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出会いの日(6)

 【妖精の港】での買い物を終えたミーゼは買い物の結果に大変満足していた。相手が奴隷という事で能力的にも容姿的にもあまり期待していなかったが良い意味で誤算が生じた。

 よくよく考えてみれば優秀な“素質”を持つ人間が優秀な“能力”を持つ人間とは限らない。その事は瞳を通じて理解していた筈だった。

 特に確定とまでは言わないが転生勇者を奴隷として買い取れた事は幸運だった。素質を戦闘系に特化している彼女に対する教育は後日考えるとして、まずは奴隷を大勢購入したお蔭で発生している問題について対処していく事にする。


「流石に目立つかな」

「少なくとも道中、周囲の視線が集まる事は確実だと思いますが」

「まあ、当然か」


 ミーゼの呟きにカトラが答える。その返答を受けたミーゼはどうしたもんか、と首を捻り悩み出す。


 【妖精の港】で転生勇者を紹介された時、彼女は全裸であった。彼女を購入した今でこそ、流石に全裸の奴隷を連れて街を歩く趣味は無いので店主に言って真新しい薄紅色のネグリジュを用意してもらい、彼女に着せている。


 しかし、転生勇者を含めた五人は元々、“そういう事”をする為に売られていた。身に着けていた衣服は全ていささか刺激的なばかりなのは仕方ない。はっきりと言ってしまえばネグリジュの生地が薄い為、色々と見えている。

 首には奴隷の証明であり、奴隷が勝手に逃走しないように魔法的な拘束機能を持つ“黒の首輪”を身に着けているので周囲の人々も彼女達が奴隷である事を理解するだろうがほぼ全裸から半裸に近い衣服を着た五人の奴隷を連れて街中を歩くなど目立って仕方ない。


「しょうがないか。カトラ、僕達は近くの宿屋で休憩しているから先に屋敷へ帰って、馬車と彼女達用の衣服を用意しておいてくれないか?」

「申し訳ありませんがそれは承服致しかねます。旦那様を一人にするくらいなら彼女達を連れて街中を歩いた方が賢明です」


 ミーゼの提案をカトラは即答で否定する。カトラの個人的な心境はともかく、カトラは侍女であると同時にミーゼの護衛でもある。いくら統治が行き届いているとはいえ、比較的に治安の悪いこの場所でミーゼを一人にするくらいなら年若い少女達が奇異の視線に舐め回される方を選ぶ。それが護衛として当然の態度である。


「大丈夫さ、ここは一等地の近くで治安も良いし、彼女達の支配権限は僕が握っている。万が一も無い」

「ですが……」

「――――ふざけないでっ!」


 ミーゼとカトラの会話を切り裂いて、怒気を含んだ少女の叫びが周囲に響いた。


 奴隷市場の中に立ち並んでいる宿屋が本来の用途で使われる事はまず無い。わざわざ貿易が盛んな街中ではなく、奥まった区画にある宿屋を好き好んで使う人はいない。そんな宿屋の主だった収入源の大半は自宅へ帰るまで奴隷で遊ぶ事を我慢出来ない客だったり、一定の金額を払い奴隷と色々な“相性”を調べる為に利用する客である


「私はまだ、アンタの奴隷になった訳じゃな――――」

「黙れ。僕は発言を許可した覚えは無いよ」


 瞬間、困った表情でカトラを説得していたミーゼの表情が変化して、冷酷無比なソレに変わる。ミーゼの意思に反応した転生勇者の身に着けた黒の首輪が作動する。黒の首輪から生じた電撃の魔法が転生勇者の体内を駆け巡り、ミーゼに抗議しようとした転生勇者は堪らず膝から倒れてしまう。

 黒の首輪から発生した電撃の後遺症で身体が麻痺した状態で自由の利かない転生勇者の髪を掴んだミーゼは転生勇者の顔を起こして語り掛ける。


「一つ、言っておこう。僕は君達にとって良い主人でありたいと思っているし、その為に努力していくつもりもある。けれど、それには条件がある。それは君達が僕に対して有益であり、友好的である事が最低条件だ。僕は少なくとも敵意に対して好意で返せるような人間じゃない。それぐらいは理解してくれないかな?」


