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阿弥陀仏よ何処に  作者: ソンミン
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第三部第十八章

 処刑日は九日、あと五日しかない。

 盛高は、次郎、三郎を連れて、犬神人の里へ急いだ。

 彼らは決起して、今にも左極の獄舎に押しかけんとしていると聞いたからだ。

 ゆきがその三人の後を追った。

「まずは冷静にならねば……」

 盛高は一先ず彼らの実力行使の動きを思いとどまらせようとしていたのであった。――百戦錬磨の職業軍人である彼の目には、獄舎に押しかけるという彼ら犬神人の行動は、単に自殺行動にしか見えなかったためである。

「どうせ命を落とすのであれば、作戦を立てて、安楽、住蓮の命を救わねば、それこそ犬死ではないか。救出の作戦は必ず成功させなければならない」

 その思いを、源太に伝えて、今は何はともあれ、彼らを一旦落ち着かせねばならない。

 祇園社の裏手、彼らの里に到着すると、すでに彼らは全員白装束に覆面の姿で、源太を中心に広場に集まっていた。

 異様な熱気が里を覆い尽くしていた。

 盛高はその真っただ中に馬上のまま突入した。

「源太さん!待った!」

 盛高は大声で叫んだ。

 犬神人らが振り返った。驚く彼らを尻目に、盛高は広場の中心に駒を進めた。

「源太さん!」

 彼は再び呼びかけた。

 源太は盛高に歩み寄ると、落ち着いた口調で、むしろ盛高を宥めんがごとくに、こう言い放った。

「盛高殿、いかがなされた?よもや我らの出陣を止めに来たのではあるまいな!」

 場に緊張が走った。盛高は半ば謹慎状態に近い身とはいえ、それでも御上に仕える身であることは周知の事実である。御上の命を受けて来たなら対峙せざるを得ない対場である……。源太の反抗的物言いも理解はできる。周囲の犬神人たちも思いは同じであろう。--盛高はここは慎重に事を運ばねばと、自分に言い聞かせた。

「みんな、まずは私の話を聞いてほしい!」

 盛高は言った。しかし殺気立った雰囲気は収まる気配が無かった。--盛高の周囲を若い屈強な犬神人達が囲んだ。手には各々、ありあわせの武器を持っている。鋤、鍬、斧、鉈などだ。その威圧感たるや恐ろしいまでである。

 そんな思いで、あらためて彼らを見てみると、その姿は恐ろしくもあり、威圧的で、東国武士ならいざ知らず、院の御所の西面の武士達では、ひょっとすると恐怖感から逃げ出してしまう者も多いのではないか、と、ふとそんなことを盛高は感じずにはいられなかった。

