■ある不良少年曰く■
その奇妙な隣人は、ふらりと突然やってくる。
長雨の間だとか、雪の降り始めだとか、あとは風の強い日。
我々の目の前にひょっこりと現れるのである。
■ある不良少年曰く■
ーーーーー誰かがいた。
赤茶けた古い机のような色の髪を尻尾のようにぶら下げて、御伽噺の魔法使いが被るような大きな帽子で隠れた顔、全身を覆うように纏われたボロマント。おかげで男女の区別がつかない。穏やかな木目のアコースティックギターを手に、どこぞの民族音楽を歌っている。何を言っているのかはわからないが、小鳥の様に澄んだ声で歌っていた。
そんな、奇妙な誰かさんが居た。
AM11:30
少年は、冷静に困惑していた。
其処は彼が通う中学校の校舎にある屋上であった。
防犯や事故帽子の関係上で一般の生徒が立ち入らぬ様に施錠されているのだが、其処に続く校舎内にある階段の窓の一つが屋上に直接面しているので飛び越えて仕舞えば簡単に進入可能なのである。勿論少年もその事実を知っている一人であり、今日も今日とて屋上に訪れたところであった。
「(なんだ、アイツ。)」
少年は実に冷静に困惑していた。
自分の様なはみ出し者にとって数少ない憩いの場所に先客がいる事は気分を害したし、普段であるなら突撃して喧嘩の商売でもおっぱじめるところである。
だが、少年はそうしなかった。その先客の風貌が余りにも異様で、シャバい言い方をするならばどこか不気味だったからだ。どう見ても漫画かアニメの、それも現代物とは掛け離れたファンタジーだとかミステリーの怪人だとかを彷彿とさせたからである。勿論少年は、幻想に夢をみる事なんぞは卒業していた。卒業しているからこそ、わざわざ授業を抜け出してこんなところで昼寝と洒落込もうとしているのだ。目の前にいる人物が異世界からの人物だとかふざけた非現実でないとするなら、コスプレイヤーなどの仮装者という事になるである。
だからこそ不気味なのだ。
学校の関係者にしろ侵入者にしろ、白昼堂々授業の真っ最中である学校の屋上で弾き語りをするなんて、どう考えても異常な発想だ。だからこそ少年は窓枠に手を添えたまま、その奇妙な人物を注視していた。
奇妙な人物は気持ちよさそうに歌っている、暫く寒い日が続いていたからまだ雲が多いとはいえ、溢れ落ちる陽射しは眩しいくらいに明るい。彼処で日向ぼっこをしたらさぞ心地良いだろうが、奇人がその場から動く様子は全くなかった。
関わらないほうが良い、少年はそう思った。帰って家で寝るか、適当にゲーセンなりで時間を潰して適当に喧嘩の安価買取でもしてこようか。そう考えながら窓枠から手を離したときだった。
「どちら様ですか?」
ぽつりと、奇人がそう問いかけてきたのだ。
少年はギョッとした。なにせ奇人は一度も彼の方になんか振り向いていなかったからだ。少年は戸惑いながらも奇人の背中を睨みつけた。このままビビッて逃げ出すのは非常に癪に触るのだが、不気味な奴と関わりたくないという気持ちも強い。
どうしたものかと考えていると、そこでやっと奇人が少年の方に振り返った。全身を覆い隠したような風貌の中で唯一顕になっている口元が、ゆるりと弧を描いた。不思議と嫌味には感じなかった。気の良さそうな顔をして少年に向かって手招きをした。
「暖かくて気持ち良いですよ、良かったらご一緒しますか?」
「……アンタ誰だよ。」
少年は窓からひらりと屋上に侵入すると、開口一番に最もな疑問を口にした。それ以上は近づかない、どうするかは相手の返答次第だ。
奇人はそんな少年の様子にまた一つ微笑みを浮かべると、こう名乗った。
「アクウィラ・タウィシス、しがない旅人ですよ。」
AM11:35
灰色と青の入り混じった空の下。
寝転がった少年の目の前、屋上の入口と柵の側という距離に奇人がいた。
