第1話「転生者①」
『―――う……りょう……善道良……目を覚まして良……』
善道の頭の中に、女性の声が響いた。
「―――……?」
ゆっくり目を開けると、なにやらいつもと部屋の雰囲気が違った。窓から入ってくるうっとうしい朝日がない。
「……ふあぁ……」
とりあえずあくびをして伸びをする。
「くかあぁ……―――」
そして二度寝。
『……。…………。………………起きてってばッ!!』
「―――うわッ?!」
驚きのあまり飛び起きた。
「……あ、あぁ……どこだ、ここ?」
目の前に広がるのは何にもない真っ白な空間だった。空間と呼んでいいのか、それすらわからないほど真っ白だった。
『ようやく目を覚ましたのね』
まただ、あの夢の中で聞こえた女性の声が聞こえてくる。どこだ、どこから聞こえてくるんだ。上下左右、どこからも聞こえてくるぞ。壁はないはずなのに、反響しているわけでもないのに。
「な、何者だテメェ?! どこに隠れていやがる?! 俺をおちょくってんのか?!」
『あなたはね、たった今死んだのよ』
「……何言ってやがる? 俺は今こうして生きてるし、お前とも話してんじゃねぇか」
『思い出させてあげるわ。あなたがどうやって死んだのか……―――』
「うっ、うぅ……―――」
―――時は少々さかのぼり、2時間ほど前。
「かっ、勘弁してくれ……ッ!」
40代後半ぐらいのサラリーマン風の男性が赤髪の少年の前で腰を抜かしている。
「ちょっくらよぉ、お小遣いくれっつってんだよ。何度も言わすんじゃねぇよ」
「は、はい……」
サラリーマンは男に自ら黒い長財布を渡す。
「最初から素直に出しときゃ余計な傷増やさんで済んだんだぜ。ひぃ、ふぅ、みぃ……何だよ、10万も持ってんじゃねぇか。パチか馬で当たったんかよ?」
「―――コラァ貴様か!! 少年が恐喝しているというのは!!」
しかし一人の警察に見つかってしまった。
「―――チッ!」
慌てて逃げるが、財布はしっかりポケットにしまう。後で指紋を取られては困ると思ったのだろう。
「待て貴様アァ!!」
「クソッ、しつこい野郎だぜ」
赤髪の少年は意地でも捕まるわけにはいかないと、必死で走り続けた。しかし交差点を左に曲がろうとした次の刹那。
「―――うッ?!」
突如軽トラックが猛スピードで向かって来た。ここの道は特別狭くないが、普段から交通量は多くないと油断していた。
「うわあああああぁぁぁッ?!」
トラックを運転していた50代後半の男性もまた、煙草を吸いながらラジオを聞き、いつも通る優先道路だからと40キロの規則を破り、60キロで走行していた。
「危ない―――ッ!!」
警察がそう叫んだ時にはすでに遅かった。トラックと少年の衝突音は、まるでダイナマイトを爆発させたかのように激しい音を奏でた。
「―――……う、うっ、うわあああああぁぁぁッ!!!!」
『どう、思い出したかしら? 自分がどうやって死んだのかを』
「あああああぁぁぁッ!!」
善道の身体中の皮膚が裂け、血が流れ出す。
「てっ、テメェ……一体、何者だ?」
『神様、とでも言っておきましょうか。そしてこの場所はあの世とこの世の境目。あなたの命は経った今終わり、あの世へ行くのよ』
「ふっ、ふざけんな。俺まだ、死ぬわけにはいかねぇンだよ……」
『あの世と言っても、そこは人間が地獄と呼ぶ場所。あなたは生前に罪を犯し過ぎたのよ。まだ二十歳に満たない少年が地獄に行くことはだいぶ減ったけど、すべてじゃない』
神様は話を続ける。しかし善道が次に発した言葉に絶句した。
「俺はまだ童貞なんだよおおおおおぉぉぉッ!!!!」
『……。…………。………………』
「……つぅわけだ、死ぬわけにはいかん。何ならアンタ、一発やらせてくんない?」
『……無礼な―――ッ!!』
「あばばばばばッ!!」
突如雷が善道の頭上に落下した。
「雷落とすことねぇだろ……」
『でも一つだけ地獄行きを回避する方法があるわ』
「マジか?!」
『ええ。それは、ディファモンドという世界に行って善良な行いをすること』
「……それだけか?」
『それだけよ。簡単でしょ? 難しい事なんて一切ない。普通の人間から思えばね』
「けっ、人を悪魔みたいに言いやがって。大体その世界に行ったところでここでの記憶はなくなるだろうが」
『大丈夫よ、その姿のまま転生させてあげるわ。そこで一生を終えた時、天国に行くにふさわしいか、見極めさせてもらうわ。天国なら童貞も卒業できるんじゃない(テキトー)?』
