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イカ釣り編 塩田解体

 塩田の破壊のためには、製塩職人達を説得しなければならない。カイアは俺との相談が終わると同時に、ヌイ達を除く塩田に居る村人全員を集めた集会を開いた。老若男女問わず、様々な年齢のものが町の広場に集まっている。普通工房には働き盛りの年齢層しか居ないものだが、村を上げての製塩作業だったため全員が村人で構成されているのだ。


 今回焦土戦術が取れる要因の一つは、全員が村人であるということもあるだろう。裏切り者が出る心配がないのだ。今現在も差別される身の上では無理もなく、裏切って連絡を付けようにも、逃げ出したら一発でばれる。


「皆良く聞きなさい。今回の一連の騒動を受けて私達は、東にあるサカーワ領に避難することになったわ。その後は私達の腕を買ってくれる領主を見つける算段を、イペンサが付けて来た。作った塩を持っていけば当面困ることもない。だけど逃げ出しただけじゃ、町の連中にこの塩田をくれてやるようなものよ。そのため逃げ出す前に塩田を解体し、特に釜焚き関連施設は完全破壊するわ」


 村人から良く見えるよう即席の演台に乗って、声を掛けるカイアの言葉に、村人全員から反発があった。様々な声が上がったが、一言に訳するとこうなる。


「そんな! これまでの苦労を全て水泡に帰させるなんて!」


 だがこの反応はカイアには予測出来ていた。


「分かっているわ。この塩田は私達の苦労の結晶よ。8年間ひたすらに良い塩を作るために、工夫を重ねてきた。だけどその塩田を町の連中にくれてやっていいの? そうは行かないでしょう?」


「そもそも逃げ出す必要がないじゃないか!」


「逃げ出す必要は十分あるわ。そこを説明しましょう、静まって良く聞きなさい」


 強い反発で村人全員がざわつくのを、カイアが何とか鎮めようとしている。中々静まらないがカイアは粘り強く皆が静まるのを待っている。カイアへの信頼は厚く、やがてカイアの話を聞くべく全員が静かになった。今では全員が一言も漏らさず聞くために、静かに息を潜めているほどだ。


「塩の関税の値上がりは以前話したわね? 皆覚えているわよね? 関税が5割上がったために塩が売れなくなった。それだけでも十分困る事態だけれど、ズース領の輸入品の関税が10割上がった。これは塩の関税を上げた周りの領主の対抗措置よ。これも話したわね? そのために私達は食料を買い溜めしたのだから」


 カイアは一旦話を区切り村人を見回す。村人は静かに話を聞いている。


「でも今まで問題にしなかった事実が、実は大問題だったことが分かったわ。それは町の連中の困窮具合よ。連中も食わなければ生きていけないけれど、関税が10割に上がったことで輸入品が買えなくなったのよ。もちろんある程度は自給自足しているから、いきなり困ることはないだろうけど、金属が入ってこなければ魔物を追い払う矢も作れない。薬がなければ、怪我をしただけで死んでしまう。赤ん坊に与える離乳食だって作れない。一日の疲れを癒す酒だって入ってこない」


 町の困窮具合など知ったことかと野次が飛んだ!


「それでなんで、俺達が逃げ出さなきゃならないんだ!」


「聞きなさい! 町の連中はね、そう言った困ったことになった原因が、私達にあると噂しあっているのよ。そうなるとどうなると思う? 矢がなくて魔物に畑があらされる、離乳食がなくて赤ん坊が飢え死ぬ、辛いのに酒を飲むことすら出来ない。それらの原因が私達だと考える町の連中が、どうすると思う? 襲いに来るに決まっているでしょ! 私達の持つ食料や酒、金属を狙って奪いに来るのよ! 連中のほうが人数はずっと多いし、私達は離れて暮らしている。村に残してきた連中だけで防ぎきれると思うの?!」


 野次を飛ばしていた連中も一気に静まった。町の連中の困窮はいい気味だと思っていたのに、それが一転して自分達に降りかかってくると思うと、笑っても居られない。一転してカイアに言い訳をし始める。