ギターも歌も上手いのだが、奇人が何を歌っているのか少年には全くわからなかった。ロクに音楽は聴かないし英語の授業も面倒だとサボりがちなので、少年には何処の歌なのか見当もつかなかった。
「寝ないんですか?」
また振り返ることなく、奇人は少年に声を掛ける。
少年は奇人をますます不気味に感じ、体を起こして睨みつけた。
彼、少年は所謂『不良』と言うものに属している人物である。
未成年がやってはいけない事も、悪戯とは呼べない悪さもそれなりにしてきている。あまりに粗暴な態度が目立つために、生活指導や勝気な教師以外の大人からはほとんど無視されている。勿論、友人関係も類は何を呼ぶと言うように、似たり寄ったりの連中が集まっていた。手に負えないと思われているのだろう。だからこそ後で叱られる可能性はあれど、授業を抜け出しても何もいわれないのであろう。少年はもう周りのほとんどのものに対して乾いた感情しか抱けなくなっていた。
少年は、じいっと此方を見ている奇人から目をそらして、仰向けになって空を仰いだ。少しずつ陽射しが隠れ、曇天がじわじわと広がっている。そんな中をカラスが数羽、ギャアギャアと鳴き声をあげながら飛んでいく。呑気なもんだ、少年は一つ欠伸を零した。
「アレは遊んでいる訳ではないですよ。」
「は?」
「恐らく喧嘩でしょうかね。」
また奇人がポツリと呟いて、少年は今度は声にではなくその内容に驚いた。少年はじいっとカラスの群れを見つめる、てっきりじゃれ合いながら飛んでいるのだと思っていたら、確かによく見ると集団の中の一匹を二羽程が追いかけまわしている。体当たりを仕掛けて鍵爪や嘴で攻撃をしているようにも見えなくはない。他のカラスはただ旋回しているようだったので、成る程、奇人の言い分も納得できる範疇だ。
「君はカラスみたいですね。」
「え、は?」
奇人の呟きに、少年は今度はいろんな意味で驚いた。目を離した一瞬のうちに奇人が隣に腰掛けていたからと、その言葉の内容にだ。
カラス?俺が?
この奇妙奇天烈な格好の人物は何が言いたいのだろう、少年はふと疑問に思った。思ったのだがそれを口にするのはどこか億劫だった。
「……此処は別に、カラスの学校じゃねぇぞ。そもそも中学だし此処。」
「あぁ、鈴の蘭ですね。あの漫画は面白いですね。暴力的で毛嫌いする方はいらっしゃるでしょうが、一本筋の通った粋な青少年達の姿には好感を持てます。」
なので捻くれた返しの一つでもしようかと思ったら、あっさりと返されてしまった。少年はますます訝しげに奇人を見つめた。よもや不良漫画のバイブルと言われた名作漫画を、タイトルも出してないというのに言い当ててしまったのは予想外どころの話ではなかった。鈴と蘭とカラスなんて組み合わせ、それ以外ではあり得ないからだ。そんな漫画の感想を、弾き語り妖怪に言われるなんて予想だにできるわけがなかった。ミスマッチすぎる。まだ錬金術だとか白黒の魔法の話をされた方がしっくりくる。
「……カラスなんざ悪党みたいなもんじゃね、ゴミとか勝手に漁るし五月蝿いし。」
少年はカラスに対する一般的なイメージを奇人に話した。
迷惑極まりない存在だ、人様にとってカラスなんて。少年自身もそう考えている。
小さな頃、母方の田舎に行った時に本家の裏にある森でカラスに突っつかれたり追い回された時からカラスが嫌いだ。今でこそ幼い頃の様に泣きわめいて祖母の後ろに隠れる様な無様な事はしなくなったものの、少年のカラスに対する嫌悪感は常人よりもやや意識的に強かった。
それは、大人達が自分たちクソガキに抱いている感情と似ているのではないかと、少年はふと思った。いざこざが起きたら対処はするが、そうでなければ関わりたくない。同じスタンスなんじゃないかと、思考がやや明後日へ向かう。
