イカ釣り編 ズース潜入航海
こうして事情の確認や上陸準備をしながら、約10日の船旅を終えるとズース領の沖合いに大型帆船は投錨した。
「船長分かっていると思うが、7日間停泊してその間に誰も訪れないようなら船長の判断に任せる。その間に嵐などの不測の事態があった場合は適宜対応すること、ズースの港は小さいのでこの大きさの船が寄港することは出来ない。また近所の港にこの船の存在を知られたくないので、可能な限り付近の港には立ち寄らないこと」
「分かってやす。なに7日の停泊期間なんて大したことはありませんぜ、こっちはそれを見越して準備しやしたからね。こんな大陸に近い位置じゃピクニックも同然安心してくだせい」
船長はこれだけの帆船を任せられるだけあってベテランもいいところである。水夫上がりらしく言葉遣いがかなり港町風だが、長期沖合いに停泊することに抵抗を感じることもないようだ。その間にも船に搭載されていた、大型シーカヤックは海面へと下ろされている。
シーカヤックという船を大雑把に説明すると、人力式の小船である。カヌーはオープンデッキという形式で、船の上が開けていて荷物を載せやすいが、カヤックはクローズドデッキという形式となり、船の上に蓋がされていて人間の乗るところだけ丸く穴を開けている。蓋の下に浮きが仕込まれているため、一般的にはカヤックのほうが沈みにくく、波の荒い外海ぎりぎりから上陸する予定の、俺たちにとっては頼もしい船といえる。
「イペンサさん荷物が殆ど載りませんし、組み分けはどうするんですか?」
二隻のシーカヤックを目の前にブルーノが不安そうにしている。三人乗りの船が二隻なので搭乗員は俺、三人娘、ブルーノ、ブルーノの護衛兵士ゴーディとなる。そのうち1隻目は俺、ルサ、ジキと組み分け、2隻目はブルーノ、ゴーディ、ヌイとなる。1隻目と2隻目をロープで繋ぐので、離ればなれになる心配は無い。1隻目は俺がリーダーとなり、2隻目はゴーディがリーダーとなる。ブルーノに小型船の操船技術はなかったが、流石にガシ国の元冒険者であるゴーディには、コカヌーの操船を避けて通ることは出来ず、カヌーの操船技術くらいはあったのだ。
「ああ、ブルーノの方はあまり荷物乗せないほうがいいぞ、転覆の恐れがある。組み分けは当然ゴーディがお前さんの命を預かるわけだな。船同士もロープで繋いでいるし心配するな」
俺の一言にゴーディが「お任せください」と安心させるように言う、陸地が見えない状況で下船するからブルーノの不安は的外れではない。下手すると遭難してしまう可能性がそこそこあるし、カヌーと比べて荷物がそう多く乗らないカヤックでは、遭難時には必要最低限の水と食料しかない。不安に駆られるのも無理からぬことである。
「まずは装備の確認だ。浮きは身に着けたな? 紐で縛り忘れるなよ、体力使わずに浮いていられるだけで、消耗時には大分差があるからな」
俺の言葉を合図に荷物や装備の確認をしていく、着替えは一人一日分まで、個人的な荷物を搭載し、遭難時も考えて水や食料などの基本装備を準備する。俺の場合は釣り道具一式が必要装備となり、これが結構重量物となる。ブルーノの方には調理道具一式を持たせた。
鉄棺鍋等はそこそこ重いので、海に出るうえでは荷物は軽くしたほうがいいのだが、美味い料理がなかったらブルーノは不満だらけだろうから、本人に持ってもらうことにした。美味い料理さえあれば根性出す辺り、これはこれでブルーノも中々気骨があったりする。
「よし乗船、乗船後は紐で船と体を繋ぐことを忘れるな。幾ら浮きがあって浮いていても、潮の流れに流されれば、あっという間に追いつけなくなるくらい離されるからな」
そこそこ命懸けであることは、ここに来るまでにしっかりと説明した。皆準備に余念がない。
「イペンサ様、まだ朝ですが上陸するのでしょうか?」
「いや、陸に近づいたら磯の岩陰に隠れて夜に上陸だ。今回の騒動のおかげで、町の連中が八つ当たりに、村を監視しいているかもしれない。そんなところによそ者が来たらトラブルになる。絶対見つからないよう隠れていくぞ。上陸後はしばらく休めるが、それまで一日船を漕ぎっぱなしだ。覚悟しておけ」