「でも、関税が上がったのは私達の所為ではなく、今の領主の所為でしょ、何故私達が襲われなければならないの?!」


「現領主に歯向かっても、良い事なんてないでしょう? 現領主は町の連中の味方よ。それが町人に関係のない、塩の関税を上げただけ。私達に責任があるかどうかなんて関係ないわ。町の連中は怒りのぶつけどころが欲しいだけよ。そして怒りのぶつけ所にちょうど良い存在といえば、差別してきた私達以外に誰が居るの? 噂が正しいかどうかなんて関係なく、連中が困れば困るほど、その怒りが私達に向くのよ」


「だったら防備を固めて、迎え撃つしかない!」


 目には目をと男達が声をあげる。だがカイアはそれも予測していた。


「篭城するのはいいとして、争いあってお互いに死者が出た後どうするの? 塩は売れず、食料も買えない。半年もすれば私達が飢える番よ。勝っても意味のない戦いだわ」


 気炎を上げていた男達も、その言葉には沈黙で答えざるを得ない。この領地はこのままでは先がないのだ。町の連中の襲撃がなくても、町よりも村のほうが直接打撃を受ける状況なのだ。何しろ村は穀物の自給率がゼロである。穀物がなくなった途端に飢え始めてしまう。


「分かるわね? 私達は町の連中の襲撃がなくても、避難しなきゃいけない状況なのよ、しかも待てば待つほど襲撃の可能性が高まるわ。様子見は既に1ヶ月以上してきたわね。これ以上は待てないのよ」


 カイアに止めを刺されて、避難せざるを得ない事情に納得した村人達が、今度は泣き始めた。皆が皆目の幅一杯に滂沱の涙を流し、お互いに抱き合っている。怒ったり、焦ったり、泣いたりと非常に忙しいが、それだけ塩田を破壊することは村人にとって辛い決断である。


 領主の決めた関税一つで、人々の生活ががらりと変わる。一般人には認識しにくいことだが、自分のとった何気ない行動が、大きく影響する貴族とは、慎重に動かなければならない生き物なのだ。現領主はそこがまったく分かっていない。周りの領主に意地を張るのも、一般人としては普通の行動かもしれない。だが普通が許されないのが貴族だ。そんなのになりたい奴は、頭がおかしいに違いない。俺は一挙一動が注目される貴族なんて、さらさら御免である。


 だがこの村の連中はそうは見てくれない。


「だがイペンサ様が居てくれれば、何とかなるんじゃ? 英雄なんだ、そのために色々動いてくれたんだろ?」


「あ~、それ、無理だから。というか、俺が避難方法の確保と、避難した後の生活できるようにしてきたのに、それに不満があるってか?」


 これだから英雄なんていやなんだ。本物の英雄なら何とか説得するんだろうが、残念ながら俺は一般人で村人の奴隷でもなんでもない。ここで関係性をはっきりさせてやろう。俺がそう考えている間にも村人達は言い募る。


「贅沢を言っているのかもしれません、ですがなにとぞお願いいたします」


「うん、贅沢だと思うなら黙っておけ。大体どういう状況なら、事態は解決するんだ。教えてくれよ」


 冷静な口調だが詰問する俺に、哀願してきた若い男が答える。他の村人も俺に期待の目を向けているが、応えるつもりはない。


「それは私達が今までどおり、この土地生活できることが事態の解決ですが」


「そのためにはどうなればいいんだ?」


「私共には分かりかねますが、イペンサ様ならどうにかできるかと」


 俺に丸投げするんじゃねえよ。


「じゃあ、一番簡単な方法教えてやろう。今回のお家騒動が起きなければ、この事態は防げたんだよ。そしてそれを防げたのは流れ者の俺ではなく、近くに住んでいるお前達だったのに、お前達はそれをしなかった。だからこうなっているんだよ」


「町の中のことは私共にはなんとも出来ません」


「そうは言うけどさ、町の中に嫁に行った身内が居るやつも居るだろ? そいつらを使ってどうにかすれば良かったんだ。妾腹の息子に町の連中が接触を持っている位は、すぐに分かっただろう。妾腹の息子を殺していれば、この事態もなかったよ?」


 俺の突飛な解決方法に村人達は目を丸くしている。


「先の危険性を考えて、先代領主様のご子息を殺すなど、不可能にございます」


 まあ確かに不可能だろうがな。一番簡単で村人にも実行できる方法なのも確かだ。


「だったら俺にも不可能だとわかってくれないかな? 他にも色々やり方はあったがな、お前達はそれを自分達で行わなければならなかったんだ。この村じゃ子供も含めて自分の食う魚は自分で獲るだろ?