「どうでしょうかね。」
「ん?」
「果たして、本当にカラスは悪なんでしょうかね。」
奇人は問いかける。
目を丸くして不思議がる少年を横目に、未だ旋回を続けるカラス達の群れを指差す。
「私が「あれは喧嘩している。」という前、君はあのカラス達がどうみえていましたか?」
「……別に、なんとも。」
「私の言葉に納得した様な顔をしていたんで、てっきり違う意見をお持ちなのかと感じたんですがね。」
エスパーかこいつは、少年はじとりと奇人を見た。
洞察力が優れているのかもしれない、こんなどう足掻いても変人にしか見えないというのに。言い当てられたのは癪に触るが、仕方がないと口にする事にした。
「………遊んでるつかジャレてんのかなって。」
「そういう事ですよ。」
「は?」
「カラスの群れを見て、私は喧嘩をしている様に見た。だけど君は遊んでいる様に見えた。それは何故だと思います?」
一体こいつは何が言いたいのだろうと、少年は思った。
奇人は口元だけしか見えない顔で、どこか楽しそうにしながら続けた。
「ほんの少し見方を変えるだけで、物事はいろんな風に見えてくるものですよ。」
たとえ事実が一つであってもそれに対する真実も感じ方も人それぞれであるのだと、奇人は語った。
そういうものなのだろうか、少年にはピンと来なかった。
だが少年は立ち去る事も話を遮る事もせずに、奇人へ話の続きを促した。
得体が知れないのに、何処か人懐っこい印象を受ける声音。少年はなんとなくこの得体の知れない人物と話すことが嫌ではなかった。奇人は指で数を折りながら話を続ける。
「よくカラス達が仕出かす、人間にとって害になる行動というものは幾つかありますね。君が先程言った様にゴミを漁る事、鳴き声。あとはまれに人に襲いかかる事もありますかね。」
肯定、少年は奇人の問いかけに頷いた。どれも間違いなく迷惑極まりない行為だ。襲い掛かるというくだりでまたビクリとなりそうになったが、奇人の様子からただパターンを提示しただけに過ぎない事を察して、ほんの少し少年は安堵した。
「まず、生きるには食事が必要ですから調達しなければならないでしょう。ではどこから彼らは食料を集めてくるのでしょう?
次に鳴き声ですが、何かを伝えたいと思った時に音というものは実に便利なものですよ。それは君たちにもいえることじゃにですかね?
後は襲い掛かる場合についてなら、これも食料調達の一環である場合もありますが、カラスは子育ての時期になる春先ですと人間に対して攻撃的になりますからね。巣の中に子供がいますからね。」
淡々と語られる問いかけと豆知識に、少年は感心した様に奇人を見た。
そういう風に言われてしまうと、カラスがしている事は自分達が飯を食って大声で喋り歩いて喧嘩を売るのと大差ない様な気がした。
否、気がしただけだった。
「…つまり、カラスにしてみれば生きんのに必要な事してるだけで、悪さをしようてわけでもないのか。」
「偶に他の生き物の子供を突いて咥えて放り投げて遊んだりと残虐な事もしますし、光り物を強奪する様な話もありますが、大体はそうですね。」
「オイ、カラス。」
奇人の妙な豆知識に思わずツッコミを入れながらも、少年は考える。
一部の行動は兎も角、カラスは大概は生きるためにいろんな事を
しでかしているわけだ。飯の調達にしろ子育てにしろ。
ならば、自分はどうなんだろうかと少年は思い至ったのだ。自分がしでかしている事は他人に迷惑をかける事は勿論の事、自分自身にとってもなんだか必要な事ではない様に思えてきたのだ。確かに夢中になっている最中や仲間達と連んでいる間はは高揚しているからか楽しいしワクワクするしスッキリするが、冷静になっていくにつれて虚しく感じる事も多い。やったからといって腹が満たされるわけでもないし、内容なんてあってない様な話は雰囲気以外はおぼろげだし、勝っても負けても手当だとか今後の立ち回りの云々を考えたりと後処理ばかりが山積みになる。少年は視線をそらしていただけで、気づいていないわけではなかった。自分にとって不良生活は、案外楽しいものではないのだ。いつからこうなったのかは彼自身も良く思い出せなかった、他にやる事がないからしている様な気もするのだ。
