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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第一部第二十五章

 比叡山頂の延暦寺に到着すると、早速、盛高と六郎は、秘密裏に、馴染みの僧兵の幾人かと連絡を取った。

「佐々木盛高が帰ってきたらしい!」

 堂衆僧兵らは彼らを進んで匿ってくれた。彼らは、盛高が叡山を守るために義仲の軍と戦った功績を大きく評価していたのである。こうして、盛高と六郎は彼らの厚遇のおかげで、日増しに精神的にも肉体的にも元気を回復することが出来た。

 そして、丁度その頃、比叡山内には、職業軍人たる武士を、延暦寺防衛のために雇い入れようという動きが持ち上がっていた。

「佐々木殿、叡山で我等の警護のために共に働いてはみぬか?」

 ある日、馴染みの堂衆からそう提案を受けた盛高は突然のことに戸惑いを覚えた。しかし、状況を冷静に分析すると彼らの提案もなるほどと頷けるものがあった。

 なぜなら……。

 確かに、ここ延暦寺内にも屈強の僧兵は確かに多く居る。しかし、義仲の延暦寺進攻という暴挙のおり、職業軍人である武士の前に、結局彼ら僧兵はほとんど無力であった。

 さらには平氏が京の都から追放されたとはいえ、まだまだ戦乱の世は続いている。

 木曽義仲に散々な目に合わされた比叡山にしてみれば、源頼朝率いる東国源氏も、所詮は東国の田舎武者の集団にしか過ぎなかった。

「源頼朝も、時と場合によっては、いつ叡山に攻め込んでくるやもしれない」

「もっと僧兵を増やそう!」

「いや数だけ増やしても意味がない!」

 熱い議論が連日堂内で繰り広げられていた。---そんな白熱の議論の中、ある者が意見を発した。

「思い切って武家の者を召抱えてはどうか?」

「でも、誰を?まさか平家の落ち武者を集めるわけにもいくまい」

 そこへ丁度盛高が登場したわけであった。――堂衆僧兵らは警護の頭領として彼を推挙した。

 反対するものはいなかった。――かって、義仲から比叡山を守るために、命を賭して戦った盛高である。誰もがそれは認めていたし信頼するものも多かった。

「彼こそ確かにこの任にふさわしい」

 結果、多数の賛同で、彼は座主を始めとし高僧たちの護衛、および僧兵の訓練の任務に就くこととなったのである。

 東国源氏による、義仲軍の落ち武者狩りは容赦なかったが、比叡山は盛高の過去の素性を封印してくれた。  

 盛高は自分の誠実さを評価してくれた叡山に感謝した。彼は与えられた任務を全うせんと、比叡山の自己防衛力を高めることに日夜専念した。 

 こうして、ようやく、その身を比叡山に落ち着けた彼であったが……。

 彼の住蓮、時実への復讐心は日毎に高まるばかりであった。

「両親、時子の仇…。あの憎き時実めを何としても見つけなければ!」

 毎日、心でそう叫びながら、彼は時間が許すときは、叡山を降り、京の都、近江の国で、時実の消息を尋ねまわった。

 しかし、住蓮、時実の行方は全く分からなかった…。

 そんなある日の夜……。

 なかなか時実を見つけることの出来ない苛立ちから、盛高は熟睡できぬ夜が続いていた。

 そして、その日も、悪夢にうなされて目を覚ましてしまった。

 目の冴えてしまった彼は、興奮してほてった体を冷やそうと、部屋の外に出て庭へ降りようとした。

 と、その時庭から声がした。 

「盛高様、どうされました。もうお休みかと思っておりましたが……。うなされる声がいたしましたもので……」

 六郎であった。彼は、盛高のうなされる声を聞いて、心配で様子を見に来たのであった。彼は、盛高が仇を見つけられぬ苛立ちのために、日毎に殺気立っていくのを見逃してはいなかった。

 この六郎の忠義な態度に盛高はいたく感動した。

「いや、なに……。少し眠れんでのう」

 と、盛高は少し俯き加減にそう言ったが、続けて、少し語気を強めると、

「のう六郎!」

 と言って、彼を見据えた。

「はっ、何事でございましょうか」

 六郎は平静さを保って返事をしたが、主人の心のうちは見抜いていた。――「今宵も煮えたぎる復讐心のためにお休みになれないのだ」と。

 そんな主人の気持ちをどうすれば落ち着かせることが出来るのか、彼は苦慮した。しかし、仇と思う相手がどこにいるのか皆目見当がつかないのが現実であった。

 盛高は、そんな六郎の思いを感じとったのか、少し気を落ち着かせると、六郎に言った。あえて穏やかな口調で…。

「そろそろ、時実めを本気で探さねばなるまい」

 六郎はすぐに返答した。

「は、まことに 」

 そう真摯に答える六郎の顔を見て、盛高はようやく本来の冷静さを取り戻した。そして空に目を移すと「そちに無理をいうこともあるやもしれん。すまぬな……」と、ぽつりとそれだけ言って目を瞑った。

 六郎は深々と頭を下げると「何を仰せられます。私はあなた様に命を預けた身。盛高様の言いつけであればいかなることでも実行する所存であります。ご安心なされまし……。しかし、盛高様、今はお体が大事でございます。早くお休みになられますように……」と、盛高の体を気遣いつつ、従順に答えた。

 盛高は六郎のこの忠誠心をうれしく思った。

「そうじゃのう……。そちの気遣い、うれしく思う。本当にすまん。確かに……。早く休むとしよう」

 と、最後にそう言うと、部屋へ戻った。

 部屋へ戻ると、盛高は再び床についた。冷静さを取り戻したつもりであったが、こうして横になると、再び、心を落ち着かせようとする彼の意思と反して、住蓮、時実への復讐心はまた徐々に昂ぶってくるのであった。 

「時実め、どこにいるのか!いやなんとしてでも探し当ててやる。探し当ててみせるとも!そして、この手で、この手で、必ずあいつに止めを刺してやる!」

 彼は心の中で叫び続けた。――しかし、一体どうやって探し出すのだ。どうやって?

 なかなか寝付けない寝床の中で、盛高は、この焦燥と苦悶に満ちた夜を、今日もまた過ごさねばならないのであった。

 住蓮、時実を呪いながら……。

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