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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第二部第二十一章

 慈円の歴史分析が鋭い面を持っていたことは事実である。

 であれば、法然、慈円両者の会談決裂の原因は法然の頑固さであったのか?

 しかし、ここでは和解を拒絶した法然の心情を少し代弁しておこうと思う。

 安楽、住蓮の口を借りて……。

「住蓮、聞いたか?」

 安楽が何を聞いているのか、住蓮はすぐに察した。

 場所は、鹿ヶ谷に位置する、とある草庵。――六時礼賛は当初、現高台寺近くにある東山の引導寺で行われていたが、そこが手狭になった関係で、最近場所をここ鹿ヶ谷に変えたのであった。

「ああ、昨日の会談の件であろう。和解はならなかった、と」

 安楽は大きく頷いた。

「立宗宣言の撤回、これは譲歩しようと思えば出来たのではないか?ーーそう言って、師を諌める者もおるとのこと。−−信空様もその一人らしい。一方で、幸西、行空を始め、これで、天台と決裂したことを喜ぶ過激なものもおる。−−住蓮、貴殿はどう考える。私にもよく分からない、というのが本音のところなのだが……」

 単刀直入に聞かれ、住蓮は少し戸惑った。しかし、友には率直であるべきだとの思いから、自分の考えを思うままに彼に告げることにした。

「それがしが思うに、これは、われわれ市井の念仏僧が立って拠り所としているものと、天台の僧、慈円座主もそうであろうが、彼らが拠って立っているものとの決定的な違いからくるものだ」

 安楽は、友の分析の深さに興味を抱いた。

「ふむ、面白い。どういうことか聞かせてくれ」

 住蓮は、そう言われると、一瞬躊躇した。

 法然門下生として、自分は安楽より後輩である。多少の遠慮が働いたのは当たり前のことではあった。

 しかし、彼が述べんとした主張は、彼自身かねてから思っていたことでもあり、住蓮は「ここは思いの丈を話すとしよう」とようやく決意した。そこで少し、間をおくと、彼は、そのたまった思いを吐き出さんばかりに、一気に話し出した。

「我らが拠って立つところは、民、民の声、民の嘆き、民の悲鳴であろう」

「うむ……」

 安楽は住蓮の言わんとすることがうまく飲み込めないでいた。

 住蓮は続けた。

「それに対して、天台が立つところは、朝廷、それに公家、貴人達であろう?」

「ふむ……。つまり、それが、今回の結果とどう関係があるのだ?」

 安楽は単刀直入に尋ねた。

「よいか、我らは民の声を代弁するのみ。我らが物事を決定するのではない。民の声を代弁し、阿弥陀様に届けているのではないか。すべてを決定するのは阿弥陀様の仕事。無量無限の力を持っておられる阿弥陀様に我らは縋るのみ……」

「ふむ……」

 安楽はまだ合点がいかないでいた。

「このたびの立宗宣言も、民の声を代弁したに過ぎぬ。民の声の代弁であるものを、どうして師一人の考えで、それを撤回など出来ようか。師ですら、そんな権限をお持ちではないのだ」

「確かに……」

 安楽は、住蓮の的確な分析に脱帽した。

「慈円座主を始め天台僧たちは、頭たる権威を維持しようとして肝心の足元にうごめく民を見ていない。そもそも権威さえあれば、すべての物事を順調に問題なく決められる、解決できるというのであれば、どうして今の民の貧困があるのか?頭で体を支えられようか?そうするには逆立ちするしかないではないか。――そんなことをしたってそもそもが不安定だしすぐに倒れてしまう。ましてそれでどうして地面の上に立つ嘆き悲しむ民が見えようか」

「なるほど」

 住蓮は友の顔を直視すると、さらに続けた。

「私は思うのだが、大切なのは地面だ。そう、その地面に這いつくばってその日その日を何とか暮らしつないでいる民だ。権威ではない。権威に群がる貴人たちではない。権威が物事を作っていくのではない。物事を作っていくのは、この地面だ。つまり無数の民達だ……。多くの民が苦しみの声を上げたことで、上人も叡山を降りる決意をし、また一門も大きくなったのだ。決して我らの意思ではない。阿弥陀様の思いも同じであろう……」

 理路整然と語る住蓮を見て、安楽は友の成長振りに脱帽した。

「頭が、権威が、物事を作っていくのではない。頭は足元の反映にしか過ぎぬ。よって立つところによって、頭の中身も変わっていこうというもの。地面に足をおいていれば自然にそのことも分かろうというもの。ところが……」

「ふむ」

 住蓮は、普段多くを語らない友の饒舌ぶりに圧倒されてしまった。

「ところが、権威の上に立った天台は我ら一門のことしか見えておらん。我らばかりを見て、我らが寄って立っているところの土台、地面、そこで嘆き悲しむ民を全く見ておらぬ。大切なのは我ら一門が立っている土台、つまり無数の打ちひしがれた民達……。そのことに天台が気がつかぬ限り、和解など、とても叶うまい。――いや、そもそも和解等必要もない。---いや、だからといって、また対立することでもない。我らは我らの道を進むのみ、弥陀の本願を遍く人々に述べ伝える……。それに邁進するのみではないか?」

 こう一気に話すと、住蓮は大きくため息をついた。思いをありったけ述べたが、少ししゃべりすぎたか、という思いにもとらわれたからである。

 一方の安楽も、そんな友の発言に、大切なことを忘れていた自分が恥ずかしくなって、ただ黙っていた。

「確かにその通り。天台との対立は、ただの宗教上の争いではない!」

 しかし、ともすればそのことを忘れがちではあった。天台から圧迫されればされるほど、一門の先行きのことばかり考えてしまっていた自分が、何やら恥ずかしく思われた。

 先行きのことを心配せねばならぬのは、民達のことであった。

 民達の困窮ぶりは一向に改善されない……。

「いや、まいった。住蓮。貴殿成長したな!」

 安楽は一本取られた、という感じで頭を掻いた。

 住蓮は、まだ俯いたまま黙っていた。安楽は、というと、彼の楽天的性格からであろう、友からの助言で、何か吹っ切れた感じで、一転、空を見上げた彼の表情は、もう、いつもの快活さを取り戻していた。

「よし、やるぞ!」

 安楽の威勢のいい声に、住蓮も頭をもたげた。

 その住蓮を見て、安楽はさらに気勢を上げた。そしてこう突然歌いだした。

「いずこ〜におわすや〜、阿弥陀様~、現ならぬはあわれ〜な〜り〜。今宵も来ませ〜や、民の下〜、往生極楽願い〜つつ」

 見事な七五調で、今様のごとく謡いだす友を見て、住蓮は思わず笑ってしまった。

「おいおい、また踊りだすのか?」

 安楽はすでに立ち上がって踊り出そうとしていた。

「どうしてだ、俺から、歌と踊りを取ったら何が残る?」

「確かに!」

 二人は顔を見合わせると大声で笑い出した。お互いを信頼しきった笑い声は、豊かな平安さでもって、お互いの心を癒した。

 友とはこういうもの……。

 口にこそ出さないが、二人は友情を確認しつつ、立ち上がると、六時礼賛興行の準備に取り掛かった。

 今宵も多くの打ちひしがれた民が待っているのだから…。

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