そんな自分とカラスを比べて、彼は自分がカラスに劣等感を抱いているのに気が付いた。生活のために害鳥と呼ばれるカラスと、特に理由もなく腐っている自分。どっちがマシなんだろうか。なによりも、害だと言われようと自由に飛び回るための翼を持つカラスが、何処か羨ましく感じた。
「そういう事じゃないですよ。」
鬱屈とした方向に回りだした少年の思考を遮る様に、奇人はピシャリと言い切る。少年はまた奇人を見やる。奇人は何処か困った様な表情をしている様に見えた、顔はが隠されているのにも関わらず。
「正義も悪も、本当はどこにでもあるしどこにもない。
君を善悪の秤にかけるつもりで言ったわけではないですよ。」
「………何が言いたいんだよ。」
とうとう頭がぐちゃぐちゃとしてきて、やや苛立ち気味に少年は奇人に問いかけた。困惑した様な拗ねた様などこかちぐはぐとした表情の少年を見つめながら、奇人はサラリと答えてみせるのだ。
「君はとても賢いと、言いたかったんですがね。」
「え?」
「大概にしてあるべき場所にあるはずのないものが存在すると、人は混乱し大騒ぎ仕出かすものです。場合によっては襲い掛かってしまうこともありますかね。たとえそれが小さな事でも大げさなぐらいに。幻覚だったと否定する様な人もいましたがね。」
いや不法侵入者が居たら普通は吃驚してそういう反応をするだろう、思いつつも少年は口を噤んだ。そうしなかった自分がいるからだ。
それにしてもと少年は思う、察するに奇人は今回の侵入が初めてではない様な口ぶりである。ますます何者なのだろうか疑問に思う。
「だけど君はそうしませんでした。私の様子をよく観察してから行動しようとしていました。こういった賢明な判断は、なかなかできない事ですよ。きっと君にとって、強い武器になるはずです。」
「……わかんねーぞ?何か企んでるかもしれないぜ?」
「そういう人は大体企んでいませんがね。」
図星である、少年はぐぬぬと唸った。
確かに少年は特にこの奇人をどうこうしようというつもりはなかった。サボりの邪魔になるなら別として、奇人は気ままに歌っているだけだし、耳障りなほど下手でもない。むしろ上手いぐらいだ。それは確かに奇人を冷静に観察していたからであり、奇人自身が気さくに彼に声をかけたからだった。だからこそ少年は屋上に忍び込んでからも奇人に視線こそ向けど声はかけなかったし、癇癪を起こす理由も特にはなかったのだ。
こういった緩いやりとりは少年にとって久しぶりの事だった。
最初にこの奇人を見た時、少年は確かに不気味に思った。なのに今は仲間達と無駄話をする時よりも、この奇人とのやりとりの方がどこか面白い様に感じていた。ただそれを奇人に伝えるのは最早なけなしになってしまったプライドが許さず、少年は仏頂面を作りながらそっぽを向いた。
「別に、後輩や同級だったら殴ってたし。」
「おや、そうですか?」
「此処は俺らの縄張りだからノさねーと後輩に示しがつかないからな。」
「尚更にカラスみたいな気がしてきたんですけど。」
「育児ノイローゼで喧嘩しちゃいねーんだけど!?」
とうとう色々と耐えきれなくなって、少年は吹き出しながらツッコミを入れた。それは奇人も同じだった様で、二人揃って暫くひとしきり笑いあった。だが、その愉快なひと時はながくはつづかなかった。
「ん?」
