今から付き合い始め?(健ver)
このまま、詩織の十九歳の誕生日から付き合い始めたように振る舞うのか?
付き合い始めのように?
何故か、それは気恥ずかしい。―――健が一年前から付き合っていると思っていたと知っている人間に囲まれているのだ。どんな態度を取ったらいいんだ。
休日、すんなり詩織のところには行けなくて、翔太の部屋に居座った。
「俺、今日はゲームしようと思ってたんだけど」
「気にするな」
翔太に会いに来たわけじゃないのだから。マジで構わないでほしい。
詩織の部屋に行こうか迷っているところで、ゲームをしながら、翔太が聞いてきた。
「おい、お前、詩織と付き合ってたの?」
十日前までなら、何を今更聞いてきたんだという問いだ。
だが、今のこの状態で聞かれるというのは、今の状態に気がついているのだ。
睨み付けても、翔太の面白がる表情は崩れない。
こういうとき、幼馴染は厄介だ。
普段にこやかにしている健が笑みを消して睨み付ければ、大抵の人間は口を閉ざす。
だが、翔太は健のその反応こそが面白いようでにやにやしている。
「いや……」
健は肩を落とした。
本気で翔太と喧嘩をできるほど、今は気力に満ちていない。
「付き合ってない……というか、付き合ってなかったらしいんだよ……」
ずぶずぶと自分が沈み込んでいっている感覚に、段々と声が小さくなった。
放っといてくれと全身で言いながら、その日は翔太の部屋の隅っこで膝を抱えていた。
本当なら、詩織の部屋に行きたかったのに。
そんな状態で二日間過ごした。
三日目、夕食においでと崎田家に呼ばれた。
気を遣われたのかなと思うが、「詩織を呼んできて」と崎田母に言われたのは、正直有難かった。
詩織と何かのきっかけで話さないと、このままでは健も元に戻れない。
気合いを入れて詩織の部屋に行くと、ドアは開け放たれて、何かを悩んでいる様子の詩織がいた。
スマホとメモを見ながら頭を抱える様子に嫌な予感がして、上から覗き込んだ。
そこには、電話番号であろう文字と名前。
「何それ?」
自分でも驚くほどイラついた声が出た。
しかも、詩織からは「関係ない!」とまで言われて、怒るよりも落ち込んだ。
「関係ないわけないだろう。何をいじけているんだ?」
落ち込んだおかげで、落ち着いた声が出せたから、よかったというべきだろうか。
「いじけてなんてないよ。出て行って!」
健がほっとしたというのに、詩織の方は尖った声のままだ。
「どうしたんだ」
顔を覗き込むようにして呼びかけると、大粒の涙を流しながら詩織が首を振る。
こっちも落ち込んでいたんだが、詩織は詩織で何かあったらしい。
年上として、自分のことは置いておいて、詩織の話を聞こうとしたら、思ってもいないことを言われた。
「健君、私と付き合ってるわけじゃないって言った!」
「―――は?」
それはお前だろう?
この一年、どういうつもりだった?
「告白、オッケーしてくれたと思ってたのに。やっ……やっぱり、付き合ってなかったんだ。私が勘違いしてっ………」
思考が到達する前に、手が動いた。
「―――痛いっ!」
両こぶしを詩織の眉間にめり込ませていた。
暴力反対だとか女の子に手を挙げるだななんてと、批判は後からいくらでも聞こう。
だけど、今はっ―――!
「俺の方が言いたいよっ!」
付き合ってなかったのかよ!勘違いしてたよ!
一緒に遊びに言っただろ?映画見て食事して、手をつないで街を歩いただろ!?
受験勉強の合間に夏休みだって遊びに行ったし、クリスマスも年末年始もバレンタインもそれなりに行事こなしたじゃないかよ!
クリスマスの、「家族みんなでパーティしよ?」と誘われた時、素直に二人きりがいいと言えばよかった!
受験が終わってから、日帰りだけど、遠出もした。
ただの幼馴染が、んなことするかあああああっ!!
「なんてこった……」
高校生相手だからと言って、全部我慢しようとしていたわけじゃない。
あんなこととかこんなこととか、いろいろしたかったし、キスくらいは全然いいだろうと思っていた。
だが、ああいう雰囲気って、相手が全くそんな気分じゃないと無理なんだなって思った。
「そんなつもりじゃなかったのに」と言いながらベッドインするのは、酔って前後不覚でない限り、そういう気分になったんだ。
部屋二人きりの勉強中。
全くそういう雰囲気にならなかった。
健はしようとしたことはあった。正直、何度も。
だけど、詩織が『何で近づいて来るのかな?』と明らかに思っている顔で健を見てくるのだ。
できなかった。
タイミングが取れなかったんだよ!
「え……えと、大好きだよ?」
詩織の焦ったような声が聞こえた。
顔を上げると、申し訳なさそうに眉が下がった顔があった。
「―――そいつはどうも」
ひどく、ぶっきらぼうに返事をした。
詩織の言葉は嬉しい。だが、今はその言葉に返せる精神状態ではない。
恥ずかしい。いたたまれない。―――だけど、このまま詩織と疎遠になる気はない。
「ごはんよー」
ちょっと長く話をしすぎたのだろう。崎田母の呼ぶ声がした。
「健君、呼ばれて―――」
詩織がまた無警戒に近づいて来るから、タイミングなんて見計らっている場合じゃないのだと思った。
軽く触れるだけのキスを、詩織の唇に落とした。
「―――ああ、そうだな。行くか」
真っ赤になったまま固まった詩織を残して、先に部屋から出た。
もう二度と、我慢はしない。