そうしてシーカヤックに分乗すると、皆で陸地に向かって漕ぎ出した。このシーカヤックの推進方法は人力である。パドルと呼ばれる両端に水掻きの付いた櫂を漕いで進む、帆をつけたカヤックも存在するが今回は使えない。
船の発見率が高まるのは帆柱があるためだ。であれば帆柱がなければ、船の高さは最高で人の上半身程度の高さになり、発見するのはかなり難しくなる。そのためよく密輸なんかに使われる手法で、ワビ湖の流れが穏やかなところでは、そういった密輸が行われている。しかしながら海では波が荒く潮の流れも怖い、危険は段違いとなると思っていい。
呼吸を合わせて全員で漕ぐ。ブルーノのような素人も混ざっているため、小回りの効くリバーカヤックでは、真っ直ぐ進むことすら出来なかっただろうが、今回は大型シーカヤックに、ラダー(舵)すら付けているのでその点は問題なかった。船の基本として左右対称に漕がないと航跡が大きな円を描いて、一向に前に進まないことが多々ある。
しかし大型シーカヤックは直進性が高い、逆に言えば小回りが効かないため、漕ぎ方が若干雑でも前に進むのだ。ちなみにラダーは帆船の舵と同じように、船の後部に取り付けた1枚板で、右と左どちらに進むか、船の方向をペダルで調整するパーツである。小型ならシーカヤックでもつけないことは多々あるが、今回は大型シーカヤックに素人を乗せているので取り付けている。おかげで小さな船の小さな航海は比較的スムーズに進むことが出来た。
そうしてひたすら漕ぐことしばし、皆緊張して言葉は少ない。若干の恐怖でペースも早いほうだろう。
「ほら陸地だ」
と指差した先にある、小さい島影のように映る陸地を目にしたときには、全員が安堵の息をついた。今まで全員が息を合わせて必死に漕いでいたから仕方のない反応だ。小さな船で陸地が見えない海上に放り出されるのは、実際に体験するとかなりの恐怖であっただろうから、当然といえるだろう。この頃には日が中天を越しており、日差しも厳しいものであった。三人娘はともかく、ブルーノの日に焼かれた赤い肌が痛々しい。
「おーい、まだまだ漕がなきゃならんが、ブルーノを除く全員とりあえず手拭いを海水に浸して、肌の熱を取っておけ。明日以降日焼けで苦しむぞ。ブルーノは飲み水で手拭いを濡らせ、海水じゃ滲みるぞ」
「おー、生き返る。イペンサさん見てるだけじゃなかったんですか? かなり漕いでますし、命懸けだったんですが?」
ブルーノが濡れた手拭いを焼けた肌に当てて、一息ついて文句を言ってくるが、俺の言葉に嘘はない。
「ブルーノが死ぬ確率を高めたいなら、見てるだけでよかったぞ? その分ゴーディが負担して、上陸後に疲れ果ててるかも知れないけどな」
ブルーノが「詐欺だ」とか呟いているが、人聞きが悪い。見てるだけでも命懸けという状況だってあるんですよ。何もせずに死ぬことが怖くてブルーノが船を漕いだとしても、俺の責任は少ないはずだ、ということにしておく。
陸地が見える状況になったので、とりあえず食事にした。昼も過ぎているが、陸地が見えるまで俺以外は安心できないため、お預けにしていたのだ。三人娘も海水に浸した手拭いを肌にあてて熱を取っている。薄い麻の服の合間から日に焼けた首筋や手首などを冷やし、熱中症対策に頭を海水につけて、髪をぬらしている。そうしている合間に船が流されないように、パラシュートアンカーを広げて海上に佇む、ヌイがそれを見て質問してきた。
「イペンサ様この碇は初めて見ますが、効果があるのでしょうか?」
碇といえば重い金属製の碇が一般的だ。漁船向きではない小型船用の碇は見慣れないのだろう。
「これはパラシュートアンカーというものだ。構造としては水中に大きな袋を広げて水の重さを碇代わりにする碇だ。重さを負担するのが水ということで、金属製の碇と違って搭載しても重くならず、船が風に流されることを防いでくれる。但し注意事項として潮流に流される事態がありえるからな、潮の流れの速いところでは注意が必要だ。更に流されるスピードが遅くなるだけで、実はそこそこ流されているから、常に位置を把握しておく必要がある。不便に思うかもしれないが、小型の人力船に金属製の重い碇を載せるより、よっぽどましだからな、シーカヤックではよく使われるんだ」