ポツリ、ポツリと雫が落ちて少年の鼻先を濡らした。空を見上げれば、いつの間にか空は曇天色に染まっていた。今にも、雨が降り出しそうだ。
少年は奇人の方に向き直り、声をかけようとした。
「なぁ、アンタも雨宿りして……。」
だが、それ以上は言葉にならなかった。
浮いていたのだ。
奇人がアコースティックギターの上に仁王立ちで乗って、浮いていたのだ
。少年はそれ以上声にならず、キュッと口を閉じた。そして先ほどそうした様に思わず観察してしまった。表面を下に向いており、穴があると思われる部分から火が出ている。どう見てもジェット噴射している色だ。何事が起こっているのか少年には理解ができなかった。
「君はとても賢い上に胆力もある、ほんの少しの優しさもね。だから迷わず、君だけの真実へ進みたまえ。」
奇人はそう言い切った。
初対面が何を言っているんだとは思ったが、少年にとってストンと胸に落ちてくる言葉であった。だがそれと同時に目の前にある状況に対する少年の混乱は大きかった様で、何も反論はできなかった。
それでも悲鳴一つ上げずに目をそらさない彼に、奇人はどこかご機嫌そうに笑っていた。
少年のぐるぐるし始めた思考回路が一つの答えを導き出す。最初に可能性を否定した、非現実であり絶対にあり得ない筈のモノ。
少年はその名を口にした。
「まほう、つかい?」
震える様に出た言葉、奇人は満足げに否定した。
「いえ、しがない旅人ですよ。」
奇人は空の彼方に残った晴れの隙間に向かって、飛んで行った。
あっという間に見えなくなってしまった。
少年はただただ、それを見送る事しかできなかった。
雨は降り始めていた。
AM11:55
「何やってんだ?賢者タイム?」
後ろから聞こえてきた、からかう様な声。
振り返れば、俺よりも背も高く体格の良い幼馴染である
親友が居た。
「別に。」
「んだよノリ悪いなー!」
窓を伝って屋内に戻ってすぐにそう言うと、親友は濡れることを特に気にする様子もなく頭をつかんでワシャワシャと弄りだした。撫でているつもりなんだろうが無駄に力が強いからガックンガックンなって痛い。
親友は根が良い奴だ。俺や仲間達と一緒に散々暴れてきたが、単純というか素直だし義理固い所があって信頼できる奴だ。だからと言って流石に「旅人を名乗る奇妙な変人に初対面だというのに洞察力と会話だけで手放しに俺を褒めた挙句に空飛んで行った」なんて言えるはずも無い。間違いなく保健室に担ぎ込まれることになるだろうし、下手したら心のお医者さんはどこですかと叫びながらこの雨の中を駆け回りかねない。なにせ俺のお気に入りだった漫画キャラが死んだ時に、コミックを担いで動物病院に駆け込んだ様な馬鹿だ。旅人も旅人だが、こいつもこいつで色々とアレなのだ。余計なことは言わないに越したことは無いだろう。
「……俺って頭良さそうに見えるか?」
だから、自分の中で一番引っかかったことをこの付き合いの長い幼馴染に聞いてみることにした。
旅人曰く、俺はカラスの様に賢いのだという。雨に打たれながら冷静に考えてみれば、確かに昔に線路にクルミを置いて割って食べるカラスの映像を見たことがある気がする。旅人は俺とのやりとりの中でなにをどう思ってそういう結論に至ったのかはわからないが、口から出任せなのかどうかはこいつに聞けば分かることだ。
「なに言ってんだ?」
「(だよな、俺みたいなクズに取り柄なんか別に…。)」
「俺お前より頭良い奴なんて浮かばねーわ。」
「は?」
「いや、は?じゃねーよ。俺らが他の奴らぶっ潰してっぺん取れたの、お前のかんさつりょく?どーさつりょく?すいりりょく?そーいうのがすげーからだろ?こう動いてくるかもしれないから注意しとけとか前もって言っといてくれたり、喧嘩ん時もどいつを叩けとか言ってくれっからじゃん。だからお前の言うことは聞いとけってのあんもくのりょーかいになってんだぞ。」
