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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第三部第十六章

 安楽、住蓮、善綽、性願の四名に死罪を申し付ける――二月三日、都大路に立て札が掲げられた。防鴨河司長官三浦秀能の名により布告とある。

 罪名は、院の女御、松虫、鈴虫両名への女犯、処刑日は二月九日とあった。

 都中が大騒ぎとなったのは言うまでもない。

「たいへんなことになったわい」

「本当にそんなことがあったのか?信じられん」

「当の女人は出家させられたと言うのだから本当であろう」

「松虫、鈴虫という名前だとか」

「やはり、坊主と言えど所詮は人の子であったということか」

「これ、何と言うことを!吉水の上人様のお弟子様であるぞ!濡れ衣に違いない!」

「しかし、もはやこうとなっては……」

 都人たちの噂は尽きることが無かった。

 そんな都にあって、念仏を信仰していた民衆の怒りは日々高まるばかりであったが、院への恐怖感が都を覆い尽くしていたので、誰も、もはや、抗議めいた行動を公には起こさなくなった。

 が、しかし、ここの一角だけは違った。

 犬神人の里である……。

 四名の死罪の知らせは、祇園社のはずれの犬神人の里にもすぐにもたらされた。

 早速そこかしこで怒りの声が沸き上がった。

「黙ってはいられない!」

 気が付けば、人々は、誰に組織されるというのでもなく、里の中心の井戸の周りに集結していた。

「そうだ、もう、黙ってはおれん!」

 皆が口々に叫んでいた。

 その中で、源太が立ち上がった。

 彼は、井戸の傍らに立つと大声で村人達に呼びかけた。

「皆の衆!里の者を全員集めるのじゃ!それ、皆!」

 渾身の力を振り絞って叫んだ。

 この呼びかけに応えて、皆は再び里のあちこちに散らばった。

「皆の者、水汲み場に集まれ!」

 掛け声が里にこだました。

 気が付くと、広場はすべての里人で埋め尽くされていた。

「皆の衆!」

 広場が一杯になったのを知り、源太はさらに声を振り絞った。

「安楽、住蓮に死罪が申し渡されたことすでに皆の衆は承知であろう!)

 集まった皆が頷いた。場は重苦しい雰囲気に包まれた。源太は言葉を続けた。

「このまま、黙っていていいのか、安楽と住蓮は身を粉にしてこの里のために尽くしてくれたではないか!」

 広場に集まった者たちは頷きながら、源太の言葉に耳を傾けていた。

「人間以下の扱いしか受けていなかった我々を、人間らしく扱ってくれたのは彼らが初めてだった。生きることに絶望していた我らに、生きることの大切さを教えてくれたのも彼らではなかったか!」

 源太の言葉に、「そうだ、そうだ!」と皆が声を上げた。源太はさらにこう言って、彼の演説を締めくくった。

「その恩に報いるときが今でなくて、一体いつだというのだ!」

 力強く発せられた源太の熱弁が、こうして終わると、その弁舌に圧倒されたのか、暫し広場に沈黙が続いた。

 しかし、すぐに静寂は破られた。一部の者が源太の呼びかけに応じてこう発言し始めた。

「そうだ!」

「その通りだ!」

 すると、続いて立った者が声高にこう叫んだ。

「我ら、もはや半分は死んだ身、生きていても死んだも同然のこの体だ。いまさら命が惜しい者もおるまい。彼らを我らの手に取り戻しに行こう!殺されても本望、どうせ長くは生きられない!彼らのために死んでこそ、彼らに恩を返せるというものではないか!」

 その者がそう言い終わると、皆が一斉に叫びだした。

「そうさ、そうだ、取り戻そう!」

 騒然とした雰囲気となった。

「行こう!彼らを取り返しに!」

「死んでこそ生きる道があろうというもの。我ら、どうせいずれは死ぬ身、どうせ死ぬなら人の役に立つことを一度でもしようぞ!」

「おー!」

 と、興奮した人々が口々に叫びあった。

 広場は大いなる熱気に包まれた……。

 怒りの感情が渦巻き今にも爆発寸前の感だった。

 ――膝をついてみじめにこのまま生きるよりも、背筋を伸ばし、天に向かって立ち、顔を上げたまま、堂々と死んだほうが本望ではないか!

 ここに至って、源太はすくっと立ちあがると皆に大声で呼びかけた。

「さあ、白装束に着替えようぞ!我ら装束に身を包み、彼らが捕らわれている獄舎まで都大路を練り歩こうぞ!堂々とな!」

「おー!」

 こうして湧き上がった声は、地を震わさんばかりであった。

 源太は、涙ぐみながらも、安楽、住蓮、そしてさらには親鸞が撒いた種の大きさを、今また思い知らされた。

 ここに住む皆が熱心な念仏者というわけではない。

 中には安楽らの教化説法を快く思っていなかったものも多い。

 しかし、そんな彼らでも、安楽らの持っていた情熱には脱帽していたということである。さらには感謝の念を持っていたということである。

 それほど彼らの献身ぶりは見事だった。言葉ではとても言い表せないほど……。

 そんな彼らの恩に報いるのは今をおいてほかにはない!——皆が一つの思いであった。

 源太は装束に着替えながら、天を見上げた。そして言った、いや、叫んだ、と言ったほうが正確であろうか_。

「われ等、生きるために死にまする!阿弥陀様よ、見守っていてくだされ!たとえ往生叶わずとも、かまいませぬ。我らが果たすべきは友を救うこと!」

 こうして、固く決意するとともに、自らの死をも覚悟して、源太は、装束の帯をきりりと再び締めなおした。

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