なるほどと頷く三人娘だが、まじめに聞いているのはヌイとジキで、ルサは食事のほうに気を取られている。最近のヌイはジキ並みに好奇心を発揮しているが、ルサは魚醤作りに関係がないと、それほど興味を示した様子はない。ジキはぶれることなく好奇心を発揮している。この旅の中で大きく変わったのはヌイだろう、それが何によるものかは俺は知らないが、人格が変わったわけでもなし、気にしないでいいだろう。
そうして説明を入れつつ一息入れ終わると、またひたすら漕ぐのである。人に見つからないことを目的としているので、陸地が見えても直線の航路は取れない。漁場も避けて通らなければならない。突き出た磯の岩陰に入るように大きく回り込み、陸が見えた後も日没近くなるまで、休みを入れながらもひたすら漕ぎ続けることになるのであった。
そうして目的の隠れ場所に付いたのは夕暮れ前となった。この頃になると三人娘もブルーノも疲れ果てていた。流石に兵士のゴーディは疲れは見えるものの、疲弊しているというわけではなく、まだまだ行動できそうな余裕を感じさせたが、漕ぎ手は俺とゴーディとヌイの3人となっていた。
「イペンサ様、まだ漕ぐんでしょうか? 明日以降腕が上がらなくても、問題ないということでしょうか?」
ヌイがとうとう音を上げた。他の二人はとうに音を上げており、漕ぐのを止めていたが、ヌイだけは自分の村の近くまで来たためか、何とか漕ぎ続けていた。三人娘にブルーノを含めた4人は、ヌイの言うとおり明日以降腕が上がらないこと確実だろう。
「明日はゆっくり休んでいてもかまわないな、それ以降どうなるか知らないが。それよりこれからが本番だぞ? ようやく上陸準備が整っただけだからな」
俺の一言に4人からはため息が漏れた。
「もう漕げません~」
ルサの素直な一言に4人が頷いている。
「ああ、もう漕がなくていいぞ、ここからは俺が身体強化魔法を使って漕ぎ出す。完全に日が落ちたら灯火なしでは座礁しかねん。日が完全に落ちるぎりぎり前、夕日が水平線に沈んだ直後に一気に上陸をかける。但し上陸後は船を隠して一晩休んだら、自力で塩田まで歩いてもらう、それも見つからないようにな」
一瞬顔を輝かせた4人だったが、明日歩くというだけでも随分ダメージを受けたようだった。一様に肩を落としている。そこでもう少し希望を与えることにした。
「塩田に着けば仮眠をとればいい、その後ずっと寝ていてもかまわないぞ」
その一言でようやく全員がやる気を見せた。そうして折良く夕日が沈み残照が空に残る間に、俺はパドルを予備に換えると勢いよく船を漕ぎ出す。俺の船にロープで繋がって居る、ブルーノの船も引かれて曳航され始める。2隻合わせても俺一人で地上を全力疾走する程度の速度が出るのだ。ゴーディも漕いではいるが、必要あるのか疑問に思っているようだ。
態々(わざわざ)パドルを変えたのは、身体強化魔法によって強化された力で水を掻く場合は、通常より多くの水を一度に掻かないと、空回りしているのと変わらない状況になるためである。そのため身体強化後に使うパドルは水掻きの部分が大きく、長さも長くなり、材質も通常のものではなく、鯨の魔物の骨を利用した一品となっている。竿の部分が水の抵抗に負けて折れてしまうのだ。シーカヤックの船体も踏ん張りが利くように、若干強化した作りになっており通常よりも重い。
「はやっ! 今までの苦労はなんだったんですか?!」
「そうです~、イペンサ様だけでこれだけの速度が出るなら、私達が漕がなくても良かったじゃないですか~?!」
ブルーノとルサの言葉に俺はこう返すことにした。
「お前達ね。そうは言うけど、もし魔物に襲われたときに、俺が力尽きてたらどうするつもりなの? 自分達の重量分は自分達で漕いでくれよ」
俺の返しに二人は黙り込んでしまった。反論はあるのだろうが、疲れていて言う気もないという様子だ。そうして磯を回りこんで何とか日暮れまでに、石と貝殻だらけの浜にたどり着く、砂浜と違って貝殻が鋭く裸足で歩くと怪我をするような場所である。おまけに波打ち際にはクラゲがいて、刺されると痛く腫れが続くため、誰も寄り付こうとしない界隈である。
