第三部第十四章
こうして、都中が得体の知れないどす黒い恐怖感に覆われてしまった中……。
その恐怖感の、実は根源ともいえる、この院の御所では、例の三人の謀議がまたも執り行われていた。
「さて、あとのあらすじをいかがいたしましょうか?」
秀能の問いに、尊長はにやりと笑うと、その質問には直接答えず、こう言った。
「安楽、住蓮の二人が未だに抵抗しているのであるな?」
秀能は頭を掻きながら答えた。
「はい、左様でございます。あれだけ責め立てれば普通は嘘でも自白するものでございますが……。彼らは頑として抵抗を続けて……」
尊長が秀能の言葉を遮った。
「まあ、よい。あとの二人の自白があればそれで事足りよう。――御上へは私が報告する。そろそろ決着をつけるといたそう」
秀能は「承知いたしました」と言うと、席を立った。
場所は院の御所、奥まった所にある、いつもの謀議が執り行われる部屋である……。無論、いつもの顔ぶれでの秘密の会合であるのは言うまでも無い。
部屋には尊長と長厳の二人だけが残された。すると、今まで黙っていた長厳が徐に口を開いた。
「しかし、貴殿の悪知恵には脱帽した。御上の熊野詣の隙を狙って、六時礼賛興行に参加しようとしたお局様の計画を知って、それを見て見ぬふりをするばかりか、さらにはそれを利用して……、女犯の被害があったとは、まあ、見事な策略じゃ」
尊長が答えた。
「あの善綽なる者、命の保証と引き換えという条件で、言葉巧みにこちらへ寝返りさせることが出来た時点で、この度の計画はほぼ成功したものと踏んでおりました」
「なるほど……」
尊重はさらにこう付け加えた。
「あとは、女犯にあったということで、松虫、鈴虫の両名を出家させれば話は完結と……。またお局様も暫くは謹慎なさりましょう」
ここで彼はいつものようににやりと笑った。長厳もほくそえんだ。
「もはや、この御所内でお局様の念仏を聞くことはないということか」
尊長が答えた。
「お局様どころか……。あの二人の始末が終われば、次には高声念仏(声高らかに念仏を唱えること)の禁止の宣旨を出す予定。そうなれば、もはやこの都では念仏の声を聞くことはありませぬ」
顔を見つめあった二人は次には声を立てて笑い出した。
「はははは!」
「これで、あの厄介な念仏狂信者どもも終わりということか!」
「ははは!」
聞く人が聞けば、驚きのあまり声を失ったであろう……。
無論、歴史書にこの謀議のことは記されていない……。
歴史とはそういうものであるのか?
なぜか、この冬は雪の降り続く日が多い。
二人の笑い声は暫く、かくして雪の降り積もる院の御所の中に、その清らかな美しさをあざ笑うかのように、いつまでも響き続けるのであった。




