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「これより 4級指定ダンジョン、【静寂の神殿】の攻略を始める!今回、知っているとは思うが2つの3級クラン【灼熱の牙】、【新月の夜会】をはじめとする6つのクランが共同戦線を張っている。その代表をさせてもらう。これにあたって【灼熱の牙】のリーダーの俺、レックスが全体のリーダーということになるのでよろしく頼む」
ある洞穴の前で、そんな声が響いた。
まばらな拍手が静かな空間に申し訳程度に響いていく。演説をしている男の前には様々な恰好をした人々が固まり、様々な思惑をもってその話に耳を傾けていた。
あたりを見渡せば白銀の絨毯があたりを覆い、まばらに粉雪が舞っている。辺りからは生物の反応は感じられず、時が止まっているかのようなその不気味さに苛まれるだろう。
しかし、ここにいる人々にこの程度の雰囲気で呑まれる者はいない。ここにいる者達は【冒険者】であり、それも3級や4級といった精鋭達なのである。
時には魔物を狩り、時には植物採集、護衛や調査などを行う所謂『なんでも屋』。国には与せず自由と夢を掲げる者達が所属するのが、冒険者ギルドが取り仕切る一大組織【冒険者】である。
ギルドは所属者、狩る対象の魔物、依頼など様々な者に等級をつける。それは取り仕切る上でより死者を少なく安全に仕事を達成できるようにするために設けられたシステムである。
全て10級から1級に仕分けられており、数字が少ないほど等級が上となっている。例えば冒険者の等級で表すならばその同等級の魔物が所属するクランで討伐することができることが条件になっている。
クランとは冒険者が集まるパーティーのことを指す。平均的な人数としては6人前後が最もバランスがよいとされており、さらには前衛、後衛などのそれぞれの役職がハッキリと分かれているのが基本形とされる。しかし中では2人しかいないクランから20人程を超える大規模なクランまでも存在し、後衛のみ、前衛のみなどの基本形に当てはまらないクランも当然存在する。
では、同等級のクランでは強さの上下は存在するのかというとそんなことはない。
一般的に冒険者の等級は個人ではなく所属するクランの強さで管理されることになっている。
当然のことだがかなりの人数が存在する冒険者をたった10個に分けただけなのでその中で比較的上の等級に近しい力を持つクランなども存在するが、それはその等級の中で見たらの話であり、他の等級から見た場合では明らかな隔たりがあるため等級が同じである限り人数が多かろうが少なかろうがクランの実力は同レベルなのである。
この強さを個人ではなくクランごとに管理するシステムはソロでの行動による死亡率を減らすためにある。
この【冒険者】というのは自由と夢を掲げる『仕事』であり、魔物退治といった他の者では達成できない仕事が数多くある。そのため上位等級の仕事の報酬は他の一流の仕事での報酬が霞むほどの報酬が支払われる。
もちろん報酬がそれほど多く支払われるのはしっかりとした理由がある。
第一に替えがきかないこと、冒険者は魔物退治の専門であり、軍などの魔物素人では太刀打ちできないことが数多くあるため。
第二にその仕事の難易度自体が高いため。報酬が多いものは当然その仕事の難易度も高くそれ相応の報酬になっているため。
そして、第三に対価が命であることが多いため。軍などの仕事は除くが大工やシェフなどが仕事で命を取られることは普通はないと言っても過言ではない。先ほど述べたように冒険者の報酬の高い仕事は当然難易度も高く、それはつまり命の危険も表しているのである。命の値段だと聞けば莫大な報酬も納得できるだろう。
ただし、若者ではそれが理解できていない場合が非常に多い。冒険者を志す大半の者はその仕事が‘‘割りのいい仕事”だと思い、大層な夢を掲げ所属してくる無鉄砲な若者が多くいる。そんな若者だろうとそれは未来の財産。できるだけ生かしておかなくてはいけないのも道理である。そのため死亡率をできる限り減らすためにこのような制度をとっているのだ。
さて、おわかりだとは思うが魔物や依頼の等級はその同等級のクランが達成可能なレベルを示す。
では、今回の【静寂の神殿】と言った通称ダンジョンと呼ばれるものの等級も同じように示されるか。
否である。
ダンションだけは等級のつけ方が他と異なる。
