第三部第二十章
処刑のその日の朝……。
院の御所とはまた違った緊張感が、この祇園社、犬神人の里を覆っていた。
安楽、住蓮の処刑の日を迎えて、その日の早朝、盛高は源太、次郎、三郎と最後の打ち合わせを源太の小屋で行っていた。
この日の決起に犬神人のみならず、多くの放免、また河原者が加わることになったのであった。そのため、彼らの代表として、次郎、三郎が決起の打ち合わせに参加したのだ。
盛高が決死の思いで、ここ犬神人の里を訪れ、皆で立ち上がろうと決めたその次の日、次郎、三郎は鴨の河原で仲間に呼びかけた。
「我らも立ち上がろう!」
「我ら放免も、もともと死罪に当たる者、一度は死んだ身!命が惜しかろうか?そんな人間の屑のような我々に光を当て、人間として、人間らしく扱ってくれた、あの二人のために、この命捨てようぞ!」
次郎、三郎らの呼びかけに多くの放免が同調した。彼らは次々に声を上げた。
「あの、身なりだけは立派だが、中身は役立たずの武士共め、いつもわしらを馬鹿にしおって、目に物見せてくれようぞ!」
「おーっ!」
「やつら、多くは貴公子の御曹司、所詮はひよっ子。あんな連中一捻りじゃ!」
こうして、みるみるその数は増えた。ふと気がつくと、放免のみならず、その他多くの河原者達も決起に参加せんと、この里に駆けつけていた。
「いいか、かねてからの打ち合わせどおりに」
盛高の言葉に一同は頷いた。
「それでは、皆、仲間を率いて、出陣するといたそう!」
盛高が立ち上がった。源太の小屋を出ると、犬神人の里の広場にはもうすでに多数の犬神人らが出陣の準備を整えていた。
中には女性の姿もあった。
「さすがに、女性、子供だけは……」
と、盛高は考えたが、女性らは納得しなかった。
我も、我もと手に武器を持って集まっている。
――もう、誰にも止められない、いや止めてはいけないのだ
盛高は、そう改めて自分に言い聞かせると、次には大きく深呼吸をして、
皆に呼びかけた。
「では諸君!君達は打ち合わせどおり六条河原の処刑場へ向かってくれたまえ。そして五条の橋の東のたもと、鴨川の河原で待機していてくれ。向こうでまた会おう」
そう呼びかけ終えると、今度は次郎、三郎に言った。
「次郎、三郎も、かねての予定通り仲間の放免らを連れて、五条の橋の西側の袂に待機するように!」
ここまで述べると、懸命な読者諸氏はもうお気づきであろう…。
そう、盛高の考えた作戦は巧妙であった。
安楽、住蓮らが刑場へ向かうには五条の橋を渡らねばならない。
そこで、彼らが橋を渡り始めた時を狙って、犬神人と放免らが、五条の橋の両側で騒ぎを起こす。
そしてその混乱を与えた隙に……。
盛高自らが彼らを救出するというものであった。
「よいな、かねてより決めし合図を忘れるな!」
盛高の言葉に彼らは元気良く返事した。
「承知!」
「合点!」
盛高は彼らを見送ると、今度は従者の清兵にも尋ねた。
実は清兵も、盛高と共に、安楽、住蓮を馬に乗せて救出する役目を引き受けたのであった。
「清兵、本当に良いのか。いやなら今からでも止めればよい。私に義理立てする必要は全く無い。何故なら、逆賊になるのだからな!本当にその覚悟でついて来てくれるのか?」
清兵は清清しい顔で答えた。
「盛高様、逆賊ではございませぬ!我らは弥陀の本願のために戦うのでございます。嘘の証拠を基に、安楽、住蓮様を死罪にしようという彼らこそ、弥陀に対する逆賊ではありませぬか!」
盛高はからからと笑い声をあげた。
――うまいことを言う!
彼の言葉で、盛高の気持ちはさらに勢いづいた。
「その言葉、気に入った。御仏に対する逆賊とな!我ら、それではその逆賊退治に出陣じゃ!」
そう言うと、盛高は馬を走らせた。
「清兵、ついて来い!」
「はい!」
清兵も懸命にひた走った。
――時子、やっとお前に対して罪滅ぼしが出来る日が来た。
盛高は目を潤ませながら、決戦の場所、五条の橋へ馬を向かわせた。