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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第二部第二十五章

 時は若干前後する……。

 元久二年(千二百五年)九月のある日……。

 場所は、鹿ヶ谷にある、とある古びた草庵……。ここは、六時礼讃興行の拠点が鹿ケ谷へ移ってから、彼らの拠点となっっていた場所である。

 住蓮と安楽は、その中の一室で仮眠を取っていた。

 最初に住蓮が、まどろみの中から目を覚ました。大きいあくびをすると、彼は傍らの安楽にこう呼びかけた。

「おーい安楽……」

 しかし、返事はない。不眠不休の勤めが続いていたので無理も無かった。

静寂の中に住蓮の声だけが響く…。

「おーい安楽!寝てしまったのか?……」

しかし、やはり安楽からの返事はない。

「安楽!」

 と、三度重ねて問いかけたが全く返事が無い。

「駄目か……」

 無理も無かった…。六時礼讃興行がますます盛況になる中、二人は、ほぼここに缶詰状態であった。このため、二人共に、疲労が蓄積し、体力気力共に限界に近い状態が続いていたのであった。

「これ以上声をかけても起きるまい」そう考えると、住蓮は再び目を瞑って、横になった。

 眠気が再び襲ってきた。

 ゆき、三郎、次郎とも、ここの所全く顔を合わしていない。

「彼らも元気だろうか?」

 先述したが、この頃には、安楽、住蓮らの六時礼賛興行は、吉水を離れ、場所をこの鹿ヶ谷に移していた。

 参加者が日毎膨らみ、結果、あまりに多くの参加者のため、引導寺では手狭になったのが一番の原因であることもすでに述べたとおりである。

 そして、安楽、住蓮は、殆ど他の活動はいったん休止して、今は、全精力をこの六時礼賛興行に注いでいた。

 安楽、住蓮が行っていた鴨の河原での辻説法、また犬神人の里での奉仕活動、説法などは、綽空しゃっくうがかわりにこれを行っていた。

 左様、名を改めて”綽空”と今は呼ばれている---あの範宴である。

 彼は、法然に正式に入門が認められたあと、法然からこの名前を貰った。そして短時間に研鑽を積み、法然からも高く評価されるほど、浄土経典の全てに精通するに至っていた。

 後から入ってきた者が先になった、と陰口を言う弟子もいたが、彼の天賦の才能は法然に師事したことで一気に花開いたと言うべきであろう。今や、教団の中にあって、その若さにも関わらず、誰からも一目置かれる存在になっていた。

 そんな綽空は独り立ちし、二人は今は六時礼賛に没頭していたということである。

 何故、そこまで打ち込めるのか?

 人から聞かれても、確固とした答えがあるわけではない。あえて言葉を濁すのだが、住蓮は自分では内心思うところはあった。それは「時子に自分は何もしてやれなかった!」という悔恨の念…。それが、今の自分を駆り立てているのは間違いあるまいと、彼自身承知していたのである。

