第8話「善道VS.ミレイユ③」
善道はアリーヌを助けるために昨日、ミレイユの取り巻きたちに連れて来られた開拓地までやって来た。
「オッス、野郎共」
善道がニコニコと手を振りながらやってくる。
「来やがったな新入り」
「散々俺らを嘗めてくれたじゃねぇか」
「ぶちのめしてやっから覚悟しな」
そこにはミレイユの部下らが立ち並んでいた。昨日、最初に善道に殴られたクレマンという人物が抜けたため、四人となっていた。
「ほう、ぶちのめす? お前らが、俺を? 笑っちゃうぜ。学習能力のねぇ野郎共だな。何回やられりゃ気が済むんだよ? それにずいぶん数減ったんじゃねぇの? 四人しかいねぇぞ」
善道はがに股で手をズボンのポケットに入れて余裕を見せている。
「状況が分かってねぇ様だな。見ての通り、ここにあの女はいない」
「いいか、俺らに手を出せば仲間が何すっか分かんねぇぞ?」
「ハッタリだろ?」
「さあ? どうかな。俺らはただお前をぶん殴れればそれでいいんだ」
「昨日散々殴っただろうが」
「ミレイユ様に邪魔されちゃったからな。まだ殴りたんぇんだよ」
「そのミレイユ様に言いつけちゃうぞ?」
「今日ミレイユ様は一人でクエストに行っている。しばらくは戻って来ない」
「さあ覚悟しろよ新入り」
「……好きにしな」
善道はポケットから手を出した。
「上等だゴラアァ!!」
「スーパーカウンター!!」
「ぐふッ?!」
『好きにしな』と言っておきながら向かって来る男をぶん殴った。男はお決まりの如く数メートル後方に吹き飛んだ。
「この野郎! こっちには人質がいんだ―――!!」
「聞こえねぇ!!」
一人、また一人と殴り倒していく善道。
「ほぉらほら、丸焼きにしちゃうぞ~?」
「かっ、勘弁してくれ~……!」
「―――やめなさい」
「おお! ミレイユ様!」「ミレイユ様!」「ミレイユ様!」「ミレイユ様!」
「善道ちゃん! あたしに構わず逃げて!」
「ミレイユ、お前クエストに行ってんじゃあ……」
現れたのはミレイユ。そしてその横には口をふさがれ、手足を縛られているアリーヌがいた。しかもかなり苦しそうだ。頬には切り傷もある。
「こんなことだろうと思って、矢に毒を塗っておいたの。少量でも人を殺すことができるわ。助けるにはこの解毒剤を飲ませるしかない」
「ミレイユ、お前昨日は俺を助けてくれたじゃねぇか」
「はあ? バカ言わないで。あれは今日この瞬間のための演技よ。そうでもしなきゃ、アンタをまたここに呼び出すことができないでしょ?」
「どうしてこんな、手間のかかるやり方をするんですか?」
コレットがミレイユに尋ねた。
「どうして? 復讐ってのは早く終わっちゃってもつまんないし、この二人を同時に絶望させたかったから、とでも言っておきましょうか」
「はは、止せよ。アリーヌが死ねば、あんた牢獄行きだぜ?」
「大丈夫よ。今朝アタシが申し込んだクエストに、アタシ、アリーヌ、善道、コレットの四人がクエストに行ったことにしておいたわ。それもランクBのね。そしてクエストに失敗、アタシ以外の三人は生還できませんでした」
「ケッ、そう言うシナリオかよ」
「解毒剤はここに一本だけ。アンタがギルドを去ると約束し、土下座でもすれば、渡してやってもいい―――」
「ヤダ」
「そう、なら早く土下座を……って、今『ヤダ』って言った?」
「ウン。言った」
「ちょ、ちょっと、それじゃあこの女死んじゃうわよ?」
「何で俺がそんな女のために土下座なんかせにゃならんのよ? 5000万ヴァル貰ったってやるもんかよ」
(なっ、何なのこの男? まったく考えが読めないわ。いいやダメよ。こいつのペースに飲まれたら負けだわ)
「そう、ならアンタはここで死ぬしかなさそうね(ちょっと、ホントに殺しちゃうわよ?)」
「善道ちゃん……」
アリーヌは悲しそうな表情で善道を見つめる。
「ま、茶番はここまでだな。もう出てきてもいいぜマスター」
―――マッ、マスターだと?!