 ――であれば、それは好都合。作戦さえ綿密に立てれば、安楽らの命、救うことも不可能ではないやもしれん。

 盛高は、彼らから受けた威圧感により、逆に勇気付けられたことが何か可笑しくて、つい「ははは!」と笑ってしまった。

 突然の笑い声に、盛高を囲んだ犬神人らはひるんだ。源太がその間をぬって前に進み出た。

「盛高殿、我らが決死の装束を見て笑うとは不届き!用件を申されよ!」

 盛高は笑うのを止めると、今度は真顔になって源太を見据えた。

「源太さん、やろう!これなら、うん!やれるとも!」

 源太は、突然そう言われて何のことか、その真意が掴めず、その場に立ちすくんでしまった。

「……」

 しいんと静まり返る犬神人らを相手に、盛高がさらに言葉を続けた。

「安楽、住蓮を救いに行こう!私も行く、共にな!」

 思わぬ、盛高の発言に源太は耳を疑った。――自分らはもう死んだも同然の身、いまさら命など惜しくも無い。しかし、この若者は……。

 源太の目に、思わず涙が溢れた。

「盛高殿、左様であったか……。我らと同じ覚悟でおられるか、かたじけのうござる……」

 盛高の目にも涙が走った。

「なーに、どうということはない」

と、言って自らを鼓舞し、涙をぬぐうと、彼は馬を下りた。そして源太を強く抱きしめると、続いてこぶしを振り上げた。

「みんな、やろう!」

 一同も、新しい同志の誕生に感激しつつ、それに応えた・

「おー!」

 興奮した皆の熱気が広場を覆った。

 盛高はその熱気を味わうかのように、ゆっくりと呼吸を二、三回すると言葉を続けた。

「しかし、皆、今はまだ早い!」

 源太が驚いた表情で尋ねた。

「早い、とは?どういうことじゃ。早ければ早いほどよかろう!」

 周囲の者もそれに同調した。

「そうだ、そうだ!」

 盛高は、広場の一段高いところに立つと、皆に聞こえるように大きい声で皆に呼びかけた。

「今、獄舎に駆けつけても、彼らを助けるのは困難だ!獄舎はいわば要塞のようなもの。守りは固く、西面の武士が役立たずとは言え護衛をしているうえに、腕の立つ放免らも多数警護しておる!」

 盛高の熱弁に周囲はやや静まりを見せた。

 彼はようやく皆が冷静に話を聞ける状態になったことを確認すると、さらに言葉を続けた。

「よいか!下手をすれば、皆討ち死にの運命だ!よく考えよ!すでに命を捨てる覚悟であれば、必ず彼らを救出できる計画を立てねばならんであろう!」

 一同がさらに静まり返った。――彼の言うとおりであったからである。

 盛高は皆が自分の言わんとしていることを理解してくれたのを見ると、あらためて源太に言葉をかけた。

「源太さん。信頼できる若者を何人か集めてくれ。計略を練らねば!」

 源太に異論はなかった。

「承知!」

 源太もあらためて皆によびかけた。

「皆の衆!盛高殿、応援に駆けつけてくれた今、もはや怖いものは無い!頑張ろうぞ!」

 この言葉に、一同は再び活気づいた。

「えいえいおー!」

 一同が声を揃えて鬨の声を上げた。盛高はそれを聞きながら感慨に耽っていた。

 戦、戦、戦の数々……。

 落ち武者の経験もした……。

 ――俺も何度か死に掛けた身。でも、もし死んでいたら犬死であったろう

 死ぬのを怖いと思ったことはなかったが、しかし、喜んで死のうなどとはついぞ考えたことはなかった。

 ――しかし、今、この連中と共に死ねるなら、喜んで死ねる

 ここまで考えが至ると、思わず、彼は声を発して叫んだ。

 それも声高に、こう……。

「この命投げ出すことに何の躊躇もない!いや、投げ出してこそ時子も喜んでくれようというもの!」

 盛高は天を仰いだ。その顔は晴れ晴れとして、悔恨など微塵も感じられない、清清しい笑顔であった。

 そこに、遅れてやってきたゆきの姿が目に入った。

 彼女も泣いている。一部始終を見ていたのであろう。

 遠目に彼女を見ながら、盛高は大きく首を縦に振った。

 ゆきも同様のしぐさで返事した。

 いつか、ゆきから聞かされた、往生の意味、「往生とは、生きて往くのです」という言葉を盛高は思い起こした。

 思い起こすと同時に、するとどうだろう、自分でも考えて喋ろうとしたわけではないのに、突然自らの口が勝手に――左様、勝手に、としか表現できない、何かに動かされて、て言うのであろうか、盛高は次のような言葉を声高に皆に弁じているのであった。

「みんな、我らは死なぬ、たとえ肉体は死んでも、魂は滅びぬ!我らは、新しい世界に生きて往くのだ!」

 思わずそう叫ぶ盛高であったが、自分の口を突いて出てきたこの言葉に、彼は自分でも驚きを隠せなかった。

 何かに動かされている自分、何か大いなる力に支配されている自分……。

 今までに味わったことのないこの体験に、戸惑いながらも、彼はさっそく、源太ら、ほか救出作戦の中心となるべく選ばれた数人の若者と、さっそく安楽、住蓮らの救出作戦を練り始めた。

 時は押し迫っている……。

 しかし、どうやって?

 この夜、遅くまで犬神人の里では、盛高を中心に秘かに密議が重ねられた……。

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