第一部第十一章
時子が白癩を発病したのである。
最初は眉、頭髪がやや薄くなり、また肌に白い斑点がうっすらと出現する程度であった。この時点では、両親も本人も、また住蓮も『まさか』と思っていた。しかし、日を追うにつれ、それらの体の変化は着実に悪化し、すぐに、もはやそれは隠しようの無い現実として直視しなければならなくなった。
「彼女が白癩を患っていると分かったときの落胆は、それはとても言葉でいいあらわせるものではございません」
――思い出すたび幾度涙を流したことであろう!
またもや涙を流す住蓮に、信空は、ことの深刻さ、重大さに、どう言葉をかけていいものかたじろいだが、それでも、ここまで涙ながらに話を打ち明けてくれた弟子を慰めるべく、彼に語りかけた。
「まこと、ようやく理解できた。――祇園舎の犬神人の女人が、要するに、その、時子という名の女人であるというわけか……。そちと恋仲になったという、佐々木家の娘御であったというわけか……」
彼は、ようやく二人の関係が理解でき、”良からぬ”噂がとんでもない誤解であることが分かり、ある意味安堵もしたが、同時に二人を襲ったこの計ることの出来ない悲しい出来事により、その後二人が引き裂かれたことが容易に想像されたので、その悲しみはいかほどであったか、と想像すると、彼自身も思わず涙ぐんでしまった。---この、深く住蓮に同情の念は、容易に住蓮に伝わった。彼は、涙を拭うと、話を兄弟子に続けた。
「それからというものは、絶望と悲嘆に明け暮れる毎日でありました……」
馬渕での思い出話が、さらに悲しい様相を帯びてくるにつれ、住蓮の語り口も次第に重くなってきた。それでも彼は一つ一つ慎重に言葉を選びながら、信空に話を続けた。
「私が、それでも、その絶望感から何とか立ち直れたのは、まこと、応水和上のお蔭です」
この“応水”という名前を聞いて、信空が驚いた表情を見せた。そして住蓮の話を遮って言った。
「応水……。よもや、そちの言う応水和上とは、あの応水律師のことではあるまいな。将来を嘱望されながら、天台のあり方を批判したため比叡山を降りることになってしまった、あのお方か」
信空のこの発言には住蓮も驚いた。
「応水律師……。多分間違いないでしょう。比叡山で律師まで上り詰めた偉いお方だということは聞いておりましたから……。そうですか、信空様は応水和上のことをご存知でしたか」
応水……。住蓮は彼との最初の出会いを今でも克明に覚えている。
彼の運命を大きく変えたその人なのだから……。
その二人の出会いとはこうであった……。
ある日、佐々木の家の雑役婦の一人が病で倒れ数日の後に死んだ。住蓮はその死後の処理に当たることとなった。
当時、貴族や武家階級に属さない一般庶民の葬送を行うのは、もっぱらその地域、地域で布教の活動をしていた市の聖と呼ばれる僧たちであった。彼らは特定の宗派に属することなく、特定の寺院を持たず、辻説法を行いながら、阿弥陀信仰を庶民の間に広めていた。
彼らは貴族社会と結びついた既成の寺院から見れば、こじき坊主に過ぎない身分の者であったが、庶民からはよく慕われていた。それは、当時貴族の間に流行していた阿弥陀信仰を庶民にも広め、庶民に説法をする傍ら、彼らと生活を共にし、親身になって彼らの悩みの相談に乗ったり、生活の援助に奔走したりしていたからである。
ここ馬渕の里では応水と言う名の市の聖が普段、この役割を演じていた。住蓮も名前だけは聞いて知っていた。
彼は琵琶湖湖畔の小高い山の頂にある長命寺という寺の近くに粗末な草庵を結び、普段は長命寺の長い参道の坂の下に、集落を作って暮らしていた、その名も文字通りの“坂下者”たちの面倒を見ていた。
坂下者とは、当時、多くの寺の門前にあって、大抵は塀で囲われた所に集団で居住していた、いわば乞食集団である。彼らは、人間として最低限の生活――ぼろぼろの衣服、今にも崩れ落ちそうな小屋、そして粗末な食事など――をその寺が保証する代わりに、寺の雑用、掃除、修理、また寺の所領地の中での動物の死体処理などに駆り出されていたのである。---時には行き倒れで寺の境内で死んでしまったものなど、身元不明の人間の死体の処理なども行なっていた。
