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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第二部第十二章

 盛高がこうして、自分の夢に向かって新たな歩みを始めていた頃……。

 その盛高を、新たな夢へと送り出した側の人物……。

 そう、慈円は、ここ比叡山で、真性と会談中であった。彼は法然との面会がなかなか実現しないことに苛立ちを募らせて、弟子の下を訪ねたのであった。

 法然の側に打診したところ、向こう側に依存はないという。

 問題は叡山、天台の側にあった。

 真性によれば……。

 天台内の大筋の意見はこうであると。すなわち、天台側にしてみれば、法然側が白旗を掲げて全面降伏を申し出てくるのが本筋であり、その確約がないままに法然と会談を持つことなど受け入れられるはずが無いと。それがたとえ慈円の望みだとしても、と言うのであった。

 そして、実際、天台の重鎮たちは、二人の会談開催拒否を目論んで、慈円に陰に陽に圧力をかけてきていたのも事実であった。

 たとえ座主を退いた身であっても、慈円は叡山に大きい影響力を持っていた。その彼が法然と会談を持つことなど、言語道断というわけである。

「ということでございますが、さてさて……」

 真性も、困り果てたという顔で、そう呟くしかなかった。

 慈円は実は腹を固めていた。

「おそらくは秘密裏に会うしかあるまい」

 しかし、もしそれが知れれば……。

 その時のための根回しが必要だった。そのため慈円は、何度も叡山へ足を運んで、真性と会合を重ねていたのでもあった。

 しかし、真性の答えはいつも決まっていた。

「慈円様、今はまだ時期草々かと……」

 真性の言葉に慈円は苛立ちを隠せなかった。

「法然一門の側に、もともとの責任があるのは言うまでも無いが……」

 慈円はため息をつくと、そこで言葉を濁した。

「この日ノ本の国が危機に陥っているというのに!」

 慈円は、天台の側のかたくなな態度にも業を煮やしていた。

「なぜ、もっと、大局から物事を眺められないか?」

 そんな思いを真性にぶつけた。

「のう、真性。行基のこと、そちも存じておろう」

「行基……」

 真性は急に出てきた人物の名前に一瞬戸惑った。

「行基じゃ。奈良の都の時代に……」

 真性は誰のことかようやく理解できたが、

「はあ、それが、このことと……何の関係があるのでございますか?」

 と、狐に抓まれたような顔で問い返した。

「おおありじゃ!」

 慈円は真性に視線を向けると、一気に話し出した。

「行基は僧侶令を無視して民衆に布教活動をしていた。処罰されてしかるべきであった。ちょうど、今の法然のようにじゃ。しかるに、聖武天皇は、大仏建立にあたり、建立費捻出のためには、彼の組織した民衆の浄財に頼らざるを得ないと知るや、彼を、大僧正となされたではないか。勅令を出されてな」

 真性は慈円の言いたいことがようやく飲み込めた。

「慈円様は、法然一門にも同じように接しよ、と……」

 慈円は、弟子の顔を改めて見ると大きく頷いた。

「左様、彼らの力、利用すればよいのじゃ。彼らを天台の組織の下に取り込む努力をなぜしようとしないのか……。対立するばかりが脳ではない。利用しようとなぜ考えんのじゃ」

 慈円の熱弁に圧倒された真性であったが、ここで言葉を挟んだ。

「しかし、慈円様、山門(延暦寺のこと)、寺門(三井寺のこと)の確執さえ、未だに解決できてはおりませぬ。法然一門を懐柔し、天台の組織に組み入れていくことなど本当に出来るのでしょうか」

 慈円が反論した。

「組み入れなくてよいのだ!法然らはもともと天台を去った者たちだ。彼らを天台に戻す必要は無い。また、戻ってもくるまい」

 真性は困惑した表情で、言った。

「戻す必要が無い、とはどういうことでございますか」

 慈円は真性の顔を見ると、にやりと笑った。そして答えた。

「真性、空也上人のこと知っておろう」

「はい……」

 また新たな名前の登場に、狐に抓まれた気持ちで、真性はそうとしか答えられなかった。

「彼は三井寺とどういう関係にあったかな?」

 真性は、ここに至り、慈円の意図するところが少し読めてきた。

 空也上人……。時を遡ること二百年、平安の中期に活躍した念仏聖である。

「彼は三井寺を拠点として、精力的に京の都を歩き回って、念仏を庶民に広めたのではなかったか?」

 ようやく慈円の言わんとするところが飲み込めて、真性はこう答えた。

「檀那流…。左様でございますな!慈円殿は、叡山と法然一門のこの対立、かっての三井寺と檀那流一派のような関係に持っていけないか、と考えておられるのですね……」

「左様じゃ」

 そう答える慈円の目が輝いた。

 檀那流とは……。

 空也上人の直弟子千観が、三井寺内の僧たちに念仏を唱導し、組織した念仏結社である。彼らは積極的に町や村を回り、各地に念仏道場を作ったのであった。

「そうじゃ。三井寺は、本来なら破門してもよいはずの檀那流一派と対立するのでなく、彼らうまく利用したであろう。自らの勢力拡張のために、彼らを取り込むことに成功したではないか。また、資金集めにも……。確かに、檀那流一派の中には過激なものもいた。今の法然らと同じじゃ。が、三井寺はむしろ、それを逆に利用したのではないか?」

