第三部第十二章
京の都でかくして、歴史の一大事が進行している折……。
盛高は、実は近江にいた。
馬渕の里の二回目の視察である。――尊長に命じられたのだ。
そして、視察を終わって、京の都に帰った彼を出迎えたのが、まさにこの歴史の一大事、法然一門への大弾圧であったのである。
住蓮、安楽らの逮捕投獄など、彼を迎えたゆきから、あらまし事情を聞くと、彼は茫然自失となった。
「なぜ、このようなことに!」
しかし、冷静に振り返ってみると、最近の院の御所の動きはまさに、これを狙っていたのであろうか?と思える節がある。
実際……。
先の所領地視察の折に、首洗いの池での妙な話を聞いて以来、御所内での動きがすべて何か陰謀の一環のように、盛高には見えて、彼は心が落ち着かない日々を送っていたのである。
そこへ持ってきて、自分の不在の折に、このような大事件が……。
――これは何かの間違いなのか?それとも誰かの謀なのか?
安楽、住蓮は勿論、六時礼賛に関わる法然の弟子達が女犯などという行為をするはずは無い、ということは誰よりも彼が承知していた。無論、弟子と称するものの中に、そのような不埒な行為をするものもいたであろう。しかし、それは念仏者でなくとも、かねてより都にはそのような破戒僧は多くいた。
「しかし、それにしてもお局様に……」
間違いであっても、起こりようのないことであると断言できた。
――とすれば、やはり誰かの企みなのであろうか?
盛高の頭には、真っ先に尊重、長厳、秀能の顔が自然と思い浮かべられた。
「いやいや滅多なことを考えるものではない!」
彼は頭をぶるぶるっと振るった。
何の確証も無い。
しかし……。
、自分が念仏者に近い者であると分かって、最近は彼らの会合から遠ざけられたのであれば、話は説明できる。この度の視察命令も、わざと自分を都から遠ざけたものとも考えられた。
「念仏者に大弾圧を加える気であったか?」
すべては推測であるが、大いにありそうなことであった。鎌倉幕府と本気で戦おうかと考えている彼らにとって、東国武士に急速な勢いで広がりつつある念仏信仰は根絶やしにすべき存在に間違いなかった。
「何というおそろしいことよ!」
そう、思いながらも、自分が何か出来なかったのか、と考えると、胸が詰まった。
――ゆきとの将来のことにばかり目が行き、大切なことを何か見逃していたのではないか?
しかし、いずれにせよ、もう遅かった。
すべては院の命令で行われている。まはや誰も止めることは出来ないのだ。
「何とかならぬものでしょうか?」
涙ながらに訴えるゆきの懇願にも、「いかんともしがたい……」 と、ただ溜息しか出なかった。
ゆきはゆきで、自分を執拗に責めていた。
「私が、お局様のこと、住蓮様にお願いしていなければこんなことには……」
盛高はゆきを慰めた。
「ゆきさん、自分を責めてはいかん。――それより、今、何が出来るか考えよう。よいな」
「はい……」
何としても、安楽、住蓮を助けたい。
「そのためには……」
――たとえ御上に反逆したと言われても!
盛高はある重大な決意を心に秘めつつ、ゆきを慰め続けた。
「俺には、どうやら、”なすべきこと”が、たくさんありそうだ……」
と、かって夢で言われた、阿弥陀仏の言葉を思い出しつつ、思わず呟く彼に、ゆきは、「えっ、どういうことでございますか?」 と尋ねた。
「いやいや、なんでもない!」
そう返事をしながらも、彼は、重大な決意をどう実行に移すか、次の局面にどう立ち向かうか、を考え始めていた。
そこは職業軍人の本領であった。
「綿密な計画を練らねば……」
思案にふける盛高を見て、今はただこの方に望みを託そうと、ゆきは思うばかりであった。
「おまかせします、なにとぞ!」
そう言って、また泣き崩れるゆきを、さらに慰めつつ、盛高は、自分に何ができるか、何をなすべきか、を冷静沈着に考え始めていた。