 それは見る者が見れば脅しそのものと言われても仕方ないぐらいの態度で転生勇者とこちらのやり取りを怯えながら見守っている四人の奴隷に柔和な笑みを見せる。

 ビクビクと怯えながらしっかりと頷いている四人の奴隷とは違い、髪を掴まれている転生勇者は反抗的な態度と視線をミーゼに向ける。

 そして、近付いていたミーゼの顔へ自身の口に含んだ唾を吐き出す。


――――その場の空気が凍ったのを誰もが理解した。


「…………」


 ミーゼは無言のまま転生勇者の髪を離して解放する顔の唾を拭き取り、大きな溜息を吐く。


「分かった、それじゃあこうしよう。今からここで君一人を置いていく。その間、街中で不慮の事故があったとしても僕は誰も咎めない。はっきり言おう。浮浪者達に“遊んでもらう”か、僕と一緒にどうなるか分からない宿屋で休憩するか、今すぐ選べ」

「御主人さま、それは……」

「お前は黙っていろ」

「はい、申し訳ございません」


 珍しいミーゼの無機質な声音にカトラは彼が周囲の目を気にした上での高圧的な態度ではなく、本当の怒気を含んだ発言だと理解した。

 そして怒気をぶつけられた転生勇者本人もその事を肌で感じ取った。痺れが取れず不自由な身体を起こして周囲を見渡す。道中の真ん中で起きている騒がしいトラブルに周囲の視線が集まっている。勿論、その中にはミーゼの発言を聞いて“意図”を理解した人々の視線も混じっている。彼女に選択肢など最初から無かった。


「…………何でもありません」

「そう、それじゃあいいよ。身体の方は大丈夫かな? カトラ、馬車の手配はよろしくね」

「――――了解しました」


 自身に纏わりつく汚らわしい視線に転生勇者は精一杯の抵抗として顔を伏せ、ミーゼに答える。その返答に満足したミーゼは有無も言わせぬ雰囲気でカトラに指示を出し、宿屋の中へ入っていく。こうなると意地でも意見を変えない事を知っているカトラは説得を諦め、転生勇者の身体を起こし、土を落とす。


「貴方がどのような場所で育ったのかわかりませんが自身の命があった事を感謝しなさい。あの方は敵意には敵意を返すお方です」


 そう言うとカトラは馬車の手配をする為に街中の人混みへ紛れていく。


 恐怖でミーゼに従う四人とは違い、あれだけ反抗的な態度を見せた転生勇者は自身が本当にミーゼの奴隷になってしまった事を理解して、声を殺して泣いた。








 ミーゼが適当に見繕い、選んだ宿屋の一室には当然のように重苦しい空気が流れていた。大勢で休むと言った筈なのに、部屋に“一つ”しかないベッドに腰掛けているミーゼは内心でどうしたもんか、と頭を悩ませていた。


 奴隷である彼女達はミーゼの機嫌を損なわないように彼の言動を注意深く観察しており、転生勇者の態度に問題があったとは言え、上位者の彼に逆らった場合どうなるかハッキリと理解した様子だった。だが、効果覿面過ぎたらしく、彼の挙動一つ一つに怯え切っている。唯一、転生勇者だけは泣き腫らして赤くなっている瞳を隠そうともせず、他の奴隷達を守るようにミーゼと奴隷達の間に割り入っていた。


 転生勇者の瞳には明確な敵意、他の奴隷少女達の瞳には明らかな恐怖。ミーゼに対する第一印象は最悪だろう。恐怖による支配を考えていないミーゼにとって、この印象は頭の痛いモノだった。


 しかし、人と人は会話して言葉を交わさなければ一生理解しあえないのも事実。気を取り直し、前向きに思考を向けたミーゼが口を開く。


「それじゃあまずは自己紹介から始めようか。君達も自分の主人が何処の誰なのか、気になるだろう」

「…………」


 なるべく優しい声音で声を掛けたつもりのミーゼだったが彼女達から返事は無い。転生勇者のような失言による制裁を恐れ、ミーゼの機嫌を窺っているだけである。言動の一々に怯えられてはまともに話も出来ない。内心で溜息を吐き、頭を切り替えて話だけでも先に進める。態度云々についてはこれから矯正していけばいい話である。


