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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第二部第二十六章

 「何の不足も無かろうはずの院の女御様が、何故この六時礼賛にわざわざお出ましになられようというのか?」

 住蓮は尋ねた。素朴な疑問だ。院の力を持ってすれば、比叡山から高層を招くことだって容易であろう。---

それなのに一体全体どうして?

「はい、それには深い事情がおありになるのです……」

 ゆきの語る所によれば……。

 亀菊は、当初こそ後鳥羽院の寵愛を一身に受けて、順風満帆の毎日であった。

 しかし、院の周りでは、次から次へと新しい女御が登用されていく。気が付くと、院の関心は他の女性に移って、自分への関心は薄れ去ってしまっていた。

 当然覚悟していたとは言え、そんな境遇に置かれているうち、世の無常を感じるようになってきたのだという。

「いつしか、彼女は阿弥陀様におすがりになるようになっていたのです」

「そうか……」

 住蓮は、高貴な人は高貴な人なりに、やはり世の無常を感じるものなのだ、ということを改めて思い知らされた。

 ゆきは続けた。

「そして、偶然、私はその話を耳に入れてしまったのでございます。彼女も私の存在を知ると、早速私と会いたいと申しますので……。そこで、こっそりと彼女と会ったのです」

「なるほど」

 それだけ言うと住蓮は再び黙って、ゆきの話に耳を傾けた。

 ゆきは続けた。

「稲荷詣でにかこつけまして……。あの方は伏見の稲荷に詣でるということで、そして私はそこで物売りを演じて、そして……。詳しく話を聞いたのでございます。これも阿弥陀様のお導きとしか言いようがありません」

「なるほど」

 住蓮も、夫婦和合の後利益を期待して、稲荷詣でが特に女性の間で盛んなことは、噂には聞いていた。

「藁をもすがるか……それなら誰も疑うまいな」

 ゆきは大きく頷くと、さらに続けた。

「話をするうち、この六時礼賛の話題が出まして、是非とも行ってみたいと……。この興行は御所の中でも噂として評判のようなのです」

「左様であったか……」

 住蓮は事情を聞いて納得はしたものの、さて、そのような身分の人を受け入れるとなると、どうしたらいいものか考え込んでしまった。

 無論、この六時礼賛へは、すでに、都の中にあって身分の高い人々も多く参加している。そして中にはお忍びで来るものもいる。しかし、だからといって特別扱いはしない。それが方針であった。

 仏の前では、皆平等ーーこれがこの興行の大原則でもあった。

 即ち、老若男女、貴賎の別無く誰でも受け入れる、これが方針であった。

 であれば……。

 たとえ院の女御さまであっても特別扱いはしたくない。

 しかし、そうはいっても、後鳥羽上皇の院の女御様である。しかも、かっては寵愛を一身に受けていた方を……。

 住蓮は思案の末に口を開くと、こう言った。 

「さてどうしたものか……。ともかくも一度、安楽に相談することとしよう」

 住蓮一人で結論を下せる問題でないのは明らかだったし、そのことはゆきも当然理解していた。

「よろしくお願いします」

 ゆきは頭を下げた。

「どうして、礼など不要。弥陀の救いを求める人を見捨てることなど出来ようものか!」

 住蓮はそう言うと、ゆきの肩を叩いた。

 ゆきは、わっと泣き出した。

「本当に、本当にありがとうございます」

「相変わらず泣き虫だな!」

 そう言って、ゆきを慰める住蓮であったが、ゆきが漸く泣き止むと、ゆきの話の中で疑問に感じたことを彼女に尋ねてみることにした。

「ゆきさん……」

「はい……」

 落ち着きを取り戻したゆきは、住蓮の呼びかけに応えると、顔を上げて彼を見つめた。思いつめていた表情は消え去り、安堵に満ちた表情であった。

 住蓮は、そんなゆきを見て安心すると、早速その質問を彼女にぶつけた。

「そもそも、その伊賀局様とも、久しく会っていなかったのであろうというもの。偶然とは言え、どうしてお互いのことを知ることになったのか」

 いくら顔見知りだったとは言え、今の互いの境遇は全く違う……。素直な疑問であったゆえに、ゆきも気軽に答えた。もっと、それが、二人のこれからの運命を大きく変えることになろうとは、無論気がつく由も無かったが……。

「はい、それが佐々木盛高様とのお話の最中に、彼女の名前が突然出てきたものですから……」

 その瞬間、住蓮の顔が引きつるのを、ゆきは見ていなかった。恋仲にある人の名前を出すのが恥ずかしくて、ゆきは下を向いていたからである。

 一方の住蓮は、体がわなわなと震えて、言葉が出なかった。次には、体が硬直し、頭に強烈な一撃を食らったような感じで、続いて目の前が真っ暗になり、ゆきの言葉もまったく耳に届いてはいなかった。

 ――佐々木盛高!

 その名前が住蓮の頭の中をわんわんと音を立てながら駆け巡っていることにゆきはまだ気が付いていなかった。

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