小学生の頃から深夜こっそり家を脱け出して、中学生の不良っぽい先輩と遊び始めていたんだ。」

「……怖くなかったの?」


「怖くはなかったよ。自分から話しかけてグループに入れてもらったんだ。脱け出して遊ぶ日は、いつもワクワクだったね。逆ナンパしたり、ゲームしたり、男のグループとカラオケやボーリングしたりと、楽しかった。グループの人達は、小学生のわたしに優しくしてくれたし。」


「……家族にはばれなかったの?」


「うん、一度も。」


「……そうなんだ。」

なんとなく、鈴原の顔が落ち込んだ様に見えた。


「続き、話すね。中学生になったらそのグループを辞めて、同じ中学校の仲間でまた同じ様に、夜遊び。毎日毎日、くだらないことをダラダラとやっていたっけな。」


ここで、またミルクティーを一口飲んだ。

少しぬるくなっていた。


「でもね、中学二年の頃かな。なんとなく読んでいたマンガの内容が、わたしを変えたの。その内容はね、圧倒的な力をもつ敵に主人公が立ち向かうの。負けちゃうんだけど。でも主人公はこう言ったんだよ。『相手がスゴイのなら、自分は相手よりスゴくなればいい。その為に、何年もたってもかまわない、努力をするんだ!』っていう、どこにでもありそうなセリフをね。」

「……そのセリフが佐倉さんを変えた?」


「ま、そんなもんかな。そのセリフを知って考えが変わったからね。勉強すればいい。そして、成績が伸びればいい。ただ伸びればいいだけじゃない。親より成績を良くして、親よりいい大学に入って、親より偉くなればいい、ってね。だから、その時から猛勉強し始めたかな。」


「……だから、今の成績の良い佐倉さんがいるんだ。」


「まあね。だけど、頭は利口にならなくてね。」


「……え?だって成績は。」


「鈴原。私、さっきまで、ゲームセンターにいたんだ。中学の時のグループと一緒にね。」


「…………そうなんだ。」


「勉強中に誘いの電話が来たら絶対に行ってる。それだけは勉強し始める前から変わらなかった。なんでだと思う?」


「……その人達と一緒にいることの楽しさを知っているから。」


「正解。だけど、じょじょに嫌になってくるんだよね。なんでここにいるんだろって。毎回後悔してるのに、毎回参加している。自分自身にイライラしてくるんだ。学校では優等生ぶって、夜では不良のマネ。それに加えて、勉強している時より、遊びに行こうとしている私の方がイキイキしている。キット私の本当は姿は不良娘なんだろうな。私ってダメ人間ね。」


「……そんなこと無いよ。」


「ありがと鈴原。だけど、ダメ人間は私だけじゃ無いんだと思うよ。ウチの学年の成績トップのヤツ知ってるよね。」


「……うん。」

そう答えた鈴原だったけど、まだ何か言いたそうだった。


「アイツね、夏休み前にあった定期テストの成績がグッと落ちたんだ。きっと、私と同類なんだよ。」


「……それだけで決めつけるのはダメなんじゃ……。」


「アイツ、テスト期間中、毎日深夜外出してた。それに、テストが終わって台風が直撃した日に一人外出してた。」


「……確率は高いですね。」


「一日だけならまだしも、毎日になると怪しい。あの性格、成績、見た目からでは想像できない。私と同じ感じみたいでしょ?」


「……誰でもそんなことはあるとあると思うよ。」

なんだか強い口調の感じがする、鈴原の言葉だった。


「そうかもしれないね。だけど、同類がいるからといって安心したらいけないでしょう。私は変わらなきゃいけないの。今の自分を捨てて目標に向かって勉強しなくちゃ。もし中途半端にすると、親の書いたシナリオ通りの大学に入ってしまうかもしれないしね。」


「……中学のグループの人達とはどうするの?」


「会わない。それが一番でしょうね。アイツらは、私の本性を写すようなものだし。邪魔な存在だし。」


「……佐倉さんは邪魔な人は切り捨てるんだ。」

鈴原は思い詰めた表情になった。



私は残っていたミルクティーを一気に飲み干した。もうすでに、冷たくなっていたけど、なんだかホッとした。

胸に引っ掛かっていたモヤモヤが取れた感じがした。


「ありがとね、鈴原。私のながったらしい愚痴を聞いてくれて。」

「……ううん、そんなこと。」

鈴原はハッとした感じで返事した。


「お陰でなんだか気持ちが軽くなった気がするよ。」


じゃあ、と言ってここを去ろうとしたら、鈴原が呼び止めた。


「なに?ココア代ならいつかある同窓会で返してくれればいいんだけど。」

私は振り返りながら返事をした。すると、今までずっと座っていたのに、立っている鈴原が目に映った。

その姿は、公園のライトだけで良く見えなかったが、敢然とした姿に思えた。


「佐倉さん。最初、私に親近感がわいたって言ったよね?」


私は自分の耳を疑った。

さっきまでは、学校にいるときのように消極的で、いつも弱々言葉使いだったが、今はしっかりとし、力がある口調であったから。


「まさか、鈴原も不良のマネ事してたの?」


「似てるけど違う。佐倉さん、私、なんでこんな時間にここにいるかわかる?」


「天体観測はウソというのはわかってたけど、本当のことはわかんないよ。私と違うのならなおさらね。」


「そうだよね。」

鈴原はそう言うとブランコに座った。私もその隣に座った。

そして鈴原は夜空を見上げながら言った。


「私、家出してきたの。」


今日聞いたセリフの中で一番おかしななセリフだった。


「おかしいよね。家出ってさ本の中だけの行動だろうし、この時代にあるかどうがもわかんないもんね。普通は引きこもりになっちゃうだろうから。」


だけど、と鈴原は付け加えてはっきりと、


「私は家出をしてきました。」

と繰り返した。







「私にはね、小学生の妹が二人いるの。親は父だけ。母は八年まえに交通事故で死んじゃった。父は私達が苦労しないようにと、一生懸命働いてくれている。今でもね。そんな父の姿を見て小さい頃の私は、心配かけないようにしなきゃと思ったのかな、勉強をし始めたの。それに加えて、妹達の世話もね。」


