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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第三部第十九章

「何ということだ!どうしてもっと早く分からなかったのか!」

 秀能の報告を聞いて、尊長は語気を荒げて言い放った。

 祇園社の犬神人が安楽、住蓮らを助けんと決起しようとしている!--秀能の配下にある放免の一人が、この情報を嗅ぎ付け、秀能に報告したのは、彼らの処刑日の当日、朝であった。

「まことに、どういたしましたものか……」

 秀能にとっても意外な展開だった。事の厄介さは彼にも分かった。ある意味、東国武士が乗り込んでくる方が話は簡単だった。それは要は戦であるから……。

 しかし……。

 犬神人の反乱となると、まったく先の展開が読めなかった。

「彼らは、死ぬことは当然覚悟しておりましょうから……」

 秀能は、尊長が黙ったままでいるので言葉を続けた。

「まことに厄介でございます。西面の武士達も、さらに放免たちも、とても不安がって動揺しております。なぜなら、彼らを切れば、その者、必ずたたりを受ける、との噂が……」

 苛立ちは募るばかりであり、尊長も普段の冷静さを完全に失っていた。ついかっとなって、言葉を荒げた。

「わかっておる!そんなことは!

 その言葉に秀能はたじろいだ。普段では考えられない、激しい言葉だったからである。――手練手管に長けた彼、尊長ですら、この事態の展開にはどう対応したものか、よい考えが浮かばなかったのである。

 しかも、もう京極の獄舎を安楽、住蓮の二人は後にしている。その報告がつい今しがたあったばかりである。

 ――これで、あの厄介な念仏集団も終わり!

 そう思ってほくそえんでいた矢先の、この秀能の報告であった。

「困ったことだ……」

 無論、彼らが反乱を起こせば、御上に対する謀反である。朝敵として罰せられる。しかし、彼らはそんなことは承知で決起したのである。

 なるほど、御上の軍勢が、無論、武力では彼らに負けるはずが無い。――問題は士気である。彼らに斬り付ければ、何らかのたたりがあること必定_。皆がそう思っていた、いや確信していたのであるから_。

 さらに、厄介な問題は、犬神日知らの決起を目の当たりにするであろう民への影響である。

 彼らが命を賭してまで守ろうとする安楽、住蓮は、民衆、さらには東国武士の間でも、殉教者として英雄となろう。そうなれば、法然一派の影響力の一掃を策して行ってきた、今までの一連の計略は無に帰する……。

 さらには_。

「犬神人の祟りが院の御所にまとわりつくなどと、もしや妙な噂など立とうものなら……」

 尊長の不安は決して大げさな、的はずれのものだったわけではない。

 当時は、誰もが”祟り”を本気で信じ恐れていた。

 ――そんな噂でも立とうものなら、天皇親政の実現にも大いなる妨げになることは必定、東国武士らは却って勢いづくであろう。

 そこまで考えが至ると、尊長の苛立ちはついに爆発した。彼は叫んだ。

「このままではいかん!すべてが台無しじゃ!」

 しかし秀能は黙ったままだった。良い策が思いつかないのである。

 秀能自身も、自分が犬神人に切りつけることなど、想像しただけでおぞましかった。

 二人は暫く押し黙ったままでいた。

 ――何らかの手を早急に打たねば。

 ようやく落ち着きを取り戻すと、尊長が口を開いた。

「ともかく、すぐに二人を連れ戻せ!早急にじゃ!処刑を一旦延期するとしよう!」

 秀能がそれに応じた。

「分かりました。すぐに遣いの者を走らせ……」

 と、言う秀能の言葉を尊長が遮った。

「何を言っておる!この重大事に!そち自らが馬を走らせよ!兵をさらに引き連れよ!相手は手強いぞ。護送の役立たず者だけではとても敵うまい!」

 と怒鳴ると、尊長は秀能を睨みつけた。

「はは!」

 秀能は、返事もそこそこに慌てて部屋を飛び出た。

 もっとも恐れていたことを命令されてしまった_。自らが矢面に立つーー彼は不安で苛立つと共に、心は恐怖心で満たされた。

「うまく逃げる手立てはないものか?」

 しかし、いくら頭をひねったところで、尊長自ら命令されては逆らえない……。

 途方に暮れた心のまま、彼はやむなく部下に命じた。

「馬を準備せよ!御所内にいる兵をすべて集めよ!出陣じゃ!」

 声高にそう命令しながら、彼自身も出陣の準備を整えると、廊下を駆け抜けて中庭に出た。一群の兵もすでにそこに待機していた。

「出陣じゃ!」

 彼は用意された馬に飛び乗ると、兵を引き連れ、勢い良く御所の外へと飛び出した。しかし掛け声の勇ましさとは裏腹に、内心は恐怖でおののくばかりであった。

 ――犬神人だけとは関わりたくない。斬りたくない

 馬を走らせながらも、彼らの白装束、覆面姿を思い起こして、彼は身震いした。

 ――斬れば、この身、さらには子孫代々まで穢れが降りかかろうと言うもの。

 そこまで思いつめると、身の毛がよだつ思いにとらわれ、身震いが止まらなくなった。

 ――何とか河原の手前で、護送の集団に追いつけばよいが

 見ると、雪がちらついてきた。寒々とした心に追い討ちをかけるように、冷たい風が、都の冬の底冷えが下半身を襲うのとあいまって、彼の上半身に強く吹き付けるのであった。

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