 周囲からは、何もそこまで自分を責めなくても、と言われる。

 しかし……。

「やらずにはいられないのだ」と思う。

 このようにして、いつも決意を新たにし、『さあ、頑張らねば!』と、心に誓い、疲労困憊で弱り果てた体に鞭打って、また体を起こすのである。

 今日も例外ではない。――そうして、再び気力を振り絞り、体を起こさんとしたその時であった。

「住蓮様!」

 懐かしい声がした。

「その声はゆきさん?」

 問い掛ける住蓮に「はい」と、答えが帰ってくると同時に、女性の姿が目の前に現れた。

「これは、これは、ゆきさんではないか!」

 住蓮は飛び起きた。何よりもまずは、懐かしかった。

「お久しぶりであるな!ひょっとして、かれこれもう一年も会っていないのではないか?」

 ゆきは、にこりと笑うと、こう返答した。

「左様です。もう二年近くになるやもしれませぬ」

 住蓮は天を仰いだ。

 もっとも、ゆきとの関係が疎遠であったことが、盛高との遭遇の機会を幸いにも遠ざけることになっていたことには全く気が付かぬ二人であったが……。

 住蓮はぽつりとつぶやいた。

「二年か……。確かにそれ位にはなろう。で、次郎、三郎は元気か?」

「はい、元気ではございますが……。あの方たちも最近は放免としてのお勤めが忙しく、私も、殆ど会う機会がありませんので……」

「そうか、都の治安は悪くなる一方であると、噂には聞くが……。で、ゆきさんは……」

 と、そこまで言うと、住蓮は口篭もった。

「例の北面の武士との仲はどうなっているのか?」

 と、聞こうとして思いとどまったのである。

 住蓮が口篭もったままでいるのを見て、ゆきも黙ったままでいた。かって、恋心を寄せた人との再会である。

「……」

 何とも気まずい空気が流れた。

 住蓮が、このきまずい沈黙を破ろうと、口を開いた。

「で、ゆきさんも元気そうだな!よかった。心配していたからな!」

 と、わざと、元気のいい声を出すと、それに対して、ゆきもにこりとして、こう言った。

「ありがとうございます。お気遣い……」

 そして、頭を下げた。

「何も頭を下げんでも……」

 そう言う住蓮も、ゆきと顔を見合わせると、にこりと微笑んだ。

 かっての息の合った仲間同士、いや、無論今でもそうではあるから、やはり心は通じ合う。住蓮はゆきが来た目的を見抜いていた。

「それより、何か相談が?相談があるのであろう?」

「はい……」

 ゆきは、徐に口を開くと、相談事を語り始めた。

 住蓮は黙って最後まで聞いていた。

 ゆきが語り終えると、住蓮は大きく溜息をついた。

「さてさて、これは困ったことだ」

「やはり、左様でございましょうね」

 ゆきも大きく溜息をついた。

 ゆきの相談事とはざっと、以下のような内容のことであった。

 即ち……。

 後鳥羽院の御所に実は自分が白拍子だった時の先輩がいるのだという。その先輩が、この六時礼賛に参加したがっているのだ、という。

 元白拍子とは言え、今は院の御所に女御として召されている、やんごとなきお方が、このような集まりに参加することなど出来るものなのか?また参加出来るとして、安楽、住蓮に迷惑をかけることになりはしまいか?さらには吉水の上人様にも迷惑をかけることにはならないか?

 ゆきは自分一人で判断出来ることではないと思った。そして相談に来たのであった。

「---と、そんな事情なのです」

 そうして、ゆきからあらまし説明を受けた住蓮は困惑した面持ちで、ゆきに質問した。

「で、その女御様もかっては白拍子であったということか?」

 住蓮の質問にゆきは答えた。

「はい、共に後白河法皇様に目をかけていただいて……」

「で、その方の名前は?」

「私達は当時『菊さん』と呼んでいました。とても優しくて、私を始め若い人達の面倒をよく見てくれました。その後、どんな縁かよくは存じませんが後鳥羽院様に見初められ、院の御所に召されたと聞きました。今は御所にあって亀菊---伊賀局亀菊様と呼ばれています」

「伊賀局様か……」

 住蓮は天を見上げた。

「さてさて、昨年の暮れに、叡山の怒りを静めようと、法然様を筆頭に、我ら一門百九十名の門弟が七箇条の起請文に署名し、これを天台座主に提出したばかり。――これにて、今のところ、叡山の怒りもやや沈静化したかと安堵しているところであるのに……」

 溜息混じりの住蓮の返答に、ゆきは「やはり、ご迷惑をおかけしますでしょうか?」と敢えて問うた。

「うむ、院様の知られるところになった折、果たしてどのような……」

 そう言って、しばらく天を仰いでいた住蓮であったが、ゆきを見ると、にこりと微笑んで力強くこう言った。

「何を、しかし、迷惑などと!---許せ!少しでも迷いを感じた自分も愚かであった!だってそうではないか!弥陀の本願を頼りに来られようという人を、我らがいかなる理由をもって断れようか。来られればよい。確かに大変なことではあるが、なーに、何とかなろうものよ」

 思わぬ優しい住蓮の言葉に、ゆきはほっと安堵の溜息をついた。

「ありがとうございます。優しいお言葉。そう言っていただいただけで、ありがたい気持ちで一杯です」

 住蓮は、傍らで安楽が寝ていることに気が付いた。

「ゆきさん、安楽を起こすと話がややこしくなろう。また誰かに聞かれてもまずかろうゆえ、場所を変えよう」

 と言うと、彼は立ち上がった。

「はい」

 ゆきは住蓮の言われるままに、後をついて行った。

 二人は草庵の脇にある小屋に入った。

「ここなら大丈夫だ」

「はい……」

 ゆきは何とも複雑な気持ちになった。---何と言ってもかっては恋心を抱いた相手である。二人きりでこのような場所にいることが何となく気恥ずかしく思われたのは当然であった。そして、住蓮の胸の内も同様であったのは言うまでもない。

 そんな気まずい雰囲気を悟ってか、住蓮が努めて明るい口調で、ゆきに問い掛けた。

「もう少し詳しく聞こうか」

「はい……」

 この相談事が、天下を揺るがす大騒動になろうとは、到底予期も出来ない二人ではあった。---もっとも、時代の奔流に巻き込まれつつあるのを漠然とは感じてはいたであろうが……。

 それでも…。

「阿弥陀様の救いを求める人のためにはすべてを犠牲にする、いやできる」

 そんな信念が二人を突き動かしていた。

「たとえ自らの命に危険が迫ろうとも!」

 そう口にこそは出さないが、互いにそれを確かめつつ、二人は会い向かいに坐した。

「では聞こうか」

「はい」

 ゆきは重い口を開いた。そしてゆっくりと詳細を語り始めた。

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