第二部第十一章
さて、ゆきと別れると、盛高自身はは鴨の河原に一旦戻った。無論、事後処理のためである。死体の検分と処理は部下の放免がしたはずだが、何か見落としことがないかもう一度確認しようと思ったのである。
「まあ、こんなところか……」
と、呟く盛高に向かって、六郎が答えた。
「作用でございますな。放免共が後処理はしっかりしたようでございますな」
そう、あの六郎である。吹き矢の名手で、義仲軍に加わったあと、常に盛高と行動を共にしてきた、あの六郎である。
彼も、盛高の推挙により、後鳥羽院に召抱えられ、盛高の従者として、この都の治安の仕事に携わっていたのである。
「では帰るとするか」
「はは」
こうして、彼は六郎共々、院の御所への帰途に着いた。
道すがら、六郎が盛高に向かって言った。
「鴨の河原は大変な荒れようでございますな……。放免から事情はある程度聞いてはおりましたが……」
すると盛高は、まことに、言わんばかりに、首を大きく縦に振ると、六郎にこう返した。
「うむ…。しかし放免共は全く役に立たぬな。---図体こそ大きいが、いざとなると足がすくんで動けんとは……。役に立たぬ連中じゃ」」
「左様でございますか、ははは……。しかし百戦錬磨の盛高様に歯向かうとは、都には、命知らずの悪党もおったのですな」
六郎とこんな会話を交わしながらも、盛高は自分の数奇な運命を振り返っていた。
人を切ったのは久々である。
「切りたいのは時実の奴であるのに!」
盛高は悔しい思いに襲われた。---仇を討つ代わりの、この度の悪党退治ではあった。
「これも佐々木家再興のため」
そう自分に言い聞かせながら、都大路を闊歩した。そして、しばらくして後、二人は後鳥羽院の御所に着いた。
するとすぐに長官からの呼び出しがあった。
「すぐに三浦殿の元へ巡検の報告に参るように」
巡検とは名ばかりの場合が多いものだが、なかなか御所に戻らぬのを逆に不審に思っていたのか、三浦長官から直々に視察報告を求められたのである。
彼は早速長官と面会した。そして、三人の悪党を自らの刀で切って捨てた話をすると、秀能はいたく喜んだ。
「噂には聞いていたが、腕は確かなようじゃの。頼もしい限りではある」
秀能の言葉に、盛高は深々と頭を下げると「ありがたきお言葉、身に余る光栄です」と、謝意を述べて、巡検の報告を終わった。そして「では、失礼いたします」と、述べると、彼のもとを辞し、自分の部屋へ戻って行った。
彼はその日、早々と床に就いた。
久しく、眠れない夜に苦しんでいた盛高であった……。悪夢に幾度うなされたであろうか!――無論、原因は時実の件であることは言うまでも無い。
しかし、その夜は、珍しく深い眠りに落ちた。
しかも眠りの中で、久方に心地よい夢を見た。――そう、それは、今日、鴨の河原で助けたゆきの夢だった。
夢の中で、傍らにゆきがいた。笑顔を振りまきながら……。
「ここはいかなる場所か?」
気がつくとにそれは近江馬渕の里であった。そこを、彼はゆきと二人で散歩していた。楽しげに語らいながら……。
そして、目の前には再興された佐々木家の立派な屋敷があった……。
「時子、生きていて欲しかった…」
夢の中で、時に涙ぐみながらも、彼はゆきと二人、次には、馬渕の里を馬で駆け巡っているのであったた……。
「いつか帰れるだろうか?あの地へ」
期待と希望に胸膨らませながら、夢の中で、彼はいつまでも近江の地を駆け巡っていた。ゆきと二人で……。