そもそもダンジョンとは何か。あるものは『魔物を生み出す魔物』だといい、あるものは『財宝の宝庫』であるという。『神からの試練場』『魔物の基地』など様々な呼び名があるがどれも真偽の程は定かではない。
現在ダンジョンについて主にわかっていることは
一つ、塔や洞窟、城など様々な形があること
二つ、その中では数多くの魔物が生存していること
三つ、その魔物はダンジョン内で生み出されていること
四つ、ダンジョンでは金銀などの財宝や高価な武具などが置いてあることがあること
五つ、入り口は一つでありその入り口から最も離れた場所に球が置いてあること
六つ、その球を破壊するとその瞬間その中の魔物が全て消え去り、1日後にそのダンジョンが消え去ること
7つ、ダンジョン内の魔物がある程度の割合を超えるとその外へと進出すること
8つ、どのダンジョンも何階層かに分かれており、その階層の数が大きいほどそこに現れる魔物の強さも上がり、財宝などの価値がより大きいものが拾える。
9つ、その時代で同じダンジョンが二つあることはない
10つ、ダンジョンがどこにいつできるのかはわからない
などである。
ダンジョンを攻略してしまうとそのダンジョンは消え去り、またそのダンジョンと同じものは存在しないのだ。つまり、魔物などのように『5級の冒険者が攻略できたので五級』という風にはできないのである。
ただし、比較的低い等級のみなら予測は可能である。等級の高い冒険者に調査を依頼することで、6級までのダンジョンなら同等級の冒険者が攻略可能だと判断することができる。ただし5級以降は全く異なる。ダンジョンの30層以上では敵の強さや難易度が跳ね上がることがわかっている。さらに30層以上あるダンジョンでは稀に最大で3種の異変が起きることも分かっている。ダンジョンの5級以上では30階以上あることに加え、その異変の数によって等級が分けられる。つまり
2級 30階層以上ある かつ 異変が3種全てあると考えられている
3級 30階層以上ある かつ 異変が2種あると考えられている
4級 30階層以上ある かつ 異変が1種あると考えられている
5級 30階層以上ある 異変はないと考えられている
6級以下 同等級の冒険者クランが攻略可能
となる。ただし1級指定のものは完全に例外で『予測不能』のダンジョンがそれに指定される。つまりは高ランクの冒険者が依頼を出され調査に出たが一人たりとも帰っておらず予測のしようがないのだ。この1級指定ダンジョンは冒険者ギルドにより立ち入らないよう厳重に管理されている。
30階層ないダンジョンでは異変が起こることは確認されておらず、また30階層以上の難易度が跳ね上がるのはなぜかも分かっていない。30という数になんの意味があるのか。それとも何も意味がないただの数なのかは現在調査中である。
「俺たちの戦力としてはどこのクランもダンジョン攻略経験ありだときいているし、ダンジョン攻略に申し分ないと言えるだろう。さらに加えるならばこのダンジョンは異変の種類が『支配者』だとすでに発覚しているタイプのダンジョンだ。すでに調査は進んでいて29層までなら地図作製もしている。非常にありがたいダンジョンだといえるだろう。こんなところで死ぬんじゃねーぞ!」
「「「「「オオオオオオオーーーーー!!!」」」」」
これは儀式だ。ダンジョンとは誰も死なないような生易しいものではないこと、彼ら自身がよく知っていた。けれども『生』を願い、互いに鼓舞しあう。
レックスは自身の武器である背丈ほどもある大剣を空に向けかざす。それにならい冒険者は次々と自身の武器を掲げ、精神を高ぶらせる。
「ここにいる6つのクランは同志だ!目標はダンジョン攻略!魔物を根絶やし富と名誉を勝ち取れ!」
「「「「「オオオオオオオーーーーー!!!」」」」」
「常に俺らに!」
「「「「「自由と夢を!」」」」」
「生き抜くために!」
「「「「「死ぬまで生きろ!」」」」」
「行動開始!」
これは一時期冒険者に大きな衝撃を与えた事件。1流と呼ぶにふさわしい3級冒険者クランがさらに他の5つのクランと連合を組み、過剰とも思われていた戦力で4級ダンジョンに挑み、そして壊滅した。生存者はたったの1名。それ以外の冒険者が帰ってくることはなく、その後静寂の神殿は1級ダンジョンへと変更された。なぜか冒険者ギルドによって情報規制が行われその生存者が誰なのか、ダンジョンで何があったのかと一時期話題に上がり、そして時が経ち人々の記憶から忘れ去られてしまったそんな事件。
史実上、世界が最も大きく動いたと言われる『英乱の時代』の始まりの、ほんの数年前の出来事。