第3話「転生者③」
「今、ミレイユ様を殴ったな?」
「えっ、ちょっと触っただけで……」
「殴っただろ?! 俺たちゃちゃんと見てたぜ! なあ?!」
「おう、確かに殴ったな」
「女を殴るなんて最低な野郎だな」
とんだ言いがかりであった。
「やめてっ! この人には手を出さないで!」
「はあ? 何言ってんの? コイツはアタシを殴ったのよ。男のくせに女に手を上げたのよ? このままお咎めなしって言うのはさすがに甘いわよ」
「この人たちは記憶を失っていて、右も左もわからないのに、こんな大きな人たちに囲まれて、悪いのはあたしです! お金なら払いますから、見逃してください!」
(アリーヌさん、なんていい人なんでしょう。さっき会ったばかりのあたしたちをそこまでして助けてくれるなんて。神様がこんな人ばかり(・・・・・・・・・)だったらいいんですが……)
「ダメよ。これはもうお金の問題じゃないの。アタシに手を上げた罰を与えなくちゃね。アンタたち、フクロにしちまいな」
「ちょっ、ちょっと、やめてください! お金なら払いますから!」
「うるせえぇ!!」
六人の男の一人が、静止しようと近づいてきたアリーヌを殴り飛ばした。
「きゃッ!!」
「これはもう金の問題じゃねぇって言ってんだろ! こいつはミレイユ様を殴った! その制裁を受けるべきなんだよ!」
「おっ、お願い、します……やめて、ください」
殴られてもなおアリーヌは男を静止し続けようとする。
「へへっ、というわけだ兄ちゃん。当然の報いだからな。まぁ俺はミレイユ様より残酷じゃねぇから、出した金の額によっちゃあ加減してやってもいいぜ」
ひとりがより善道に近づく。
「金目の物でもいいですか?」
そう言って善道はポケットの中で手をゴソゴソと動かす。
「おう、何だ?」
それに興味を示したのか、男は善道の腕が届く位置まで近づいてきた。そして善道のポケットに顔を近づけた次の刹那、顔面全体に激痛が走った。
「―――うッ!!!!」
善道はポケットから物を取り出すふりをして、男の顔面に拳をめり込ませた。その勢いで、男は数メートル先に吹き飛んだ。
「―――なッ?!」
残りの五人も驚いたが、ギルド内でその光景を見ていた全員が仰天した。
「テメェ何考えてんだ?! こっちは六人いんだぞ!!」
「五人だろ?」
「えっ?」
そう言われて、吹き飛んだ仲間に駆け寄ると、鼻や口から流して気絶していた。口はポカンと開いたままだ。
「ウソだろ? 一撃?」
「この野郎……卑怯な手ぇ使いやがって! もう構わねぇ! タコ殴りにしちまいな!!」
『うをおおおおおぉぉぉッ!!!!』
大の男五人が、一斉に善道に殴りかかってきた。しかし、まったく動揺を見せない善道。次の刹那、善道の体から真っ赤な炎が舞い上がった。
「うをッ! 何だこりゃ?!」
善道も驚いたが、飛び掛かった男たちはもっと驚いた。
「ぐわあああッ!!」
熱風で五人とも何十メートルも先に吹き飛ばされてしまった。並べられている机に衝突する者や、この光景を見ていた人とぶつかる者もいた。閲覧者にも迷惑だが、善道はそんな細かい事を気にする性格ではなかった。
「あれ、熱くねぇ」
「それは善道さんの能力ですね」
「俺の、能力?」
「はい。人にはそれぞれ、自分に合った能力が覚醒するようになっています。その覚醒する瞬間は人それぞれですけど、今の善道さんの場合は、アリーヌさんを守りたいと強く思ったため、能力が覚醒したんです」
「おっ、俺はべつにこいつを守りたいだなんて……!」
少し顔を赤くする善道。
「善道さん、能力が覚醒するのはとても良い事なんです。冒険者になっても一生覚醒しない人だっているんですよ」
「そうか。つまり俺は天才だということか」
「まぁそうとっていただいて結構です」
「よし、この能力をバーニングハートと名付けよう」
「―――何をやっているの? 人間一人叩くのに騒がしい……えっ?」
奥の部屋に行って休んでいたミレイユが騒ぎを聞いて戻って来ると、そこには彼女の想像を絶する光景が広がっていた。
「ちょっと、どういうことよ? 何でアタシの男どもが倒れて、アンタの男がピンピンしてるのよ?! それにこの炎は……?!」
ミレイユはすでに冷静さを失っていた。
