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どっちが勘違い?

「告白、オッケーしてくれたと思ってたのに」


詩織はもう泣きじゃくりながら健君を責め立てる言葉を紡ぐ。

「やっ……やっぱり、付き合ってなかったんだ。私が勘違いしてっ…―――痛いっ!」

突然、ゲンコツが落ちてきた。

今、詩織は切なさに涙していて。とても、シリアスな場面のはず。

なぜ今、ゲンコツを落とされなければならなかったのか。

驚きすぎて涙が引っ込んだ。

顔を上げると、頭を抱えてうずくまる健君がいた。

「俺の方が言いたいよっ!」

え、この状況で?何を?

頭を押さえて呆然とする詩織を睨み付けて、健君は叫んだ。


「付き合っていると思っていた彼女に告白された気持ちが分かるか!?」


……………?

はて?

「あいたたたたっ」

こてんと首を傾げたら、眉間に深い深い皺を作った健君に両側からこめかみを押さえつけられた。

ちょっと、か弱い女の子になんてことすんの!

さっきとは違う理由の涙が浮かんできたところで、頭が解放された。

「いいか、よく聞け」

「耳引っ張ったって、耳は良くならないよぅ!」

両耳たぶを引っ張られて、詩織は泣き声を上げる。なのに、健君の怒りの表情は全く治まらなかった。

「関係ない。ちょっとくらい痛い目見ろ」

伊織がここ二日間ほど怒っていたように、健君も静かに怒っていたらしい。しかも、詩織以上に。


「俺は、大学を卒業した時から詩織と付き合っている」


……………?

はて?

「あいたたたたっ」

さっきと同じことをされた。

何度もされたら、頭がひょうたん型になってしまうかもしれない。

「俺は、この一年間、詩織と付き合っているつもりでいたんだよ!」


―――なんと。

詩織は、大学を卒業した健君に告白を受けていたらしい。

「言っただろ?一緒にいようって」

………言われた、ような気がする。

だけど、きっとそれは幼馴染としてずっと仲良くしていこうと言われたのだと捉えたのだと思う。

「最初の頃は、俺が研修とかレポートで忙しかったけど、落ち着いてからは映画を見に行ったりデートしただろ?」

………あれ、デートだったのか。

遊びに連れて行ってくれているものだとばかり。

「夏休みは詩織、講習行くし、勉強で忙しいみたいだから、一緒に勉強しただろ」

いい家庭教師が付いたなあと。母もそんなことを言っていたし。

「クリスマスも正月も一緒に過ごしたじゃないか」

クリスマスは両家族でパーティをした。「まあしょうがないよな」とため息を吐かれた気がする。

正月は、一緒に初詣でに行った。……純粋に合格祈願をしに。

「バレンタインだって」

チョコレートをあげるのは毎年同じだ。でもそれだけで、あとは勉強をしていた。

「勉強が終わってからは、遠出もしたじゃないか」

合格祝いかと思っていた。


だらだらと冷や汗が流れてくる詩織と反対に、健君はあきらめの境地に突入していった。

「なんてこった……」

両手をついて項垂れる彼に、詩織はどうしたらいいのだろうとアタフタする。

さっきまでの詩織と同じ悩みを抱えるのだ。何か言葉をかけないと……詩織は何て言って欲しかったっけ?

一年間も付き合っていることに気が付かなかった詩織が……何を言ってもダメな気がした。

顔を突き合わせて、健君は深いため息を吐いた。

「高校生相手に我慢していたオレは馬鹿じゃないのか」

小さな声で呟かれたけれど、何と返答していいのか分からない。

だって気がついてなかったもの。そんな時に何かされても、「健君がご乱心」としか思わなかったかもしれない。

「え……えと、大好きだよ?」

とりあえず、甘い言葉でも囁いてみようと語彙の少ない中で出てきた言葉は、あまりにありふれていた。

健君は、詩織をちらりと見て、


「―――そいつはどうも」


ふんっと鼻を鳴らしながら返事をした。

その時、「ごはんよー」と母の声がした。

健君の機嫌が悪いのは嫌だけれど、ここでずっと話をしているわけにもいかない。

「健君、呼ばれて―――」


「―――ああ、そうだな。行くか」

真っ赤になってしまった詩織を一人置いて、健君は立ち上がる。

口を押えて涙ぐむほど赤くなった詩織を振り返って、健君は意地悪気に微笑む。

「付き合ってるって、実感したかったんだろ?」

そう言い捨てて、固まった詩織を置いて、健君は部屋から出て行った。


―――かすかに触れた唇の感触だけを残して。


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