俺の目からはな、お前達が自分の食う魚を獲ってこなかったようにしか見えない。漁をして塩を作った、確かにそれは立派だが、それだけじゃ足りないんだよ。その結果がこれだ。俺が魚を獲るための網まで用意しているのに、お前達は自分の食う魚を獲ってこいと、俺に命じているも同然なんだよ!」


 俺の怒りの激発に村人達は目を丸くしている。俺は頼ればなんでも解決してくれる神様じゃねえんだよ! 流れ者になにを期待してるんだ。都合よく頼るんじゃねえよ!


「イペンサ、分かったわ十分よ。これ以上は拙いわ。皆よく聞きなさい、イペンサは私達が避難して新天地にいけるように、準備してくれた、そこに感謝を示しなさい。


今の状況を防ぐのは私達に不可能だったとしても、努力くらいしていれば、イペンサも怒らなかっただろうけど、私達はその努力すらしていない。それを棚に上げてイペンサにどうにかしてもらおうというのは、可笑しいわよね?


イペンサは流れ者よ、本来私達が頼るべき相手ではないの、自分達のことは自分達でしなければならない。それはあたりまえでしょ? 確かにイペンサを私達は歓迎してきたわ、それは毎年来てもらうためであって、厄介事を押し付けるためではないわ。


わかるわよね? 分ったら、塩田の砂を一箇所に集めて袋詰めする作業から始めなさい」


 俺の剣幕に驚いていた村人達も、カイアの言葉にしぶしぶながらも従い始めた。泣いている者も多い中、俺は最後に一言声を掛ける。


「お前達に一縷の望みをやろう。町の連中に利用されないように、塩田を徹底破壊したならば、もしかしたらこの土地に戻ってくることが出来るかもしれない。他の製塩職人が住み着く可能性もある。俺達以外には絶対に塩田を利用できないようにすることが第一条件だ。気合を入れてやるんだな」


 理由も話さない俺の言葉に皆の顔に希望が戻る。これから塩田を破壊するというのに、その顔は希望に満ちている。俺はそれを厳しい顔で見つめるが、敵意は感じられなかった。そうして村人達が作業を開始し、広場に誰も居なくなった。そして俺はカイアと人気のない事務仕事場に行く、今後のことを相談する必要があるのだ。


「それにしても見事に下げて上げたわね。皆塩田を破壊するというのに、一縷の希望を持って取り組んでいたわ」


「馬鹿言うなお前の仕込だろ、最後まで戻ってこれる可能性について、言及しなかったのは」


 これは実に単純な人心掌握術の一つである。占い師なんかもよく使う手で、「お前は10日後に死ぬ!」と言っておいて希望を断ち、「しかし、このお守りを買えば助かるかもしれない」と希望を与えれば、誰しもそのお守りを買うという仕組みである。よほど上手くやらないと占い師の場合は詐欺だとばれるが、塩田の事情は全て事実なので後は言い方の問題で、やる気を持って仕事に取り組めるかどうかの差しか無い。


「私も一応頭領だから、単純な人心掌握術なら、この8年で何とか身に着けたわ。それにしても結構本気だったわよね」


「完全に本音だったぞ。あれだけ言えば、今後都合よく俺に頼ることもないだろ? 流れ者に頼ってどうするんだ。俺は英雄って存在が大嫌いだ。それ以外の人間が無能になるだけだ。統治するのがどれだけ大変か、貴族見れば分かるだろ? あれくらいの利益がなけりゃやってられないね」


