第2話「転生者②」
「―――そこの人、大丈夫?」
腹が減って動けなくなり、枯葉の上に大の字で寝ていると、足元から女性の声が聞こえてきた。
「コレット?」
「違います」
足音が普通の人間のものだ。こちらへ近づいてくる。特に恐怖心もないので、格好つけて手を使わずに起き上がってみる。
「……よっ、と」
すると目の前には綺麗な青い瞳に金髪と言った、いわゆる西洋美女が立っていた。しかも善道の目の前にその人物の唇があった。あと数ミリで触れてしまいそうなほど近かった。
「きゃあああああぁぁぁッ!!」
悲鳴をあげ、善道の右頬にビンタをあびせる。
「ほっ?!」
あまりの衝撃に善道の頭は寺の鐘の様のぶおぉんと振動した。
「―――あっ、すいません! びっくりして、つい……」
「ったくイッテェなぁ……こ……」
まだ微かに頭が振動している。
「あ、あの……本当にすいませんでした」
「……こ、こっ、こっ、こっ……」
突如始まるニワトリ・ボイス・パーカッション。
「どうしたんです善道さん? 叩かれてニワトリになっちゃったんですか?」
(こいつはマビイイイィ―――ッ!!!!)
「あ、あの……本当に大丈夫ですか?」
「えっ? なんです?」
「お、おかしくなってしまったのでしたら、あ、謝ります。すいませんでした」
「善道さん、さっきから謝ってるので、許してあげたらどうですか?」
(ちょっと待て、これじゃあ俺がこの子を虐めてるみてぇじゃねぇか)
「いや、いいんだ。俺もボ~としてたからね。お互い様だね」
決して自分だけが悪いわけじゃないと言いたいらしい。
「さあコレット、行こうか」
「はい」
しかし善道の幸福は満たされても、空腹は満たされていなかった。
ぐうぅ~……。
善道の腹部からみっともない音が流れる。
「あ、もしよかったら、あたしの昼食、サンドイッチがあるので―――」
女性がサンドイッチを出した途端、善道はサルのように素早く奪い取り、木に登り、誰にも取られないようにサンドイッチを自分の身体で囲みながらムシャムシャと食べ始めた。
「あっ、ズルいです善道さん! 私にも分けてください!」
そう言ってコレットが善道に近づくと、10個ほどあったサンドイッチが残り一つになっていた。
「うっ、一瞬で9個も食べたんですね」
「ぷはあぁ……オメェはチビなんだから一欠けらで充分だろ?」
「私だって人並みには食べるんですよ。飛ぶのってすごいカロリーを消費するんです」
二人のやり取りを下で見ていた女性がクスッと笑った。
「ごめんなさい。残り一個しかないんです」
「あ、いいのよ。あたしは大丈夫だから、妖精さん食べてください」
「すいません。それでは、遠慮なく」
コレットも我慢できなかったのか、残りの一個をムシャムシャと食べ始めた。しかしいくらサンドイッチ一個と言えど、それが明らかにコレットの体に入りきる量ではない。
「オメェどこに入ってんだ?」
「あたしの胃袋はブラックホールなのです」
「ふぅ。ごちそうさまでした……えぇっと……」
「あたしはアリーヌ。帝都パスナスで冒険者をやっているわ」
「パルナスで冒険者……善道さんラッキーですよ!」
「あ?」
コレットは善道を連れて岩陰に隠れた。
(なっ、何だよ?)
(善道さんはこれから記憶喪失ということにしてください)
(何でだよ?)
