表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
84/110

第三部第二章

「盛高参上しました」

 盛高は尊長の部屋の手前で立ち止まると、腰をかがめ、そう言って入室の許可を求めた。

「入れ」

 尊長に促されると、盛高は立ち上がって、部屋に入った。そして尊長の前に座した。――部屋には尊長一人しかいなかった。

 慈円に仕えていた頃から比較すると、大出世の彼であった。

 盛高も叡山にいる頃、何度か顔を合わしたこともあるが、彼の知る限り、叡山では、祈祷に秀でいていること以外、特に目立った存在ではなかった。それが、慈円から後鳥羽院の加持祈祷僧として推挙されるや、めきめきと頭角を現し、今や二位法印である。

そんな思い にふけっていると、尊長が徐に口を開いた。

「実は頼みごとがある」

「頼みごとと申されますと?」

 盛高の返答を聞くと、目をぎょろつかせながら、尊長はにやりと笑った。――威厳に欠ける……常日頃から盛高は、尊長のこの不快な笑顔を見るたび「この笑いも自らの威厳を保たんがためのものであろうが……」といつも思うのであった。そしてこの笑いが逆に威厳を貶めていることに、当の本人が気付いていないことが、この院の御所の不幸な問題でもあったろう、とそんなことを考えていると尊長が話を続けた。

「実はだな……」

「はい」

「このたび、ありがたいことに、御上より、荘園を賜ることとなった」

「は……」

 盛高は話の要点が掴めず当惑した。――そのことと自分のことと何の関係があるのか?

 しかし、次に尊長の口から出た言葉に、盛高は驚きのあまり声を失った。

「その荘園が、実は……、近江の地、馬渕の里なのだ」

 ――何ということか!

 内心は驚きつつも、盛高は平静を装うと「左様でございますか?」と、落ち着いた口調で答えた。

 尊重は、盛高の返答を受けて、またにやりと笑った。

「そうなのだ……」

 盛高の脳裏を様々な思いが交錯した。彼は言葉を失ったままでいた。

「で、実は頼みと言うのは……」

 尊重は言葉を続けた。

「はい」

 ようやく心の冷静さを取り戻した盛高は返事をすると、居住まいを正した。

 尊長は続けた。

「聞くところによると、かって馬渕の里の荘園管理をしていたのが、貴殿の父君であったらしい。つまり貴殿はそこで育ったということであろう?」

「まことにその通りでございます」

 返答しながら、盛高は運命のいたずらを感じた。――何というめぐり合わせか!

そんな盛高の心の動揺を見透かすかのように、尊長はにやりと笑うとこう言葉を続けた。

「そこで、頼みたいのじゃ。馬渕の土地のことは誰よりもよう知っているであろう」

「はい、まことに」

「では、月に一度程度でよい。視察に赴いてくれんか。そうしてもらうとありがたい。実は現地で管理を任せるものはもう近しい者の中から選んでおる。そこでだーそれに加えて、土地勘のある貴殿の助言があれば、荘園管理は鬼に金棒ではあるまいか!――噂に聞けば、何でも、誠に良い土地らしいのう、馬渕の里は。収穫もたんと見込めるとのことじゃて……。あはは!」

 自慢げに話す尊長の言葉を、盛高は平静を装って聞いていたが、内心は、懐かしさが込み上げてきて、思わず涙ぐみそうになるほどだった。また冷静に受け止めて鑑みれば、将来、故郷でゆきとの暮らしを夢見る彼にとって、これは千載一遇の好機、と言える話でもあった。

盛高は迷う事なく答えた。

「はい、まことに、良き所にございます」

 そしてさらに続けて「この盛高、ご命令の通り、尊長様のお役に立てるのであれば、まことに幸せというもの。お勤めに精進させていただきます!」と力強く言って、言葉を締めくくった。

 何であれ、故郷へ帰れる口実が出来て、盛高はともかくも嬉しく思った。

「いずれ、故郷で暮らす足掛かりにもなろうというもの…」

 そう思うと、心も随分と軽くなってくるのを彼は感じた。

 そんな盛高の様子を見て、尊重も満足に思ったのであろう。

「うむ、結構。では任せたぞ。ーさがってよろしい」

 と、盛高に退室を促した。

「はは!」

 そう返答し退室した盛高は、自分の部屋に戻りつつ、自分を襲う運命のいたずらを感じていた。

「ゆきを誘って早速一度故郷へ赴くとしよう!」

 逸る心を抑えるのが精一杯の彼であった。

「馬淵の里か…」

 彼の脳裏を懐かしい故郷の光景が埋め尽くしていた。

 しかし、この運命のいたずらが、この先、さらに悲しい廻り合わせをもたらす序曲に過ぎないことを、盛高はまだ知る由もなかったのである……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
http://nnr2.netnovel.org/rank17/ranklink.cgi?id=sungMin
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