「働きたくないだけでしょ? 流れ者に頼るってのが、そもそも間違ってるからいいんだけどね」


 流れ者とはつまり村の利益の外に居るものである。俺の場合は単純に割り切るわけには行かないが、通常なら一年にダンエ村に立ち寄るのは、5日程度の俺は幾ら歓迎されているとしても、こういうときに頼って良い存在ではない。俺が立ち寄るときは、もぐりの商人として塩を買っていき、必要なら魚醤や燻製を提供するという利益関係があり、その際に製塩の仕方について、知識を伝授しているため、村の歓迎に対する利益は既に還元している。


 今回の件で俺が村人の逃亡方法と、その後の生活を用意したのに、それ以上を要求するのは完全に贅沢である。英雄ならそういう贅沢すらも、満たすために努力するのだろう、人々の泣き顔を見たくないといって、人々の喜ぶ顔を見てそれを利益とするのだろう。裏切りが発生しないならそれでもいいが、裏切りは常に発生する。英雄という力を持つ人間が、多大な貸しを持つ村の裏切りに際して見捨てたりすると、積み重ねた負債は村人を殺す。英雄に殺されているのではなく、その負債によって殺されるのだ。


 何しろ英雄に頼りきっている状態なのだから、その存在が居なくなれば、村は正しく自滅するのみである。だから俺は英雄になんかならない、と話すとカイアはこう返した。


「結局働きたくないって事に、理屈をこじつけただけじゃないの、いつまでも薀蓄垂れてないで、さっさと寝て体を安めなさい」


 結婚すると女は大体こんな感じになるそうだ。8年間でろくにあわない存在でもこの扱い、結婚して毎日会えばどの女でもこうなる、と言われて納得せざるを得ない。やっぱり女は初々しいほうがいいというものだ。世の男性諸君だって、身を固める気にならない俺の気持ちが分かるはず!




 俺が軽く仮眠を取って起き出すと、塩田の解体作業も進んでいた。ちなみにブルーノと三人娘たちは未だに爆睡中である。一般人と小娘にはちと辛い旅だったかもしれない。様子を見に行くとゴーディだけは起きていたので、魚の塩焼きでも差し入れるように、手の空いている村人に声を掛けておいた。そして起き出した後にやることといえば、犬笛を吹くことである。人の耳には聞こえない音が鳴り響くとロコが走り寄って来た。


 サカーワ領の領主館で贅沢な食生活を送っていたロタとロコだが、俺達の出発と同時にその食生活ともお別れであった。最高級の猟犬たちと同じ餌を、一匹で何匹分も食べるものだから、飼育担当が顔を青ざめさせていたが、俺は知らん顔してありがたく、その餌をロタとロコに食わせるだけであった。とはいえ俺が居ないのに、犬だけ預けるわけにも行かない。出発と同時にロコは塩田に「預かってくれ」のメッセージと共に送り出し。ロタは未だ沖に停泊中の帆船の上である。


「カイアよ~、お前の弟を町の監視役に使いたいんだけど、いいか? 相棒はロコに任せて何かあったら、ロコに手紙を持たせて走らせれば何とかなる」


 ロコを連れて、解体作業監督中のカイアに話しかけると、カイアはこちらに視線を向けた。


「村の方も避難しなきゃならないんでしょう? 説得に行く必要があるから私に任せなさい。あんたはその間、ここの解体作業の監督をお願いね。村に一泊して、塩田には朝に帰るわ」


 結局この手の説得は、カイアに任せる必要がある。俺はあくまで流れ者だから、俺の言葉で故郷を捨てる奴は居ない。カイアはそう言うと、周囲に村に出かけてくると伝え、軽い旅支度を始めた。俺がカイアにいくつか言伝を伝えると、カイアはロタを連れて行ってしまった。


 俺は村人が手心を加えないか監督する。戻ってきたときに、簡単に戻せるようにしたい村人も居るだろう。手心を加えた結果、簡単に復旧されて奪われては意味が無い。村人達は塩田の砂を集めて、塩を入れる麻袋に詰めている。この麻袋は周囲の山々に掘った穴に埋めて隠してしまう。不純物の混ざらない目の細かい砂は、製塩道具の肝である。砂の粒が細かくなるように、水車で細かく挽いているくらいである。簡単にくれてやるわけにはいかない。