その場にいる全員が驚いた。
「―――ミレイユ、バカな事をしたわね」
「ま、マスターマリー。どうしてここに?」
「善道くんからミレイユとその取り巻きが悪い事をしていると聞いてね。さっきまでのやり取り、全部見させてもらったわ」
「そっ、そんな……。ダメだ、マスターに見られたんじゃ、この作戦は失敗だ」
取り巻きの一人が弱々しい声で言った。
「何言ってるのよ。違うわよ、これは、訓練なんのよ。冒険者をしていれば、こういう状況にならないとも限らないもの」
「それはそうね。でもねミレイユ、私はそんな言い訳をする冒険者をギルドに置いておくわけにはいかないわ」
「本当です! アタシ、嘘なんかついてま―――」
「……」
「―――ヒッ!!」
マリーの鋭い眼光がミレイユを捕える。ミレイユの今の状況は、まるで蛇に睨まれた蛙の様だ。体は小刻みに震え、冷や汗をかいている。
「アンタ……騙されたふりをして、騙してたのね?」
「最初お前に会ったときからずっと警戒してたんだよ。女ってのは一度復讐に燃えたら恐ろしいからな」
ちなみにこの作戦はコレットと二人で仕組んでいた。他は誰も知らない。
「善道ちゃん……」
アリーヌはまだ少し頭が混乱しているようだ。
「悪かったなアリーヌ。お前を騙す結果になっちまって。でもよ、敵を騙すにはまず見方からって言うだろ?」
「……そんな……じゃあアタシは、ずっと……」
ミレイユは力を吸われたかのようにグラッと腰を落とした。
「おっと、大丈夫かアリーヌ」
「ぜ、善道ちゃん、ありがとう……」
「解毒剤です」
コレットがミレイユの持っているポーションを奪い取り、アリーヌに手渡した。
「あなた達の処分はいずれ日を改めて……」
「アタシ……そんなつもりじゃ……ごめんなさぁい……」
ミレイユは顔を両手で押さえて泣き始めた。
「ミレイユ」
そこに善道が歩み寄る。
「あ、お願い……許し―――」
パチン。静かに響いたその音の正体は……。
「ぜ、善道さん! 何してるんですか?!」
善道がミレイユの右頬を叩いた。もちろんグーではなくパーで軽くだが、それでも少し赤くなっている。
「お前のその傷は時間が経てば治るだろうがよ、アリーヌの心についた傷は、一生治らねぇかもしれねぇんだぜ」
「―――ッ!!」
その言葉に、ミレイユの心の奥にあった何かが弾けた。
「いいか、二度とアリーヌの手を出すんじゃねぇぞ」
「……あ、アリーヌ……本当に、ごめんなさい……」
ミレイユは解毒剤が聞いて顔色がよくなったアリーヌに対して頭を下げて謝った。
「いいのよ、もう。でも一つだけお願い」
「な、なに?」
「今日からあたしと、お友達になって」
「えっ……」
「友達になってほしいの」
「……う、うん」
ミレイユは泣きながら喜んだ。さきほど流した涙とはまるで違う、美しい友情の涙であった。
「―――で、お前らは昨日俺を散々殴ってくれたよなぁ?」
くるっと向きを変えて取り巻き四人を睨む。
「ヒイィッ!!」
「覚悟しろよ……テメェらは100倍にして返してやっからよぉ……男なら遠慮なんかしなくていいからよおぉ……ッ!!」
「かっ、勘弁してく―――ぎっ、ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!!!」
ミレイユの取り巻き約四名。一か月の入院コースへ。もちろんポーションは使わせない。
そしてこの事件の全貌は翌日の新聞の一面を飾り、善道の名はパルナス中に知れ渡ることとなった。
「善道さん、最初からこれを狙ってたんじゃ……」
「ん、何のことかね?」