「僕の名前はミーゼルカ・クラウゼル。これでも貴族の出身だ」

「えっ――」

「どうかしたかな?」

「クラウゼルと言えば、あの帝国四大門のクラウゼル家でしょうか?」

「ああ、そのクラウゼル家で正しい」


 クラウゼルの名を口にした瞬間、驚愕の表情を浮かべて表情を青くした少女の質問に肯定する。勝手な憶測だったが奴隷になるような暮らしをおくる人々は貴族の事など興味無いと思っていたが流石に帝国四大門の家系くらいは知っているようだ。


「それじゃあ、君から自己紹介してもらえるかな」


 帝国四大門の名に驚いている彼女達を余所にミーゼは転生勇者の方を見て、自己紹介を促す。


「――――ジゼルです」


 ミーゼの問い掛けに対してぶっきらぼうに転生勇者――ジゼルが名乗る。


「いや、済まない。出来れば名前と何が出来るのかを教えて欲しいんだけど……」


 瞳のおかげで彼女達の能力は把握しているが彼女達自身が自分の能力を理解しているか、これから先の教育で重要な事である。


「えっと、その、出来る事はありません。お店で教わる前に買われたから……」

「?」


 躊躇うように口を開き、恥ずかしそうに表情を赤らめるジゼルの態度を見て、ミーゼは首を傾げる。ジゼルが腕の立つ人物である事は能力を見れば一目瞭然、生活していく上で、狩猟などの荒事で生計を立てていた筈。生計を立てていたのだ、腕が立つという自覚が無い訳が無い。少し気になり、周囲に視線を向けてみると他の少女達も恥ずかしそうに表情を赤らめている。


「あ……」


 そこでようやく、ミーゼは自分と彼女達との間で質問の認識が食い違っている事に気付く。瞳の力で既に把握しているとはいえ、ミーゼは奴隷として売られる前にどんな仕事をしていたのか、どのような仕事に慣れているのか、そういった意図での質問だった。


 しかし、奴隷として購入された彼女達からすれば奴隷の仕事はただ一つ。そして、この宿屋は露骨に“そういう”場所である。その上で何が出来るか、と尋ねられたら“プレイ”の話と勘違いしても仕方ない。


「いや、そういう意味じゃない。奴隷になる前、どんな仕事をしていたか、どんな技術を持っているのか、そういう事を教えて欲しいんだが」

「ッ――――、猟師や村近くの魔物退治です。」


 質問の食い違いに気付いたのだろう、顔を赤く染め上げたジゼルが恥ずかしそうに答える。


「こほん、これからよろしく頼むよ、ジゼル」


 なんとなく気まずい雰囲気が流れる部屋で咳払いを一つ、誤魔化すようにジゼルへ声を掛け、次を促す。


「アリスと申します。奴隷になる前は近所のお店で裁縫の仕事をしていました。それと私に出来る事は胸を使ったご奉仕です」


 次に名乗りを上げたのは栗毛の長髪を持つ少女――いや、女性に変わるぐらいの年頃だろうか。おそらく購入した奴隷の中でも一番年上であろうアリスだった。確かに彼女の言う通り、おおらかな表情を含めて随分と立派なモノを持っている。とはいえ、ミーゼがそんな質問をしていない事はアリスも気付いている筈だ。それなのにわざわざ余計な事まで口にした事を不審に思い、アリスがジゼルに笑い掛けている姿を見て理解する。


 ジゼルがミーゼからアリス達を守ろうとする意思があるのはその立ち位置から明らかである。その好意に応える為、アリスはジゼルが勘違いの末に言い放った恥ずかしい言葉を誤魔化す為、余計な事を口にした。


 アリスの意図に他の奴隷も気付いたらしく、顔を合わせて頷いている。


 少々、複雑な気分ではあるが、自身という敵のおかげで彼女達の絆が深まるなら良い事だ。ミーゼは自分に言い聞かせながら次の言葉を待つ。


「ミリィです。以前は酒場で給仕として働いていました。出来る事は口を使ったご奉仕です」


 アリスに続いて、名乗ったのはミリィという少女だった。金色の短髪は活発そうな印象を受ける。実際、アリスと同様にジゼルへ笑い掛ける笑みは見る者の心を明るくさせる。確かに給仕に向いているだろう。