貝殻とクラゲのおかげで、船の出し入れにはあまり向いていないのだが、死なない程度の怪我の危険を無視すれば、船を引き上げることが出来る。浜から上がった場所には林もあって、隠れ場所には苦労しないという、秘密裏に上陸するには便利な場所である。
「お前らしっかり靴履けよ、出発前に準備したろ? 靴紐はがっちり縛れ、貝殻が靴の中に入っても怪我するからな」
「高い靴を何のために買ってくださったのかと思っていたのですが、このためですか、イペンサ様もしっかり考えていらっしゃるんですね」
ヌイが感心したように言うが、俺としては心外だ。漁民は基本的にサンダルを履いている。紐で足に完全に固定するタイプだが、こういう場では危険である。それくらいは考えている。
「俺だって働いてるんだぞ? この上陸地点だって、前回ダンエ村に来たときに探しておいたものだ。そこに船が隠せるから車輪に乗せて運び込め」
日暮れと同時に2隻のシーカヤックを陸揚げする。三人乗りでも40キロを超えない重さがカヤックの利点で、二人もいれば十分担ぎ上げられる。暗闇での作業だから中々はかどらないが、林の中にカモフラージュされた、空堀のように広い穴を探し出す。そして林の中に事前に作っておいた穴に、カヤックを運び入れると、三人一組で慎重に下ろしていく。若干大きめに掘られた穴に問題はなく、穴の上には枝を落とした若木の幹を差し渡し、その上から麻布を掛け、麻布の上にさらに土をかけ、草を根ごと植えつけることで元通りカモフラージュは完了である。林の中に若干開けた場所が出来るが、一時的な隠し場所であるため、これでも十分過剰な隠し方である。
「イペンサ様が働いている?!」
三人娘がシーカヤックを隠す俺を見て声をそろえて動揺する。
「お前ら、そこまで驚くこともないだろう、俺だって働いているって言っただろ? こういう仕掛けは知る人間が少ないほどいい、お前らに内緒にして働いてるんだよ」
俺の言葉にジキが疑いの目で俺に問いかける。
「穴も自分で掘ったの?」
鋭い! こいつは成長すれば、交渉人として中々厄介な存在になるだろう。
「穴まで俺が掘ったら、俺の監視をしているだけで計画が筒抜けになるだろう? だから俺は上陸場所と船の隠し場所を決めただけだ」
「それは先ほどの、秘密を知る人間が少ないほどいい、という主張と矛盾する」
「重要なのはバランスだな。それよりもここで寝ていいぞ、ハンモックも人数分揃ってる。適当に寝床作ったら飯食ってとっとと寝ちまえ、俺は夜中に一度一人で村の様子を見てくる。林の中から出るんじゃないぞ、特に火は遠くからでも発見されるから、何があっても使うなよ」
ジキの追求を適当に誤魔化すため、俺以外の全員に仮眠を取るように指示し、俺自身は不寝番として、燻製を齧りながら今後のことを考えるのだった。追求者たるジキは実に疑わしそうに俺を見ていたが、当然俺としては必要以上の仕事をしたくないという思惑はある。
もし何か不測の事態があってこの場所が使えない場合は、穴の周辺の木に布が縛り付けられているはずであり、それがないので現状問題はない。穴掘っても掘らなくても他人に知らせる必要があったのだ。俺としては人に押し付けたい仕事であり、当然のごとく押し付けた。こういう時は恩人の肩書きが大変便利である。実際は英雄と思われていたようだから、従わないわけがないか。
日が落ちればすぐに眠ってしまう村人達の夜は早い。何しろ日が落ちれば月明かりと星明りしかないので、やることもないのだ。夜になると村人達は夕餉も終わっており、村の集会所には機を織るために、女達が薄暗いながらも貴重な魚灯の光を共有する。魚灯とは魚油を用いたランプで強い臭いを伴う。
男達はそんな女達の明かりの横で月見酒である。水のごとく薄いラム酒一杯を片手に、舐めるように飲みながら、今日あったことや翌日以降の仕事について、話し合うのが日常である。幾ら舐めるようにといっても、薄いラム酒一杯では時間が持たないため、機を織る女達を尻目に男達はとっとと寝てしまう。