 砂の下には粘土が敷いてあり、これらを除去した後には偽装として、入り江の砂浜から取ってきた砂をかぶせ、それらを散らかすことで完全破壊したように見せかける。製塩職人の一人でも居れば、効かない手段だが念には念を入れつつも、この土地に戻ったときに楽に復旧するためでもある。徹底的にやるなら、砂も粘土も海の底に沈めるべきだが、村人達が納得しない。


 これも手心の一種だといえるが、村人との妥協点である。その代わり製塩のもう一つの肝である、釜焚き小屋は完全破壊する。竈から煙突や屋根に至るまで徹底破壊し、中々手に入らない製塩用の大釜も持ち去っていく、これらを復旧させるだけでもかなりの手間であり、関税が高いため大釜をズース領に持ち込むのも一苦労だろう。ズース領にある金を総動員して復旧しても数ヶ月は掛かるだろう。


 村人達は砂と粘土だけでも何とか保存するために、集めた砂と粘土を手押し車で隠し場所へと運んでいく、流石にこの段階で渋る者は居ない。問題が起こるのは釜焚き小屋を破壊するときだろう。だからカイアも俺に任せたのだろう、そこそこ広大に見える塩田施設だが28たんと数は少ない、1反辺り約991平方メートルであり、縦横の長さにすれば一辺は約31メートルと考えれば、全体でも1キロ四方に満たない。町の田園風景などと比べるとごく小規模である。とはいえ1反から始めた8年前を思えば、よく出来たものであると眺めながら、問題もなく一日を終えた。




 三人娘とブルーノが起き出したのは、翌日に日が昇ってしばらくしてからである。そのためカイアも戻ってきており、ヌイに事情が話された。手を上げるのも苦痛なヌイだが、それにも構わず抗議していた。


「そんな! あれだけがんばって、逃げるしかないなんて!」


 ヌイの反応は村人と同じである。ヌイはこちらに向かう船に同乗していたが、これが面倒くさかったため、避難すると言うことは三人娘に教えていない。ただ秘密裏に塩田に向かい、ブルーノが貴族だということを秘密にせよ、と伝えただけである。ヌイは村人に比べて、塩の売買や密航などの苦労をしている分だけ、その反応も大きかったが、カイアが宥める。


「現状は話したわね? あんたは皆に意味のない戦いをさせるつもりかい? 戻ってこれる可能性もあるのよ、それで十分でしょう?」


「イペンサ様が居れば――」


 まったく同じ反応をするあたり、村人の認識は同じらしい。これまたカイアも、村人と同じ論法でヌイを説得する。カイアに説得を任せたのは、面倒くさいからというのが大きいが、俺が説得しても怠けるために理屈をつけているだけだ、と思われるだけで効果がない。そしてそれを見ていたブルーノはというと。


「英雄って大変ですね。領主でも似たようなものですが、領主は報酬があるだけましといえばましです。但し王と言う上司が居るので、中間管理職でありつつも、更に大量の同僚が居るから、利益調整に追われて面倒なんですけどね。そもそもこれならイペンサさんを、この領地の領主に任じた方が、国としても色々楽だったんじゃないかな?」


「俺は貴族が嫌いだといっているだろ? 相手にするのも嫌だが、自分がなるのはもっと嫌だ。そもそも俺が旅暮らししてなけりゃ、美味い料理にありつけないぞ?」


「それは困りますね。まあ僕も領主なんて御免ですけどね」


 ヌイの説得の合間に俺達はこんな雑談をして、治める側の苦労を語る愚痴の大会を開くのであった。それをジキが聞いて「なるほど」と納得している辺り抜け目がない。とはいえこれは、ちゃんと治めようとしているもの達の苦労話で、搾取するだけの貴族達には縁がない。貴族というと悪徳領主ばかりが目立つが、犯罪者が目立つのは当たり前である。平民だって人殺しは目立つのと一緒である。




 そうして一段落すると作戦説明に入る。その内容はいかに避難するかである。最終的に大型帆船に乗るのは当然として、そこまでの準備が大変なのだ。大型帆船は村の港に入港できないので、次のような段階を踏む必要がある。