「アスカ・ミツルギ。見て分かると思いますが極東の島国【ヤマト】から来ました。以前は……家事手伝いをしていました。出来る事は手を使ったご奉仕です」

「?」


 次に名乗ったのは鳥羽色の美しい髪を持つ少女――アスカだった。【ニホン】の知識に引っ張られた事は否めないがアスカの言う通り黒髪は極東の【ヤマト】か、その付近の人が持つ髪色であり、この国では珍しい。この都市が外国との玄関口だからこそ出会えたのだろう。


「姓があるなら君は向こうの貴族か何かかな?」


 貧乏貴族が借金で首が回らなくなる事はこの国でもあまり珍しくない。貴族の親が家を守る為に家名を継ぐ長男以外の子供をもっと上の位に位置する貴族へ奉公させる事は金策の常套手段であり、人脈作りの一環でもある。実際、クラウゼル家の中にも数人、下位貴族の令嬢はいた。勿論、その中にはクラウゼル家の種を虎視眈々と狙っているような人物も混ざっている。そういう人物を排除したいのは山々だが、メイドとはいえ平民が入れたお茶を御馳走したら失礼にあたる人物などが訪ねてきた時に活躍してくれるので、切り捨てる事は出来ない。


 【ヤマト】での事情を把握する事は出来ない。しかし、そういう伝手がないような貴族の令嬢が奴隷になるのはあり得る話だ。


「いえ、ヤマトには平民にも姓があります」


 文化の違いというやつだろう。実際、僅かに伝わる【ヤマト】の文献を見る限り知識に存在する【ニホン】と似た文化を持つ国である事は予想出来る。それなら姓があっても可笑しくない。


 最後に残ったのはクラウゼル家の名前を聞いて、露骨に顔を青くしていた少女である。明らかにクラウゼル家の事を知識として知っている以上の何かを隠し持っている。


 特徴的な青い髪は肩に掛かるくらいまで伸びており、ミーゼと視線が合わないように前髪で瞳を隠し、顔を伏せた彼女が呟く。


「あの、その、エアリス・モフコットです。元々、貴族なので文字の読書きと計算ぐらいは出来ます。後、出来る事は虐められる事です」

「モフコット?」


 元々、貴族なら一般教養の数値が他の子よりも高いのは納得出来る。ミーゼが気になったのは何故、クラウゼル家の名を恐れているのかだ。


「も、もしかして覚えていないんですか?」

「? すまない。会った事が?」


 失礼かもしれないがモフコットという家名に聞き覚えは無い。彼女が奴隷になっている時点でモフコット家が下位貴族である事は予想出来る。帝国四大門と下位貴族では関わる事は稀だろう。もしかしたら、晩餐会か何かで出会った事があるかもしれない。


「はい、闘技場での決闘で遠目に一度だけ……」

「決闘?」


 闘技場での決闘とは随分、穏やかではない。決闘はお互いの家名を掛けて戦う重要なモノだ。帝国最大の力を持つ帝国四大門のクラウゼル家に喧嘩を売ってくる貴族など早々いない。


「やはり、覚えていないんですね。ゲイル様は大変強くて、一瞬でお兄様を蹴散らしてしまいましたから……」


 ミーゼの兄であるゲイルは三人兄弟の中で最強の武力を持つ武闘派だ。選民主義が少し強いのでトラブルは多々ある。全然、気にした事は無かったがモフコット家とトラブルになった事があるのだろう。


聞いてみるとトラブルの原因は兄主催の晩餐会で兄の部下であるメイドに貴族を理由にしてうんたらかんたら。


 実際の原因がなんなのか知る由もない。しかし、決闘は圧倒、地位はこちらの方が上。周囲の人間もクラウゼル家に喧嘩を売った家と関わり合いなど持ちたくないだろう。僕もクラウゼル家の人間として見守ったが向こうの田舎貴族のぼんぼんが勘違いしてクラウゼル家に楯突いたくらいの認識でしかなかった。


 田舎貴族が帝国四大門に睨まれれば衰退していくのは当然の事。最終的にクラウゼル家に睨まれたせいでエアリスは他の貴族へ奉公にも行けなかったのだろう。田舎貴族に恩を売る事と帝国四大門に睨まれる事、どちらが良いか一目瞭然だ。


「あー、そのー、僕の手元にある以上、兄貴達には何も言わせない。それだけは覚えておいてくれ」


 どうやら僕は転生勇者だけでなく、クラウゼル家が叩き潰した貴族の子女も奴隷として抱える事になるらしい。


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