(地球から転生しましたと正直に言ったところで誰も信じてくれませんよ)
(おう、そりゃそうだな)
(ですからこのままパルナスに連れてってもらって、あわよくばギルドに入れてもらって職を得ましょうよ)
(お前結構ズル賢いな)
(生きていくためです。もう少しだけ彼女のお世話になりましょう)
(お、おお……)
「どうしたの?」
「あ、ああ何でもありません。そうだ、自己紹介が遅れました。私はコレット。こっちの悪そうなのは善道っていう流れ者です。旅の途中、事故に遭って二人とも記憶を無くしちゃったんです。それで三日間も飲まず食わずで、森を彷徨っていました。しかしあなたに救われました」
「そうだったの。大変だったのね。もしよろかったら、パルナスまで案内しましょうか?」
「本当ですか? あ、でもご迷惑では……」
「何言ってんだ? さっき話し合いでもう少し世話になるって―――」
ゴン。という音をたてて、善道の頭上に石が落ちてくる。
「いってぇ!」
「実はあたしたち職も探していまして」
「ではあたしが所属している冒険者ギルド『ルディエ・シムノン』に入れるかどうかマスターに掛け合ってみます」
「はい、よろしくお願いします」
女子二人の話し合いは終了した。
「うぐっ、うぐっ……」
その横で善道は口の中に大量の小石を入れられ苦しんでいた。
その後コレットによって石を除去した善道は、アリーヌに連れられ、帝都パルナスまでやって来た。
パルナスを一言でいうとまさにテレビとかでよく見るヨーロッパな風景だった。建物は石像が多く、道には花が飾られ小さいながらも川が流れている。ゴミ一つ落ちていない。人はいろんな人種がいる。人間、エルフ、ドワーフ。見るものすべてが初めてであるため心臓の動悸が止まらない。
「すげぇぞコレット! まさにヨーロピアンだ!」
「分かりましたから少し静かにしてください。善道さんの服装はただでさえ目立つんですから」
そう言われて大人しくなる善道ではない。
「ここがあたしの所属するギルド、ルディエ・シムノンです」
「ほう……ここが」
大きくそびえ立つまるで教会の様だった。扉のすぐ上に取り付けてある看板には確かにルディエ・シムノンと書かれていた。当然日本語でも英語でもアラビア語でもない。
「さあ、入ってください」
アリーヌに案内されるがまま足を進める善道。コレットも少し後ろから続く。
外見は教会のようだが、中の雰囲気はまるっきり違っていて、居酒屋のようにガヤガヤと話し声が聞こえてくる。
「おい、見ろよ、アリーヌだぜ」
「知らない顔を連れているな」
「不思議な格好をしているぞ」
「男の後ろにいるのは妖精か?」
少しならちゃんと言葉も聞こえてくる。特にムカつくこともない……というよりこの目立つ状況は善道にとっては最高の瞬間であった。
「―――あぁら、アリーヌじゃない」
「あ、ミレイユ……」
(おっ、こいつも結構マブい……)
と、善道一行の前に現れたのは耳の尖った茶髪の女。おそらくエルフであろうということは善道にも分かった。
「あなたってホント脳がないっていうか……アタシのことは『さん』付けで呼びなさいっていつも言ってるでしょ? アンタよりも先輩なんだからね」
「ごめんなさい」
アリーヌは軽く会釈をする。
「ところで、そちらの妖精と人間は?」
「こちらは善道さんにコレットさん。実は善道さんは記憶を無くしていて、職もないからこのギルドで働かせてあげようと思って……」
「ふ~ん……アンタってお人よし何だかバカ何だか……そんなことして、アンタにメリットなんてあるの?」
(何だこの女? やたら絡んでくるな)
「メリットとかそう言うのじゃなくて、困っているみたいだから助けてあげようと……」
「あっそ。あ、そうだ。これアンタに借りてた本。つまんないから返すわ」
「あ、うん……あ、あの……これ」
「ああ。ごめんなさぁい。紅茶をこぼしちゃったの」
「あ、大切な、本だから大切にしてねって……」
「何? アタシが悪いっていうの? そりゃ紅茶をこぼしたのはアタシよ。だからってアタシだけ悪いってわけじゃないでしょ? アンタがそんな大事な本なら最初から人になんて貸さなきゃよかったのよ」
「でもっ、ミレイユ……さんが、そんなに面白いなら自分にも読ませてって……」
「ちょっとなんなの? 弁償しろって言いたい訳?」
何やら会話が思わぬ方向へと進んでしまっているようだ。
「べつにそうじゃなくて、ただ……その……」
「何なのもう! イライラするわね! 大体アンタがそんなつまんない本貸すから、時間まで損しちゃったじゃない。本なんか読んでる暇があったら、買い物でもしてればよかったわ……謝って」
「え?」
「早く謝ってよ。アタシの時間を無駄にしたことを謝りなさいよ」
「あ……え、えっと……その……」
アリーヌとミレイユのやり取りを見て、周りにいる人たちもクスクスと笑っている。
(……どう見てもアリーヌさん困ってますね)
(ああ)
(『ああ』って、それだけですか? 助けてあげましょうよ)
(何で俺がそんな事しねぇといけねぇんだよ? これはあっちの問題であって、俺たちには関係ないぜ。大体こいつ助けて俺になんかメリットあんのかよ?)
善道とミレイユは同じタイプの様だ。
(損得で動く人間にはならないでください。それにアリーヌさんには一度助けられていますし、今度はあたしたちがアリーヌさんを助ける番です)
(でもよ、相手は女だぜ。殴るわけにはいけねぇし……そもそも女ってのは苦手で……)
(いいから行ってください。良い事した方が天国へ行けますよ)
(わっ、わーったよ)
天国という言葉を出されて、渋々承諾するのだった。
「―――ねぇ、いつまで黙ってるつもり? うつむいてちゃ分からないでしょ!」
モレイユがアリーヌの右頬にビンタした。
「姉ちゃんその辺にしときな」
「何よアンタ? アンタには関係ないでしょ?」
「謝ってほしいからって何も手ぇ出すことねぇだろ」
「この女がさっさと謝らないからよ。イライラするのよこの子を見てると」
「いいから、ちょっと下がれって」
と、言って、善道がミレイユの手を掴んだ瞬間。
「―――おっと待ちな」
「へ?」
ミレイユの後ろから筋肉の引き締まったゴツイ男が六人も現れた。