実際怪我した奴らはお前の忠告守らなかった奴らだけしなーと、親友は昨日の晩飯でも思い出す様な軽いノリで言いやがった。
いや、普通に考えたらわかりそうなことしか言っていないというか。つか そんなに信頼されてるとは思ってはいなかった。あとこんなに饒舌なお前も初めて見たわ、腕っ節は三番目だけどなーじゃねぇよウルセェ。
「勉強だってガリ勉連中にコピーさせたノートだけで良い点とれてんじゃん?お前だけじゃん、素行以外で先公に目つけられてないの。あと補習も呼ばれてねーの。普通にやったら絶対お前上位取れるって。ま、一緒にバカやる時間なくなんのやだけど。」
「お、おう…。」
すげーよなーと言いながらカラカラと笑う親友に、なんだか頭が痛くなってきた。こいつが嘘をつけないのはよく知っている。なにも考えていないかと思っていたら、ここまで俺のことを高評価しているとは予想だにしていなかった。旅人の言う通のり、見方を変えれば色々見えてくるというのは実に的を射た言葉だ。 俺は、ぐっしょり濡れた俺を制服を脱いで絞りながら、親友に声をかける。
「……俺、中学で辞めるわ。」
「うん?」
「高校入ったら、もっと楽しいことねーか探してみるわ。」
「……そか、いんじゃね?」
前々から、向いていないのは感じていたのだ。
見栄や意地もあったから尻尾巻いて逃げるみたいで嫌だったし、 抗争と呼ぶほどではないがいざこざを放置していくのも申し訳ない気がしたのだ。だから高校も仲間と一緒に不良校に行く様な話の流れにはなっていたのだが、不良を一生続けていくのかと問われれば、今になってみると違う様な気もしてきたのだ。俺たちも三年生だ、潮時かもしれない。中学生活中は義理として付き合うにしても、卒業を区切りに足を洗っても良いのかもしれない。卒業や高校受験まではなんとか時間はあるしな。勿論、親友は兎も角他の仲間がそう簡単に手を離してくれるのかはわからないけど。問題は山積みだ。
上着を叩きながら振り返れば、親友はどこか寂しそうな顔をしていた。あぁ、そうだった。俺が初めてこの道に足突っ込んだのは、小学校の高学年頃にコイツの弟をいじめた奴を二人でタコ殴りにしたからだったんだ。珍しくブチ切れたコイツが心配でくっついて行って、結局俺も参戦したんだった。なんで今になって思い出してるんだろうか。
「お前も一緒にいどーよ?」
親友にそう声をかけた。
アイツなんでか固まってた。
「どした?」
「お、おう。」
「んだよ。」
「……小2から連んでっけどよ、お前に何か誘われたの初めてだわ。」
「マジか。」
「マジ。」
言われてみればそれもそうだと思った。
初めての喧嘩も、仲間作ったりてっぺんとるまでの過程も、その他の諸々も、俺は誰かにくっついてやってきただけだったんだと思い至った。どんだけ流され人生だったんだろうな。
俺は驚いてぽかんとしてる親友の肩をポンと叩いた。
「で、返事は?」
「勿論オーケーよ!!」
それだけ聞ければ充分だ。
俺たちは顔を見合わせてから、屋上を後にした。
給食を食って、午後の授業に久しぶりに顔を出すために。
雨は、いつの間にか止んでいた。
結局、あのアクウィラと名乗った旅人が何者だったのか、俺には分からなかった。色々と調べてみたが、昔話にも神話や民話の本にも、あの名前はなかった。尤も、あんな現代社会事情に詳しい魔法使いや妖怪がいたら、妙な感じだけどな。色々考えていた俺の脳みそが見せた幻覚だったのかもしれないし、お節介な手品師か何かだったのかもしれない。事実を知る由は、どうもなさそうだ。
だけど、それで良い様な気もする。
あの旅人は俺の背中をほんのちょっと押してくれた奇妙な奴だった。
俺にとってはそれこそが、紛れも無い真実だからな。
END