私は、今、淡々を喋っている鈴原をみて、どこが私と同じかがわかった様な気がした。



鈴原は喋り続ける。



「父に楽してもらうために勉強して、妹達に不自由なく過ごしてもらうために勉強して。今思うと、馬鹿みたいって思っちゃうんだ。」


私はその理由がなんとなくわかり、言ってみた。


「家族のためだけに勉強することが?それとも、自己犠牲?」


「どっちとも。妹達が卒園の時の夢を聞いてね、なにやってるんだろ?ってね。」


「でも、妹達を放っておくことが出来ず、また、習慣になった家族のため勉強を止めることが出来ず自分に嫌気をさして家出した、ってわけね。」


鈴原はこっちを向いて


「でも、妹達が気掛かりで戻っちゃうの。」


「どうして?」


「家出、一度だけじゃないの。たくさんしてきて、その度この公園でジッと時間が経つのを待って、すぐに家に戻る。たぶん、誰も家出したのを知らない。親は日付が変わった頃に帰ってくるし、妹達が寝てから家出してる。こういうところでも、妹達に気を使っている私が嫌い。私こそダメ人間なんだろうな。」


「………。」


「佐倉さん。私の愚痴、聞いてくれて、ありがと。」

そこで、鈴原はココアを開け、一気に飲んだ。なんとなく気が抜けた感じがする顔だった。


その時、私は何も言えなかった。

似ているようで似ていない。似ていないようで似ている私達の境遇。励ます言葉は言えるけど、助ける言葉は言えない。そんな私達だった。






帰り道、世間話をしてる中、私は本当の鈴原をしった。鈴原は明るくて、妹達の世話の話をするときの顔は、ホントに楽しそうだった。


「クラスに……さんっているでしょ?その人実は商店街でパン屋してるの。閉店間近に行くといつも売れ残りを貰えるから、妹達はしゃいじゃって早く行こうって言うの!そこで、私が『宿題やったらね。』って言ったらいつもするようになったの!カワイイよね〜。」

キット、本当の鈴原は妹達の世話をする鈴原でしょうね。そして、いつも楽しそうに妹達と話しているはず。鈴原は、自分が優しいことを知らないから、自分のことをダメ人間って思うんだろうな。優しくなければ小さい頃、妹達の世話をしようと思わないだろうし、こんなに楽しそうに話さない。

人間、自分が優しいって思っちゃダメだけど、鈴原は気付いた方がいいんじゃないかな。






佐倉さんって強い人なんだ。

私だったら、親の言う通りに勉強して、親の言う大学に行くだろうな。ほとんどの人はそうなるに違いないよ。だって普通、人間、努力したがらないよ。でも佐倉さんは努力の出来る強い人。早く、その強さで、裏の自分を、本当の自分にしてほしい。本当の佐倉さんの姿は不良なんかじゃない。自分は努力家ってことに気付いて欲しい。




そして別れ道


「今日のことって、傍らからみたら気持ち悪いでしょうね。」


「なんで?」


「今日の会話って本でしか有り得ない出来事じゃん。しかも、星空の下っていうナイスなシチュエーション。他の人に喋ったらキモイって言われるでしょうね。」


「言えてる!ダメ人間じゃなくて変人だね!」


私と鈴原は深夜にも関わらず笑った。


そして


「私、家出諦めて家に帰るね。もう日付変わってるからバレたかも。」


「それなら私も、不良諦めて家に帰ろうかな。こんなに遅いの初めてだから、私もバレたかも。」


だけど、と付け加えて私と鈴原は


「「また、するだろうけどね!」」


と笑顔で言った。




別れ際にもう一言。


「鈴原。鈴原は女の子だよ。私と違って!」

すると


「佐倉さん。佐倉さんは強い人間だよ!私と違って!」


と言ってきた。

なんでこんなことを言ったのか。別れて歩きながら考えいるた。

わかった時、振り返ってみると、鈴原はこっちに走って来ていた。

とびっきりの笑顔とコーヒー缶付きで。

読んで下さってありがとうございました。これは、よく小説やドラマにある『夜の語り合い』を題材にしました。

始めは、中学受験を控えた佐倉君(男)と、大学受験を控えた鈴原さん(女)の予定でしたが、接点が塾の中で話を進めていくと、佐倉君のお母さんが心配するということで変更しました。

境遇は、ほぼ同じでした。違うところは、出会い方と、飲み物を最初奢った方ぐらいです。今思えば、出会い方は本文より不自然でした。



さて、このあと佐倉さんと鈴原さんはどうなったのかは、ご想像にまかせます。

コーヒーを飲むのはなぜですか?

では

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― 新着の感想 ―
[一言] ボクが高校生だったときの友人にも、家出常習犯がいましたね〜。 そいつ、武田鉄矢と坂本龍馬を敬愛してて、日本の未来を憂いて、それで家出してたんだって……。 バカなやつだけど、いま考えると(自分…
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