「確かにそうではございますが……」

 真性は慈円の言説にただ圧倒されていた。

「私の見るところ、法然一門が、その三井寺檀那流一派、さらにはそれを継いで信西入道が組織した通憲流を、遊蓮房(信西入道の息子)の死後、そのまま取り込んでしまっているのは間違いない。であれば、その力、今度は天台が利用しようではないか。つまり、彼らの組織、集金力、民衆への影響力を、天台が利用すればよいのだ。すべていただいてしまえばいいのじゃ。違うか?」

 真性は慈円の策士ぶりに脱帽はしたものの、一方では「しかし、今の叡山に、それだけの度量があるとは思えませぬ」とため息をつきながら、愚痴をこぼすばかりであった。

 慈円は、この弟子の不甲斐ない態度が情けなかった。

「その天台を立て直すのが座主たるそちの役目であろう!」

 と、慈円は弟子を叱った。

 しかし……。

 確かに、真性の言うとおり、どうも今の南都北嶺にはそのしたたかな寛容さが欠けているのは間違いなかった。

「これも長く続いた、戦乱の世のなせる業か?」

 頑なな天台の重鎮、加えて堂衆たちの態度を伝え聞く限り、真性がいくら努力しても、確かに限界があるのは目に見えていた。慈円もそれもよく理解していた。

 弟子を責めてもどうしようもないのかもしれぬ……。

「だからこそ、自分がやらねば」

 慈円は自分に言い聞かせた。

「であるからこそ、何とか自分の手で、この日ノ本の国の混乱に終止符を打たなければ!」

 慈円は改めて、そう固く決意すると、もはやこれ以上の話し合いは無用と判断した。そこで「では、また日を改めて近いうちに……」と、弟子に言い残して叡山を後にした。

 日暮れが近かったからである。こうして、叡山を後にする頃には、思いを新たにし、心を使命感で満たして、自らの未来での活躍に、胸膨らませるのであったが……。

 下山後も新たな動きは見られない…。

 徒に時が過ぎる…。

 時がなかなか来ない状況に、慈円の苛立ちは募った。

 失望感が日ごと増してくる……。

 そんなある日のことである……。

 思いがけぬ朗報が西山の慈円の山荘にもたらされた。

 建仁元年(千二百一年)二月のことである。

 彼に対し、天台座主への再任の勅令が下ったのである。

「まことか?」

 と、言いながらも、慈円の心は喜びで満たされていた。

 一度、座主を退いた者が、再任されることは、異例であったが、慈円の巧みな処世術のなせる業であったといえよう。

 なかでも、後鳥羽院との親密な交友関係が大きくものを言ったことは間違いない。

「後鳥羽院の推挙が大きかったようです」

 勅令を携えた使者の口からもそう伝えられた。

 そう言われれば、後鳥羽院は、その推挙に先立って、つい先日、慈円を院自身の護持僧として召抱えたところであった。

 いずれにせよ、また、自分が天台の最高権力者となるのだ!慈円の胸は高ぶった。

「これで、比叡山の過激な衆徒たちを自らの手で黙らせることが出来ようというもの!」

 慈円の胸は膨らんだ。

 自分を中心とした、天台の再建……。

 そして、それに法然一門を取り込んでいく……。

 初めて、天台座主となった頃を思い出した。あの時は不安も大きかった。しかし、今度は天台の手の内は知り尽くしている……。

「早速、法然房と、内々に連絡をとることとしよう」

 彼は、自信に満ちた態度で、弟子を呼びつけた。

「書状をしたためる。準備せよ!」

  彼は、弟子が準備に取り掛かっている間、期待に胸を膨らませながら、遠く、東の方を見やっていた。そして、思わずこう叫んだ。

「待っておれ!」

 無論、視線の先にあるのは比叡山である。

「慈円様、準備が出来ました」

 慈円は、書状をしたためる準備が出来たのを報告されると、早速筆を持った。そして自信に満ちた筆さばきで、力強く、法然宛の書面の作成にとりかかった。

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