第三部第七章
建永元年十月末……。
その権謀術数渦巻く、ここ院の御所では、尊長、長厳、秀能の三者が秘密の会合を持っていた。
「さてさて、尊長、貴殿が言っていた、『良い考え』とやらだが、その後の展開はどうなっているのか?是非とも聞かせて欲しいものだが……」
長厳が尊長に尋ねた。
この三者は誰が指揮官であるというのでもない。それぞれ、二位法印、那智検校、防鴨河司長官、と役職名があるが、いずれも、後鳥羽上皇が朝廷の権限を超えて、勝手に与えた役職名である。朝廷の昔からの秩序を無視し、自由奔放に自分の生き様、考えを天真爛漫に押し通そうとする後鳥羽上皇らしい人事が作り出した、怪しげな”院の側近”達である。
尊長は答えた。
「まあ、もう少し待ってほしい。うまく行けば、あの念仏信者の一団を根こそぎ退治できようというもの。しかし、いま少し、最後の根回しが必要だ。ことは慎重に運ばねば……。のう秀能」
呼びかけられた秀能がこれに応じた。
「あの善綽なる者、今や、我らの思うが侭であります。いつでも計画は実行に移せるかとは思いますが……」
これには、直接答えることはなく、尊長はただ頷いて同意を示した。
長厳は、「左様か……」と、言うと、そのまま押し黙っていたが、おもむろに口を開くと、
「まあ、謀は貴殿らの得意とするところ。私は黙って貴殿らのお手並みを拝見するといたそう」
と、語った。
すると、秀能が思い出すように話し始めた。
「それにしても、傑作でありましたな。あれは今年の春、桜の花の散る頃、この御所で、興福寺の連中に食って掛かる、あの青二才の念仏僧たちの姿……。我らが、まともにその話を聞いていると信じ、一心に自説を主張し……。まったく滑稽というか、何と言うか……」
この発言を長厳が遮った。
「しかし、見くびるでないぞ…。特にあの者、――名を何と言ったか、確か善信と申したか、あの男は要注意じゃ。興福寺の連中もやり込められてしまったあの弁舌!連中もただ舌を巻いていたではないか」
尊長もこれに同意するべく、大きく頷いた。
「確かにあの者には気をつけねばなるまい。ただの乞食念仏僧ではない。六時礼賛興行の連中と同様、いや、あるいはそれ以上の処罰を与えねばなるまいて」
「うむ……」
長厳もこれに同意して頷いた。彼は続いて尊長、秀能の方を見やると「ともかくも、最後の詰めを急ぐことじゃな。一刻も早く、あの狂信的念仏集団の息の根を止めねばなるまい」と、告げた。尊長に代わって、秀能がこれに答えた。
「長厳様、お任せください……」
秀能はこう返事すると、次いで、思い出したようにこう付け加えた。
「それで、でございますが……。今後は、副長官の盛高は、この謀からは遠ざけようと思います」
「ほお、それはいかがしてか?」
長厳の問いに、今度は尊長が代わってこれに答えた。
「あの者、念仏者と交わりがあることが判明しましたがゆえに、のことで……」
「何とあの者までもか……」
長厳の驚いた表情を見て、尊長がこう付け加えた。
「長厳殿、今や、念仏者の勢いたるや、この御所の中にまで相当深く入り込んで来ておりまする」
長厳は溜息をつくと「そもそも、お局様が……」と、言いかけたが、尊長がこの長厳の発言を遮った。
「ご心配無用、今回の謀にはお局様のご協力も頂くことになりましょうから……」
と、言うと、尊長は、秀能と顔を合わせて、にやりと笑った。
長厳はこの発言を聞いて、あきれてしまった。
――悪知恵ではこの者らにはかなわない。
「貴殿ら、何やら、相当、悪い計略を廻らしているようじゃな」
と、言うと長厳は思わず、からからと大声をあげて笑ってしまった。
尊長、秀能もつられて声を立てて笑った。
秋の夜更け、院の御所の一室で、かくして、この怪しい三人の怪しげな会合は遅くまで続くのであった。