「―――ひッ?!」
善道に睨まれたミレイユは、思わずか弱い悲鳴をあげて、後ずさりをしてしまった。
「おっ、覚えてなさいよアリーヌ! アタシにっ、こんなっ、屈辱をっ! 絶対に許さない!!」
そう言い残して、ミレイユは去って行った。
「おい、大丈夫かよ?」
善道は床に倒れ込んでいるアリーヌに手を差し伸べた。
「あ、ありがとう。あたしが助ける立場なのに、逆に助けられちゃって」
「女がそんなこと気にしてんじゃねぇ」
とりあえず一件落着と言ったところだろうか。
「―――ちょっと留守にしている間に、一体何の騒ぎ?」
続いてまた新たに善道たちに近づく人物がいた。
「あ、マスター」
「アリーヌ? これは一体どういう事?」
マスターと呼ばれたその人物は金髪の女性。マスターと言うことは、このギルドの頭なのだろうか。
「この方たちが、ギルドに入りたいと」
「……あなたね、これをやったのは」
「……何だよ? 弁償ならしねぇぞ」
あくまで強気な態度。
「いいわよ。どうやらこちらが迷惑かけたようだから」
「そうだ。むしろ迷惑料をもらいたいぐらいだ」
いちいち面倒くさい善道。
「六人全員を一人でやっつけたの?」
「そうだ」
「この六人は一人を除いて全員レベル1なのよ。あなたのレベルはいくつ?」
「俺のレベルは……『100』だ」
その言葉を聞いて、マスターがクスクスと笑う。それに続いてギルド内が笑いの渦に飲み込まれる。
「フフ……なるほど。では正式に入れてあげるから、契約書を書いてちょうだい」
「おう」
そう言って、マスターは善道を奥の書斎に連れて行った。書斎の壁には多くの本が並べられていたが、広さは六畳ほど。部屋の真ん中に木で造られた引き出し付の机と椅子が一脚ずつ置かれているだけのシンプルな部屋だった。
「これに書きゃいいんだな」
羽のペンを渡され、インクに浸して書き始める。不思議と何の躊躇もなく一連の流れを終えられた。これもきっとコレットの能力なのであろう。
「書けたぜ」
「善道くんね。これからよろしく。私はマリー=テレーズ・シムノン」
マリーが紙を受け取ると、本棚から一冊の本がひとりでにやってきて、善道の情報が書かれた紙と融合してしまった。本の最終ページの、善道の顔と情報が現れた。
「くっついちまった」
「すごい魔法ですね」
「ありがとう妖精さん。あなたのお名前は?」
「コレットです」
「それじゃあ、善道くんとコレットちゃんのお世話係は、アリーヌ、あなたに任せてもいいかしら?」
「あ、はい」
「じゃ、あとはよろしくね」
そう言って、マリーは書斎から退室した。
「何だよ、もう行っちまうのか?」
「マスターは忙しい方ですから」
「それにしても、強そうなババアだったな」
「強いと思います。それに善道さん、女性に対して失礼ですよ。でもまぁ、マスターともなればそんなに若い人が居ないのも事実ですけど」
「確か、マスターの年齢は39……だったような」
「ええ?! 全然そんな風には見えませんでした!」
驚きのあまりコレットは目を限界まで開眼させる。
「ンな事よりこれからどうすんだ? すること無くなっちまったぞ」
「善道さん、宿を探すのを忘れてますよ」
「それなら大丈夫よ。ギルドメンバー専用の宿があるから。確か、あたしの隣の部屋が空いてたはずだから、そこへ案内するわね」
「何から何までありがとうございますアリーヌさん。このお礼はいつか必ずいたします」
「そんな、いいのよ。気にしないで」
「それじゃあ早速行こうぜ」
と、言って善道が書斎のドアノブに手を掛けると、再びアリーヌが口を開いた。
「あの……」
「あん?」
善道はドアノブに手を掛けたまま振り向く。
「すでに察していると思うけど……あたし、このギルドでは孤立しているの。パーティも組めずに、ミレイユたちには虐められ、他の人からも相手にされない。そんな弱い女なの」
「そんなことねぇと思うぜ。おめぇは強ぇよ」
「でもっ、幻滅したわよね。あたしみたいなのと一緒にいると、お二人まで虐められちゃうわ。だから……」
「―――俺もよぉ、ガキの頃はおめぇと同じように虐められてたんだぜ」
善道が突然、自分の過去を話し始めた。その衝撃の告白に、アリーヌだけでなく、コレットも驚いている様子だった。