 避難の為に村から出された漁船が、沖の帆船との連絡に回される。漁船とはいえ人力の小型船に比べれば、大きな帆つきの小型船で、魚を水揚げする分だけの、貨物スペースもある。大型帆船に比べて喫水も浅くなるので、比較的浅瀬でも航行可能だ。そのため沖合いの大型帆船と、塩田との中間地点で待ち構え、小型船で塩田から漁船まで荷物を運び、海上で荷の受け渡しを行うのである。これでようやく大型帆船まで荷物を運ぶことが可能となるのだ。


 多大な手間がかかるが、大きな船が上陸できないところには、よく使われる手である。だがそれには障害があった。その障害の排除が必要なのだ。


「俺達がやることはクラーケン釣りだ。村から避難すれば監視の連中にすぐばれるが、塩田から避難すれば、ばれないからな」


「塩田から沖までの海路は、珊瑚礁に塞がれていて沖に出られません」


 ようやく落ち着いたヌイが、俺の言葉に否定の声を上げる。まだ避難が納得いかずに、むくれているようだ。


「もちろん珊瑚礁を壊すんだ。あの珊瑚は一種の魔物で、回復力が凄いが別に壊せないわけではなく、壊しても数日で生えてくるから壊さないだけで、一時的に退路を確保する分には問題ない」


「何でそこでクラーケンが出てくるの?」


 これはジキの質問だ。村に住んでいなければ分からない話なので当然の質問だ。


「この辺りの岩礁や珊瑚礁はクラーケンの住処すみかでな、漁船は珊瑚礁で座礁するから態々近づかないが、珊瑚礁を壊してそこを通るとなると、クラーケン退治が必要になるんだ。船が襲われるからな。ちなみに塩田の海路を確保しなかったのも、それが理由だ。クラーケンを退治しても、数日で別のクラーケンが住み着くからな、海路を確保するのが、この村じゃ無理なんだ」


「そもそもクラーケンは伝説の海魔じゃないですか、そんなのどうやって倒すんですか?」


「伝説の戦いになるのは、海中に居るクラーケンを退治するからだろ? 陸に上げてしまえばただの大きなイカだ」


 ブルーノの質問に俺はこともなげに答える。だがそれでもブルーノは納得いかないようだ。用心に用心を重ね、命掛ける気はありませんよ、と言う雰囲気があふれ出ている。


「どうやって陸に揚げるんですか? 網を掛けても船ごと引きずりこまれる、と聞いていますよ?」


「船に乗らずに陸から投げ釣りするんだ。陸だから足場が安定するしな」


 俺の言葉に皆が口を開けて目を剥いている。


「そ、その発想は無かった。でも今まで誰も思いつかなかったのは、何故です?」


「釣り糸に恐ろしいほどの強度が必要になるからな、一般人は思いつかないし思いついたとしても、クラーケンを殺す必要のある事態が、頻繁に発生しないから一般化しないんだ」


「なるほど、退治して数日で新しいクラーケンが来るのでは、確かに命懸けで排除しようなんて思わないでしょうね」


「ちなみにクラーケンは結構美味い。めったに食べる機会はないが、船の網にたまに幼生体が引っかかると、地元の漁師達で分け合うのが普通だ」


「僕は食べたことない! 美味いんですか?」


 珍味の話になったとたんにブルーノが食いついた。


「クラーケンを魚醤につけて生食した感じではイカ特有の甘み、それが強く、それでいて癖がない! そして幻のレシピである『クラーケンの塩辛』が再現できる! その美味は昔全世界に響き渡るも、クラーケンを仕留めるのが大変すぎて、クラーケン釣りの名人が死亡すると共に、そのレシピも消え去ったそうだ」


「おお! それが食べられるとは!」


「な? イカ釣りに来てよかったろ?」


 そうブルーノに問いかけると、しばらく考え込んだ後に叫んだ。


「イカ釣りって、これかぁぁぁぁ!」


 そう思い出して欲しい。ブルーノを船旅に誘った理由を。イカ釣りに行かないか? と誘い出したのである。色々とショックなことが多くてブルーノは忘れていたようだが、本来は釣り旅行だったのだ。

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