第三部第十章
友が捕らわれた!
ゆきは知らせを聞いて、一目散に応水のもとへ走った。安楽、住蓮らが捕らわれたのが京極の獄舎、と聞いて、彼なら何かの力になってくれるかもしれない、と思ったからである。
「応水様!」
涙ですでに目を真っ赤にしていたゆきは、応水の顔を見ると、またもや、「わっ!」と泣き出し、彼に縋りついた。
応水も悲しみにくれていた。
「ゆきさん、辛かろう……」
応水も慰める言葉が無かった。悲嘆にくれるゆきを抱きしめながら、しかし一方で、彼は、この事態を、何かの間違い、というよりは、「ひょっとすると、もっと何か陰謀めいたものではないのか?」と、その鋭い直感で、捉えていた。
漸くゆきが落ち着いたのを見ると、彼はゆきに問うた。
「一体何があったのか、詳しく話してほしい」
「はい」
ゆきは、自分と、伊賀局の関係、そして今に至るまでの経緯を簡潔に彼に説明した。
「そうか……」と応水は呟いた。---ゆきは全ては自分の責任であると泣きながら言う…。
---善意で動いたこととは言え、友人を結果的に苦しめている。
---いや、苦しめている、というどころの話ではない。死をも覚悟しなければならない状況なのだ。
そう考えると、ゆきは悲しみに打ちひしがれて、半ば泣き叫ぶように「私が悪いのです。いらぬ頼みごとをしたばっかりに!」と言って、その場にしゃがみこんでしまった。
応水は泣きじゃくるゆきを慰めた。
「阿弥陀様の本願に縋ろうと、そちを頼りに訪ねられたのであろう。であれば、ゆきさんは何も悪いことをしておらん。――自分を責めてはいかん」
ゆきは、しかし、そんな慰めの言葉も耳には入らぬようだった。わんわんと声を上げてただ泣き続けるばかりである。
応水はそんなゆきの背中に手を当てて、彼女を宥めつつ、また自分に言い聞かせるように言った。
「さて、どう対策を立てたものか……」
二人がこうして頭を抱えているところに親鸞(この年、善信より改名を済ます)がやってきた。息を切らしている。
「応水様、それにゆきさんも! 」
「おお、善信……。いや、今は親鸞というのであったな。本当に大変なことになったのう」
「はい……。私は早速京極の獄舎に行こうかと思ってやってきました。抗議をせねば!」
実力で抗議行動に出ようという彼を、応水は嗜めた。
「今はいかん!此度は院宣として専修念仏の停止が申し渡されたのだ……。そんな折に、押しかければ、そちも獄舎に押し込められようものを!」
親鸞は、しかし、応水の言葉に耳を傾けなかった。
「反対されるのは当然でしょう。――しかし、彼らはあの獄舎で厳しい取調べを受けているのではありませんか!確かに、前回の安楽様取り調べの折は、そう心配はしませんでした。九条様が、朝廷の体面を保つべく、その指示で、検非違使を動かして、取り計らわれたことゆえ……。しかし、此度は事情が違いまする。上皇様直属の西面の武士達が、鹿ヶ谷の精舎を急襲して四人を捕らえたとの由……。事態は深刻です。まして女犯などとは!――全くのでっちあげに他なりませぬ!」
親鸞の真摯な訴えに、応水もゆきも何の反論も出来なかった。
親鸞は涙ながらに、最後にこう訴えた。
「彼らへの責めは苛酷でありましょう。我らが傍にいてあげねば!一人でも多く!友として、また同じ念仏者として!」
こう話し終えると、親鸞は二人に頭を下げた。そして表へ出ようとした。――たとえ自分が逮捕されても構わないという強烈な意思が表情にありありと出ていた。
「待て!」
応水が、彼を呼び止めた。――呼び止められて、親鸞は足を止めた。応水がその後姿を見ると、怒りのせいであろう、その肩はわなわなと震えている。
応水はそんな彼を宥めるように、落ち着いた口調で続けて言った。
「おぬし一人を行かせるわけにはいかん。わしも行く!」
すると、ゆきも共鳴した。
「私もよ!死ぬんなら皆一緒。私一人を残さないで!」
そう言うと、ゆきは立ち上がって、後ろから親鸞に抱きついた。そしてわっと泣き出した。
親鸞も、目に涙をためながら、「ありがとう、ありがとう……」と、言いつつ、ゆきの肩を叩きながら彼女を慰めた。
三人は外へ出た。――四人が閉じ込められた獄舎までは歩いてすぐである。
「覚悟は出来ているか?」
応水の問いに、残りの二人は黙って頷いた。
「では、参ろう」
足元を襲う、師走の京の底冷えに体を震わせながらも、悲壮な覚悟の三人は、互いを見つめつつ、しっかりとした足取りで、仲間のいる獄舎へと駆け足で急ぐのであった。