そして市の聖たちは、時にそんな彼らを組織、管理し団結させ、彼らの代弁者となり、寺院側に彼らの待遇の改善を要求したりすること多かった。
ともあれ……。
住蓮は埋葬の依頼のため長命寺の坂下へ向かった。それまで遠くから見るだけで一度も足を運んだことはなかった寺であったが、由緒の正しい、一部の都の貴人達からも信仰を集めている寺であることも知っていたし、そこまでの道は知っていたので、すぐにたどり着いた。
「何とまあ、馬鹿でかい寺であることよ!」
こんな鄙びたところにこのような立派な寺院があるのか、と、寺の伽藍を目の当たりにして、住蓮はあらためて驚いた。
「それにひきかえ……」
粗末な坂下者達の集落を藪の向こうに確認すると、彼はため息を突いた。住蓮は奈良を思い出した。---興福寺の傍らにもいわゆる坂下者たちは暮らしていたし、その有様は良く知っていたが、ここも例外ではなかった。その集落は、粗末なぼろ小屋が建ち並び、悪臭も甚しかった。
「貧しい生活を強いられているのであろうな……」
奈良では都のはずれにもこうしった貧困層の人々が暮らす集落があった。そういった集落は悲田院が管理していたが、現実には救済のための食料も十分行き渡らず、飢え死にするもの多数であった。住蓮は彼らの姿を見て心を痛めたものであった。
――この貧富の格差は一体どこから生じたものか!
生きとし生けるものすべて仏性あり、と人間の平等を是とするのが仏の教えではないか。末法の世ではこれも致し方ないのか?これら貧しい人々は前世の因縁でその報いを受けなければならぬということなのか?
今が末法の世であるすれば、仏の教えは、このような人たちにそもそも届くものなのか?この人たちを仏は一体いかなる方法で救済しようと考えておられるのか?――興福寺での厳しい修行の傍ら、常に感じていた疑問が、住蓮の心に、再び沸き起こった。
「因果応報さ!」
と吐き捨てる修行僧仲間も多かった。
しかし…。
住蓮には納得できなかった。
今、目の前に、改めて、貧しい人々が多数うごめいているのを見て、奈良を出て、しばらく忘れ去られていた感情が激しく彼の心を揺り動かした。---住蓮の心は激しく痛んだ。
近江の地でも、近年続く飢饉の影響は逃れがたく、農民たちの生活は苦しいものとなっていた。飢え死にする者が数多いる中、それでも何とか生き伸びた農民たちからすれば、ここの坂下の集落の貧しい生活と比較すれば、自分たちはまだ幸せだと感じただろう。
それほど悲惨な生活を、ここでは強いられているのだ。
「しかし、ともあれ……」住蓮は、今は自分は自分の仕事をせねばならないのだ、と思い直した。
そこで、憂鬱な心の思いをひとまずは振り払い、とにもかくにも、応水なる乞食坊主を探し出そうと、坂下者の一人に声をかけた。
「すまぬ、この近くに応水と言う名の坊主が暮らしてはおらぬか?」
「応水、ああ、あの坊主か」
返事をした彼はぶっきらぼうにそう吐き捨てた。
「どうも、あまりここでは尊敬されていないようだな」と、彼の受け答えから、住蓮は応水の人となりを推察した。
その坂下者はそんな住蓮の思惑など無視して話を続けた。
「あの坊主は暇なときは大抵、湖で釣りをしとる。ここから湖まで行ってみればどうじゃ」
「湖で釣り?」
住蓮は絶句した。
無理も無い。
仏の道を目指すものにとって殺生は大罪である。
厳格に殺生を禁じられている僧が、こともあろうに”釣り”、とは一体どういうことか!
――応水とは破戒僧か?
しかしよくよく考えてみると、叡山を追われた身分の、しかも今や一介の田舎坊主に過ぎない…。
「深く考えることもあるまい。その坊主に頼むしかないのだから」住蓮はそんな思いを抱きながら湖へと歩を進めた。
湖まではすぐだった。湖畔の風が気持ちよかった。蘆茂る湖畔の風景を住蓮は愛していた。時子ともよく散歩をするお気に入りの場所でもあった。土地勘はあったが、しかし今までそこで釣りをする僧の姿を見たことはなかった。
「釣りをする場所なら岩場の方か?」そう思い、住蓮は普段は行くことのない岩場の方へ向かった。
「やはり!」
案の定そこに彼はいた。僧衣姿の男が釣り糸を垂れている。彼に違いない。住蓮は近づいた。