女達もその後にお茶しながら一通り話しきると、これまたすぐに寝てしまう。翌日の日の出前には起き出して食事を作り、食事を食べ終わる頃には日が出始めるので、仕事を開始する。
こうした村人の行動の中で、集会所に人がいなくなった頃に、俺は行動を開始する。ブルーノ達の不寝番はゴーディに任せてきた。俺は迷うことなく一軒の家の前に来るとノックした。
コンコココンコン、コンコン
一定のリズムでノックをすると、中の人物があわてたように外に出てきた。暗号というわけではないが、俺位しかこんなノックはしない。ちなみに俺も毎回するわけではない。
「待ってました。どうぞお入りください」
迎えた男は製塩職人の頭領の弟である。現在一人暮らしで信用が置ける人物ということで、連絡役にちょうど良かったのである。俺は人目につかないようにコソコソと招き入れられた。迎え入れた彼の目は期待に満ちている。つまり新領主と村の関係が良くないことを示している。
「村は今どんな調子だ?」
家の中は暗くて動けないが、迂闊に魚灯をつけて注目を浴びることは避けたい。目が慣れるまでじっくりと待つ。そうすることで、家の隙間からわずかに差し込む月明かりで、行動できるようになるのだ。その合間の問いかけであった。
「塩が売れなくて、このままでは8年前の生活に逆戻りです。ラム酒の一杯も飲めない生活なんて、勘弁願いたいところですが、新領主は無茶な要求ばかりしてきます。あれでは交渉どころではありません。下手すると塩の販売税まで上げられかねません」
8年前はこの村に酒はなかった。何しろ穀物が貴重品である。酒の原料は糖分を含んでいれば何でも使えるが、主には穀物が使われるため、酒の一杯も作る余裕はない。魚から油を作ることが出来ても、酒までは作ることが出来ないのが残念である。
西部の内陸に入った川沿いの土地では、主にタロイモとサトウキビが作られているが、酒の原料としてはサトウキビが一般的に使われる。そのためラム酒が一般的となっているが、ラム酒といっても蒸留していないため、正確にはサトウキビ酒と呼ぶのが正しい。蒸留しなくても20度くらいにはなるので、村ではこれを水で薄めて飲むのである。
「それは俺も勘弁願いたいね。頭領は元気かな?」
「はい、イペンサさんがいらっしゃることを心待ちにしております」
「それはないだろうけど、会いに行く必要はあるな、村の監視はどうなっている?」
村人が逃げ出すことは町の連中も当然警戒している。何故なら村人は逃げ出す以外道はなく、対して町人は村人に逃げ出されると困るからである。だから町人に気がつかれないように避難させる必要がある。ちなみに避難することは三人娘に対して未だ秘密にしている。面倒くさいからだ。どう面倒くさいかはその時になればすぐに分る。
「魚港が監視されています。村の中にまで監視を置くと村の反発が強いだけで特に益はありませんので、そこまではしていません。人数も町から来た2人が塩の販売所に常駐しているだけで、村の監視まで手が回らないでしょう。塩田は辺鄙なため連絡も悪い上に、我々の縄張りですから近づきはしません。あそこから船は出せませんしね」
彼の言葉には監視に対する苛立ちと敵意が見受けられる。このままでは村と監視の間で問題が起こりそうだ。
「分かってると思うが監視員に手を出したりするなよ、そこから文句付けられて税を上げられるぞ」
「分かってはいますが、監視員が粗暴で横柄なのです。何で8年前の価値観を未だに引きずっているのか、と歯痒く思います」
「そりゃ何十年もの間に培われた価値観だもの、そう簡単に覆ったりしないよ。とにかく俺は問題を解決するために来た。更に問題を起こして事態をややこしくしないでくれ」
「分かりました。村長から村人に改めてお触れを出します」
「もちろん、俺の名前は出すなよ、町に家族のいる村人だっている。どこから漏れるか分からないからな。それじゃ塩田に行って来る。何かあれば知らせをくれ」
そうして会話を打ち切ると、お茶を飲む暇もなく外に出て隠れ場所へと戻る。監視がないのであれば塩田に行くのに問題はない。夜が明けてから行動することとしよう。
08/28の投稿はお休みするかもしれません。
第一回訂正:2013/08/28
誤字脱字修正