「ほう……いいぜ。それでオーケーだ」
『決まったわね。目が覚めたら、コレットという私の使いがいるから、彼女にいろいろ聞くといいわ。それじゃ、健闘を祈るわね―――』
徐々に神様の声が遠のき、意識が薄れていく―――。
―――起きてください。
まただ。声が聞こえる。頭の中に直接話しかけてくる。
「―――……ん……うぅ……」
善道良は目覚める。少し頭が痛み、右手でデコを抑える。
「……ここは、どこだ?」
辺りを見渡す。どうやら森の中にいるということは理解できた。そして時刻は正午ぐらい。頭上から木の葉の間をすり抜けて太陽の光が射し込んでいる。結構明るい。
「ああ、そうか。俺は死んで、神様に転生してもらったんだっけな」
不思議な話だか、どうやら本当のことのようだ。頬をつねってもちゃんと痛みを感じる。
「……何だこりゃ?」
状況が理解できると、今度は自分の両腕に篭手のようなものが装着されていることに気がついた。
「―――それはアスタロトの篭手。神様があなたに合いそうだと言って、授けてくれたんですよ」
「……あ?」
声がした方を向くと、そこにはちょうど人が腰をかけられるくらいの岩があって、そこに羽の生えた小さい人、いわゆる小人という奴が座っていた。
「何だオメェ?」
「あたしはコレット。神様の使いで、善道さん一人では何かと不便だろうから、いろいろ手助けするために使わされたんです。神様の力も少しだけ使えるんですよ」
コレットは善道の周りを飛び回る。
「虫に助けられなくたって生きていけるわい」
「虫じゃありません! 妖精です!」
「俺よりちいせぇヤツはみんな猿か虫なんだよ」
「そうですかっ」
コレットはふてくされてしまった。
「良い事しろとか言ってたな。こんな所に放り出して、良い事も何も出来ねぇじゃねぇか」
「この近くに町があるはずなので、とりあえずそこに向かいましょう」
「そうだな……あ、その前によぉ」
「なんです?」
「この世界……なんだっけ? ディファモンド? について教えてくれねぇか?」
「はい!」
善道の方から頼み込んできたことで喜んだのか、仕事らしいことができるからなのか、コレットは張り切って話し始めた。
「この世界はディファモンドと呼ばれています。星自体の大きさは地球の約2倍です。今私たちがいるのは『フランエール大陸』です。大きさはヨーロッパと同じくらいです」
「何でヨーロッパ知ってんだ?」
「神様の使いだからです」
理由になっていないが、ここはあえて指摘しないことにした。
「たぶんフランテール大陸からはほとんど出ないと思いますので、それ以外の大陸の話は省きますね。お金は『VAL』というモノを使います。1ヴァル1円です。種類ですが、硬貨もお札も日本円と同じです。1ヴァルから1万ヴァルまであります。これは全世界ほぼ共通です」
「金が日本円と同じとは、分かりやすいな。どうぞ続けて」
「はい。種族は人間だけでなく、エルフやドワーフと言った空想種族も数多くいます。あまり驚いたり興奮しないでくださいね。変な目で見られますから」
「俺を誰だと思ってる? 善道様だぞ」
これも驚かない理由にはなっていない。
「地球と同じ動物や虫はいませんが、似たようなのはいます。植物も基本そうですが、野菜や果物は地球とほぼ同じです。ですからお腹を下す心配はありません」
「俺はいざとなれば泥も食えるぜ」
「そうならないようにしましょうね」
「お金を稼ぐ方法はたくさんありますが、善道さんの場合はギルドに所属して冒険者になることが良いですね」
「ほう、それで依頼を数多くこなせば、金も手に入り、善良ポイントも溜まり、さらにケンカもできるというわけか」
「ケンカが出来るかどうかは分かりませんが、まぁそんな感じです」
「この世界には『Level』という概念があり、最初は誰でもレベル0から始まります。レベルは、強さだけでなく、精神力や功績などの総合評価によって上がります。レベルが高い程、難しい依頼を受けられますから、頑張りましょうね」
「よっしゃあぁ! そういうことなら早速町へ行こうぜ!」
「そうですね、行きましょう!」
と、元気よく宣言したのはいいが……。
「……その前に腹が減った……」
「残念ながら私も今は一文無しなので、町まで我慢してください」
「無理じゃ、腹が減って一歩も歩けん」
「う~ん、困りましたね。私は善道さんを連れて飛べる力はないですし……」
異世界生活、開始10分で詰む。